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秋の東京②

 柔道は剣道と違って、一本が決まった瞬間に試合は終了してしまう。

 剣道もほんの一瞬の攻防で決着がつくコトがあるけど、そう考えると柔道もわずかな気の緩みも許されないシビアな武道であり、そこに剣道とも共通する刹那の美学が存在するのだと思う。


 そしてコジマは、最初の試合に臨む。

 コジマは中学生の中では背が高い方なんだけど、相手の選手はそれよりもさらに大柄だった。


 ――コジマ、大丈夫かな……?


 まるで自分があの場所に立っているかのような緊張感に襲われて、思わず身震いしてしまう。


 そして、試合が始まる。

 序盤から激しい組み手争いが繰り広げられる。そこまで柔道に詳しいワケじゃないけど、これは剣道でいうと竹刀の切っ先同士の探り合い、といったところなのかもしれない。


 と、ここでコジマが相手の右袖を掴んで果敢に脚を払いに踏みこんでいく。

 だけど、相手選手は上から押しつぶすように体をぶつけてきてそれを防ぐ。

 その後もコジマは何度も攻撃を仕掛けるけど、相手の長い手足がそれをはばむ。


 ――やっぱり、大きいヒトには勝てないのかな……


 ワタシは、かつて自分が味わった絶望感に再び見舞われて、見ていてつらくなってしまう。


「ソウちゃん、ファイトーーーッ‼︎」


 そんな中でも、ツムは声を張り上げて必死に応援する。


「ほら、ミカ(ねえ)もちゃんと応援しなくちゃ」


 不安にかられているワタシに、ツムがそううながす。


 ――そうだ。ワタシは応援に来たんだ


 どんなに絶望的な状況だったとしても、ツムとコジマはワタシを信じて声援を送ってくれた。

 だったら、ワタシもコジマを信じなくちゃ!


「コジマぁ! がんばれーーーッ‼︎」


 ワタシは立ち上がり、声を張り上げた。


 まるでそれに応えるかのように、コジマはスゴいスピードで相手の懐に飛びこんでいく。

 また押しつぶされしまうかと思ったその時、相手の右袖を掴んだコジマは体を深く沈めながら相手選手を背負い上げ、


「どおりゃあぁぁぁぁぁッ‼︎」


 体の回転と膝のバネを使って相手選手を畳に投げ飛ばす。


「一本ッ‼︎」


 主審の手が高々と上がる。

 コジマの一本背負いが決まったんだ。


「やったぁ、ミカ(ねえ)! ソウちゃん、勝ったよぉ‼︎」


 よろこびのあまりツムはワタシに飛びつき、ぴょんぴょんはねる。


「うん、勝ったね……」


 ワタシは、興奮を通り越して思わず呆然としていた。あんな強そうな相手にもまったく(ひる)まず、最後まで攻め続けた。ホントにスゴいよ、コジマ。


 そして試合が終わって顧問の先生のところに戻ってきたコジマは、


「2人の声、しっかり届いたぞ。ありがとな‼︎」


 ワタシたちがいる観客席を見上げてガッツポーズを向ける。


 ワタシは……その時コジマをカッコいいと思い、しばらく見とれてしまっていた。


 そして続く2回戦も、コジマは技ありを2つ取って合わせ技一本で勝利。


 ――あれ? もしかして、ホントに優勝しちゃう?


 もちろん、コジマには優勝して欲しい。だけど、ホントにコジマとデート……じゃなくて、遊びに行くコトを考えると、少し複雑な気持ちになってしまう。


「ソウちゃん、スゴいね! ベスト8だよ。準々決勝進出だよ!」


 小動物のようにぴょんぴょんとはしゃぎながら、よろこびを爆発させるツム。


「うん、スゴいね」

「どうする、ミカ(ねえ)? このままホントにデートコースまで行っちゃうかもよー?」

「わ、ワタシに二言はないよ。ちゃんと約束は守る」


 にんまりとした笑みを向けるツムに、ワタシは少しヤケクソ気味に答える。


 そして午前中最後の試合が開始される。

 コジマの相手は、地元東京の選手らしい。


 試合が始まって最初の組み手争い。だけどこの時は、今までと違ってコジマはあっさりと相手の右袖を掴むコトができた。

 ここから相手の体勢を崩しながら一本背負い。今回もコジマの必勝パターンに持ちこめる。

 そう思ったその時だった――


 相手はそれを待っていたかのように背負い投げの体勢に入っているコジマの体をがっちり掴むと、そのままプロレスのバックドロップのように後方へ投げ飛ばす。


「あぶないッ‼︎」


 ワタシは無意識のうちに叫んでいた。


「技あり‼︎」


 相手の裏投げは、寸前でコジマが体をひねって背中から落ちるのは避けられたため、かろうじて一本負けはまぬがれた。


 ホッと安堵する。

 だけど、やっぱり全国レベルはスゴい。あんなに強いコジマですら、投げられてしまうんだから。


「ソウちゃん、まだまだこれからだよー‼︎」

「コジマ、がんばってッ‼︎」


 ワタシたちは必死に声援を送る。

 だけど、こんなありきたりな言葉しかかけられないのがスゴくもどかしかった。


 だけど、それでもコジマはその声に応えるように変わらず果敢に攻撃を仕掛けていく。

 何度も何度も技をかけていく。それらは惜しいところで外されてポイントを取るコトもできなかったけど、その息詰まる攻防はたくさんの観客を魅了していた。


 そして、もうじき終了の時間を迎えようとしていた時、最後のチャンスとばかりにコジマが再び相手を背負って投げる体勢に入る。


「いっけぇ、コジマぁぁぁぁぁッ‼︎」


 ワタシは立ち上がり、絶叫した。


 だけど――

 相手は袖を掴んでいたコジマの手を引き離すと、体勢を入れ替えて逆にコジマの股の間に脚を潜りこませてはね飛ばす。


「あ……」


 まるでスローモーションでも見ているかのように、コジマの体が宙を舞い、背中から畳に叩きつけられる姿がワタシの網膜に焼きつく。


「一本‼︎」


 主審の手が上がり、相手選手の勝利を告げる。


「ソウちゃん……負けちゃった」


 ツムが呆然とつぶやく。よく見ると、その目には涙がにじんでいた。

 ワタシも……まるで自分が負けた時みたいにくやしいと感じた。


「でもさ……よくがんばったよ。最後まであきらめないで、ずっと攻め続けた。スゴいヤツだよ」


 それは紛れもない本心。

 

 ワタシは大きな壁にぶち当たった時、彼みたいに最後まであきらめずに戦い続けただろうか?

 あんなに大好きだった野球を、たった一度挫折しただけでやめてしまったワタシは、がんばったと胸を張って言えるんだろうか?


 ワタシは、コジマの戦う姿を見て、すぐに逃げ出した自分のコトを恥ずかしく思った。


「……そうだよね。ソウちゃん、一生懸命がんばったよね」


 グスン、と鼻をすするツム。


 試合を終えたコジマが顧問の元へ戻ると、ワタシたちを見上げて、すまなそうな顔で手を重ね合わせていた。


 ――くやしいだろうに、ムリしちゃって……


 優勝はできなかったけど、コジマを精一杯ねぎらってやろう。

 


 

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