秋の遠征②
体育館はワタシたちが宿泊しているホテルと隣接している。だから、ホテルの利用者の大半は体育館の利用者だ。そして、今日と明日の午前中いっぱいまで、体育館は全面を剣道の部活動のために貸し切りとなっていた。
「うわぁ、めっちゃヒトいる!」
館内は男子部と女子部が半分ずつ分け合い、そこを全国から集まった中、高校生剣士が埋めつくしていた。
「まず最初は中高生合同で基礎練習を行い、その後は各々相手を決めての試合稽古を行う予定だ」
練習前に緒方先生がワタシたちに告げる。
「先生。試合稽古では中学生が高校生に挑んでもイイんですか?」
「もちろんだ。むしろ、高校生の子らにはそれを見こんで来てもらっておるのだから、ぜひこの機会を有効に活用して欲しい」
ワタシの問いに、先生はにんまりと笑って答える。
たしかに、高校生は明らかにワタシたちより格上だ。とはいえ、そこまで年が離れているワケでもなくて、身近にいるセンパイといった感じだ。それを相手にワタシの力がどこまで通用するのか、たしかめてみたいという気持ちがふつふつと湧き上がる。
「わぁ、スゴい! 諏訪女の上泉さんがいるよぉ!」
高校生集団の方を見ていたツムが、まるで推しのアイドルを発見したかのような大きな歓声を上げる。
「誰、それ? 強いの?」
「ミカ姐、知らないのッ⁉︎」
驚きの声と共に鋭い眼光を向けるツムは、
「今年の高校インターハイ剣道女子の部で、1年生なのにいきなり個人戦全国優勝したスゴい人なんだよ!」
早口でまくし立てるようにワタシに言う。
「そんなに強いヒトなんだ……」
ワタシはそちらに目を向ける。
たしかに、<上泉>の垂ネームを下げた女子が、周囲のヒトたちと談笑しているのが見える。
パッと見ただけだけど、上泉さんはそこまで背が高いワケでもなく、どこにでもいるフツーのコという印象だった。
「つまり、高校女子剣道界の女王だね。ちなみに去年は、全国大会の決勝でシーコセンパイに負けて準優勝だったんだよ」
「そっか。去年はシーコが1年生なのにいきなり中学女子剣道界の女王になったんだっけ」
普段はあまり気にしてなかったけど、こうしてツムの説明を聞くと、シーコのスゴさを改めて実感する。
――そういえば……
ワタシは以前、そのシーコに一本に近い一撃を与えたコトがある。だから、もしかしたらワタシ、高校女子剣道の女王ともイイ勝負ができるのかも?
ワタシは、ひそかに燃えていた。
あの時シーコに一撃を与えたのは偶然の産物で、それ以来彼女にまったく有効打を与えられていないという現実も忘れて……。
基礎練習を2時間行った後、20分程の休憩時間に入る。
「基礎練だけでこんだけやるとか……キビしすぎだろ」
ヤンキー座りしながら、タッつんが息も絶え絶えにグチをもらす。
タッつんだけじゃなく、中学生部員のほとんどは疲労困憊といった感じで床に座って動けなくなっている。
「そうだね。キツいよね」
ワタシはペットボトルの水を給水しながら同意する。
たしかに基礎練習とは言っても、高校生を相手にするとその一撃一撃がずしりと重く、一瞬たりとも気の抜けない緊張感での練習は、体力の消耗度合いもケタ違いだ。
「とか言ってるけどよ……まだけっこうヨユーありそうじゃん、オマエ」
「え? そんなコトないよ」
タッつんの言葉に首ふるふるとを振る。
だけど、あの夏休みの特別練習を思えば、まだ余力はある。それはワタシだけじゃなくて、二中メンバーみんな同じだった。
――体力ついたのかな?
練習についていくのがやっとだったころを思えば、明らかに成長しているのだと実感できる。
「そろそろ休憩終了だ。みんな準備に取りかかってくれ」
緒方先生が告げる。
みんな再び面を装着して、次の試合稽古に備える。
――いよいよだ!
面をつけ終えたワタシは、すぐに上泉さんの姿を探す。
――いた!
少し離れた場所にいる上泉さんをターゲットに捉えると、ワタシは見失わないようにジッと凝視する。
「これより試合稽古を行う。相手は誰でもかまわないので、各々相手を見つけ次第4分をひとつのピリオドとして、それを1時間いっぱい行う。休憩は各々のタイミングで取ること」
緒方先生が淡々と説明を述べていき、
「それでは相手を見つけてくれ」
そう告げると同時に、ワタシはダッとかけ出した。
ヒトの波をよけながら、ワタシは迷うコトなく上泉さんの前までやって来ると、
「よろしくお願いしますッ‼︎」
頭を下げてそう叫んだ。
その瞬間、館内がシンと静まり返る。
――あれ? ワタシ、なんかやらかしちゃった?
先生は、相手は誰でもイイって言ってたけど、ワタシみたいな無名選手がいきなり上泉さんを相手に申しこむなんて、さすがに不相応すぎたのかな?
とたんに不安にかられ、そっと顔を上げる。
「キミ、中学生?」
上泉さんが問いかける。
「はい! 群馬県の伊勢崎第二中学校2年の雲越です‼︎」
「伊勢崎二中って……もしかして、中原さんと同じ中学?」
やっぱり、全国大会で戦ったシーコのコトはしっかりと覚えているみたいで、上泉さんは学校名を聞いて大きな反応を示す。
「はい」
「そっかぁ。私、中原さんに恨みがあるから、その鬱憤をキミで晴らしてもイイかな?」
「はい! ……ええっ⁉︎」
本気なのか冗談なのかわからずに戸惑っていると、
「アハハ、冗談だよー! 私、そんなネクラじゃないから」
上泉さんはカラカラと笑う。
高校女子剣道界の女王と聞いていたからもっと威厳のあるコワいヒトかと思っていただけに、なんだか毒気を抜かれた気分。
「えっと、クモコシさん? 私はカムカムウェルカムだよ」
「かむ……え?」
言ってる意味はよくわからなかったけど、たぶんOKってコトみたい。
とりあえずワタシは、ホッと安堵する。
だけど、周囲はまだざわついていて、けっこう視線を集めてしまっているみたい。あまり悪目立ちはしたくなかったんだけどなぁ……。




