秋の遠征③
上泉さん ――上泉更紗
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「よし、相手は決まったようだな。それでは構え!」
ここで緒方先生の厳粛な声がかかり、みんな竹刀を構えて対戦相手を見すえる。
「始めッ‼︎」
そして、開始の号令がかかる。
「ヤァァァァァッ‼︎」
ワタシは気合いをこめて声を発する。
「……シャアァァァァァッ‼︎」
ひとつ深呼吸を入れた上泉さんが声を発すると、まるで雷に打たれたかのようにビリビリと体が振動し、さっきまでフツーの女のコにしか見えなかったその体からすさまじい闘気が発せられる。
――何、コレ⁉︎
突然襲われたプレッシャーに押しつぶされたように体がすくむと、
「小手ェェェェッ‼︎」
棒立ちで何もできないまま、ワタシは小手に重い一撃を浴びせられてしまう。
――ダメだダメだ! 自分から動かなきゃ!
ワタシは大きくかぶりを振り、竹刀を構え直す。
「アァァァァァッ‼︎」
深呼吸を入れてから気合いを入れ直し、
「面ェェェェェンッ‼︎」
ダメもとで面へと打ちこむ。
「小手ェェェェッ‼︎」
案の定というべきか、ワタシが竹刀を振り下ろした瞬間の小手を、上泉さんは的確に打ち抜いた。
――強い! 強すぎる‼︎
シーコも強いけど、それとはまた別の強さを感じる。
「どうしたぁ、クモコシちゃん? 威勢がイイのは最初だけかぁ?」
クスッと笑いながら、上泉さんがそんなコトを言ってくる。
「ま、まだまだ、これからです‼︎」
ワタシはこりずに面を狙って打ちこむ。
「胴ゥゥゥゥゥッ‼︎」
すると、今度は胴を一閃される。
「まだまだーーーッ‼︎」
それでもめげずに、面!
ひたすら、面!
何度も何度も打ち返されながらも、ワタシは面だけを狙って打ち続けた。
「クモコシちゃんは、どうしてそんなに面にこだわるのかなぁ?」
鍔迫り合いの最中、上泉さんが問いかけてくる。
「面を決めた時がサイコーに気持ちイイからです!」
ワタシがそう答えると、
「わかるぅ! 私もそうだよ。面を決めると、<完璧に斬ってやったぞ>って気分になるんだよねー‼︎」
上泉さんは声を弾ませながら同意する。
「でもさ。だからこそ、面を決めるためには他の攻撃も大事になってくるんだよ」
不意に、少し低いトーンの声で上泉さんが語る。
「他の攻撃……ですか?」
「そう。小手とか胴。突き……は中学じゃまだやらないんだよね。とにかく、相手の意識を分散させることが大事。攻撃目標を読まれないために、ね」
噛み砕くように丁寧に説明してくれる上泉さん。
「……わかりました‼︎」
ワタシは間合いを取って、またしても面を狙って竹刀を振り下ろす。
「って、わかってないじゃん‼︎」
ツッコミを入れながら、上泉さんがワタシの小手を打ち抜く。
「ワタシ、面打ち以外はハッキリ言って下手くそです。だから、たくさん打ちこまれるコトで身をもって覚えたいんです!」
ワタシはそう宣言し、ひたすら面打ちを続ける。
「……アハハ、ホントにおもしろいなぁ、クモコシちゃんは‼︎」
上泉さんは笑いながら、徹底的にワタシの小手と胴を打ち抜いていった。
芸術的なまでに鮮やかな太刀筋を、ワタシはこの目に焼きつける。この痛みが明日の糧となるように。
「止めッ‼︎」
緒方先生の号令がかかる。
結局最初の4分間、ワタシはただ上泉さんに打たれるだけの時間に終わった。
「ありがとうございました!」
ワタシは上泉さんに頭を下げる。
「こちらこそ、楽しかったよ、クモコシちゃん」
上泉さんはそう言って手を振ってくれる。そのかわいらしい仕草からは、先程までの恐ろしい程の闘気なんて微塵も感じられない。
――不思議なヒトだなぁ……
ワタシは上泉さんの強さの秘訣を知りたくて、
「すみません、上泉さん。もう一度お願いできませんか?」
ムリを承知でお願いしてみた。
「え? う〜ん、私は別にかまわないんだけど……」
上泉さんは戸惑い、緒方先生の方に目をやってうかがいを立てると、
「強い者から学びたいという心意気は素晴らしいと思うがな。しかし、ひとりでも多くの相手と竹刀を交えるコトも大切な学びだ。よって、今回の試合稽古は同じ相手との再戦は不可とする!」
そういった裁定が下り、ワタシはガックリと肩を落とす。
「残念だね。でも先生、明日になったら今日と同じ相手とまたやってもかまいませんよね?」
「そうだな。それはかまわない」
上泉さんの問いに緒方先生は大きくうなずく。
「だって、クモコシちゃん。よかったね。明日、また戦おうね」
「ハイ! ありがとうございます‼︎」
上泉さんの優しさに感謝し、ワタシは深々と頭を下げる。
強くて優しくて、まったくおごったところもない、まるで聖人のようなヒト。
世の中にはまだまだたくさんスゴいヒトがいるのだ、と実感しながら、ワタシは残りの稽古時間をひたすら小手と胴を打たれるコトだけに終始するのだった。




