秋の初陣②
タッつん ――竜宮絵莉奈
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そして、秋季大会――秋の新人戦の日がやってきた――
ワタシにとってはじめての参戦となる公式戦。その栄えある舞台は、伊勢崎市内にある公共の体育館だ。
二中の柔剣道場とは比べ物にならないその広さは、一度に12試合も進行できるほどで、男女の部が同時に試合を行っても半日ですべてのプログラムが終了する予定だ。
この伊勢崎市には、全部で6つの中学校がある。
いつも最弱争いをしている一中と我らが二中。その2校より上で争っているのが、宮郷中と殖蓮中。そして、トップに四中がいて、その四中といつも優勝争いしているのが三中。
伊勢崎の女子剣道界は今、そんな勢力図になっている。
そして、これまでの練習の成果を発揮すべく意気揚々と会場に乗りこんだワタシはまず――
――はぁ……やっぱり試合前は緊張するなぁ
トイレの個室にこもるのだった。
でも、この前の練習試合の時とは違って、ちゃんと用を足す目的で入った、というコトだけは、名誉のためにつけ足しておきたい。
とはいえ、緊張しているのも事実。でも、ガチガチになるほどじゃなくて、程よい緊張感。
「ご、ごめんなさい!」
その時、トイレの中で女の子がオドオドした感じであやまっている声が聞こえてくる。
「てめぇ、ヒトに思いっきりぶつかってきといて、謝罪はそんだけかよ⁉︎」
続けて、いかにもヤンキーと言った口調でそのコに絡んでいると思われる女の声がキンキンと響く。
今時まだいるんだ、こんな典型的なヤンキーが。
「ごめんなさい! 小さくて見えなかったんですぅ!」
「んだと、ゴルァ! デけぇからってチョーシこいてんじゃねーぞ‼︎」
あやまりながら余計に火に油を注いでいる女の子に、ヤンキーの怒りが沸騰したみたい。
ていうか、このあやまってるコって、もしかして……?
「もうヤメてください! このコはちゃんとあやまってるじゃないですかぁ‼︎」
と、ここで間に入って誰かがいざこざを止めようとする。
って、この声もよく聞く声なんだけど……。
「それがあやまる人間の態度かよ⁉︎」
まあ、たしかに余計なひとことはあったけどさ。
「てか、オマエら二中だろ?」
「二中? ザコじゃん」
「そうそう。中原が強いだけで、あとはみんなザコ」
カッチーーーンッ‼︎
その瞬間、ワタシはキレた。前にもんじゃ焼き屋で四中のイヤミ女こと菊池にキレて以来、ひさびさに。
「ザコで悪かったわねッ‼︎」
ワタシは個室のドアを勢いよく開けて、さっそうと現れる。
まあ、場所が場所だけにぜんぜんカッコよくないんだけどね。
「ミカ姐!」
「クモコシセンパイ!」
予想通りそこにいたのは、長身の1年生部員のメイと、それをかばっている小柄な1年生部員のツムだった。
そして、その2人を取り囲むように着くずしたジャージ姿で髪をカラフルに染めてる5人のヤンキー女がたむろしている。
「ああん? なんだテメェ⁉︎」
赤毛の女がメンチを切ってくる。
「アンタら三中でしょ? よくもウチのカワイイ後輩にちょっかい出してくれたわね」
「ハッ! ザコがイキがってんじゃねえよ」
「群れなきゃ何もできないアンタの方がよっぽどザコじゃん」
「んだとゴルァ! チョーシこいてんじゃねえぞ‼︎」
赤毛女がキレて、ワタシの胸ぐらを掴む。
「そこまでにしときな、タッつん」
その時、ワタシがさっきまでこもっていた個室の隣のドアがバン、と勢いよく開くと、中から背が高くて中性的な顔立ちをしたコが現れて、赤毛女をたしなめる。
ていうか、タッつんって、意外にカワイイあだ名だ。
「その呼び方はやめろっつーの! てか、ヘンな登場の仕方すんなし、カッシー」
赤毛女は舌打ちしてワタシから手を離すと、イラ立たしげに腕組みをして背の高いコ――カッシーに抗議する。
「あんま目立つことはすんな。ただでさえ、アタシらはいろんなトコから目ぇつけられてんだ」
「でもよぉ……」
「なんだ、タッつん。アタシに意見すんのか?」
カッシーの鋭い眼光が向けられると、タッつんはバツが悪くなって目をそらし、それ以上何も言えなくなる。
「キミたち、申し訳なかった。アタシんトコのモンが迷惑をかけちまって」
カッシーはワタシたちの方を向くと、謝罪の言葉と笑みを向ける。
だけど、彼女の目はぜんぜん笑っていなかった。メイはまだおびえてるし、ツムは警戒の目を向けている。
「アンタ、三中の部長?」
「ああ。三中女子剣道部部長のカシワだ」
ワタシの問いにクールな口調で答える。さしずめ、ガラを悪くしたシーコ、といった印象を受ける。
と、その時だった――
「ケンカか? なぐり合いか⁉︎」
トイレの出入口ドアが勢いよく開くと、まるで祭りにでも参加するようなノリの口調でトモっちが乗りこんでくる。
「あれ? なんだよ、もう終わっちまったんかよ」
だけど、期待していた光景じゃなかったのに気づいてすぐに肩を落とす。
「まったく。これだから野蛮人は……」
その後ろから、呆れたようなため息をつきながらアッキーが現れ、
「何事もないのなら、それに越したことはない」
相変わらずのクールな口調で、シーコも続いて現れる。
「……おい、オマエら、行くぞ」
シーコを見るやいなや、カッシーは眉をひそめ、タッつんたちヤンキー軍団にうながす。
「うーっす」
ゾロゾロと、三中のヤツらがトイレを後にする中、
「対戦することがあったら、よろしく頼むよ」
カッシーが最後にシーコを一瞥し、そう言い残すのだった。
「えー……」
ワタシは今日のプログラム表を見て、思わずげんなりとする。
今回の新人戦は、全6校を2つのブロックに分けてブロックごとの総当たり戦を行い、それぞれのブロックの勝者同士が決勝戦を行うという流れだ。
ブロック戦はチーム勝利数を競い、同じ戦績の場合は全試合においての勝ちポイントの多いチームが勝者となる仕組みだ。
でもって、ワタシたち二中はBブロックに組みこまれたんだけど、その相手というのが――
「おい、オマエら、対戦表見たか?」
さっきメイとツムにちょっかい出してきた赤毛女――タッつんが、他のヤンキー女と一緒にやって来てニヤけた顔で聞いてくる。
「……なんとなく、こうなるんじゃないか、って気はしてたんだよね」
ワタシは憂鬱のため息を吐き出す。
なんという運命のいたずらか、Bブロックの対戦相手は、三中と宮郷中だった。
「なあ、オマエもさっきの一件、まだムカついてんだろ?」
「別に」
タッつんの言葉ににべもなく答える。
まあ、ホントはまだムカついてるけどね。
「そう言うなって。なあ、カケしないか?」
「カケ?」
思わぬ言葉にワタシは首をかしげる。
「簡単なことだ。直接対決でアタシら三中が二中に勝ったらオマエが土下座してあやまる。アンタら二中が三中に勝ったらウチが土下座してあやまる。ってのはどうだ?」
「土下座……」
よくもまあ、そんな低俗なコトを思いつくものだ。よっぽどワタシに反抗されたのが気に入らないんだと思う。
それと、ここに部長のカッシーがいないというコトは、たぶんタッつんの独断なんだろう。
ワタシはため息をついて、
「イイよ、やってやるよ」
それを承諾する。
こういった手合いは、断ったとしてもこの先いろいろとちょっかいかけてくるコトが容易に想像できる。
だったら最初から徹底的にたたいて、2度とちょっかいを出せないくらいのトラウマを植えつけてやるしかないのだ。
「よっしゃ! その言葉、忘れんなよ」
タッつんは満足そうに笑うと、三中陣営の方へ帰っていく。
「はぁ……まためんどくさいコトになっちゃったなぁ……」
高い天井を仰ぎながら、ワタシは巻きこまれやすい運命的な何かを呪うと同時に、抑制の効かない自身の性格に自嘲するのだった。




