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秋の初陣①

挿絵(By みてみん)

お母さん ――雲越愛花(くもこしまなか)


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 夏休みが終わって2学期が始まった――


 9月に入っても残暑はキビしくて、うだるような暑さは続いたままだったけど、10月にはその暑さもようやくやわらいで過ごしやすい気候に変わっていく。

 季節は変わりつつあるけど、ワタシたち二中剣道部の稽古熱は変わらない。


「甘いッ!」


 バシィッ!


 顧問の緒方(おがた)先生が放った鋭い一撃は、ワタシの面を的確に捉える。

 ワタシの面打ちはまったくかすりもしないのに、まるで子供をあしらうように簡単に打ちこまれてしまう。


「どうした? もうしまいか?」

「……ヤァァァァァッ‼︎」


 挑発的なその言葉にまんまと乗せられて、ワタシはこりずに面打ちを繰り出す。


「キィエェェェェェイッ‼︎」


 バシィッ‼︎


 すかさず先生の出ばな面――相手の動きに応じて繰り出す面打ち――が的確にワタシの面を打ち抜く。

 ワタシの方が先に面を打っているにも関わらず、相手はその動きを利用して最少の動きで面を返してくる。

 簡単そうに見えるかもしれないけど、相当の集中力と瞬時の判断力など高度な技術が求められる技だ。


「よし、時間だ」

「ありがとう……ございました!」


 はぁはぁ、と息を切らせながら礼を交わしてつかの間の休憩に入る。


 この2学期から、ついに緒方(おがた)先生が防具をまとって直接実戦指導してくれるようになったワケなんだけど、これがまたシンドい。

 地稽古の時だけの参加ではあるけど、5段の腕前を持つ女侍の実力は想像以上で、ワタシはもとよりあのシーコでさえも先生の前ではまったく歯が立たなかった。


 とはいえ、こんなにスゴいヒトから指導を受けているという事実は明らかに幸運だし、確実に強くなれるという自信につながっているのもたしかだった。


 そしていよいよ今週末には秋季大会――秋の新人戦が行われる。

 コレは現3年生の引退後に最初に行われる公式戦で、新体制のチーム同士がはじめて相(まみ)える舞台でもある。


 ワタシもその大会にレギュラーとして選ばれている。

 今度はこの前の練習試合の時みたいにガチガチになって、不様な醜態をさらすようなコトはゼッタイにしたくない。


「あ、ミカ(ねえ)。今日わたし、寄るところがあるから一緒に帰れないんだ」


 着替え終わったツムがワタシに告げる。

 ワタシとツムは家が近いコトもあって、部活終わりは毎日のように一緒に帰ってるんだけど、今日はめずらしい。


「わかった。ひとりで帰るよ」

「ゴメンねぇ。それじゃあ、また明日」


 軽く手を合わせてから、ツムは急ぎ足で更衣室を後にする。

 そして更衣室に残っているのは、シーコとトモっちだけ。

 だけど2人ともワタシとは違う地区――名和城(なわじょう)小出身――だから、帰り道は逆方向だ。


 ――今日はまっすぐ帰ろ


 そんなコトを考えながらワタシは着替えを済ませ、更衣室を後にする。道場の戸締まりのために待っている緒方(おがた)先生にもあいさつして、道場を出る。


 そういえば、柔道部は剣道部よりも30分くらい早く部活が終わって、もう誰もいない。

 コジマも、まっすぐ帰ってれば今ごろ家に着いてるかも。


 コジマといえば……――


 ――あの時のアレ、なんだったんだろ……


 ふと、夏祭りの時の出来事がフラッシュバックする。


 アイツに手を引かれた時、ワタシの胸は異様なほど高鳴っていた。剣道の試合の時に感じる緊張感とはまた違う、あの精神的高揚の正体をワタシはまだ掴めないままだった。


 <MAIN(メイン)>を通してならフツーにやり取りできるのに、学校とかで会うとなぜか以前みたいに気軽に絡むコトができない。


 ワタシは薄闇の空を見上げて、ひとつため息をつく。


 10月ともなるとこの時間にはほぼ陽が沈んでしまい、周囲では街灯が点っている。まだ暖かさは残ってるけど、もう少ししたら一気に冷えこんでくるのかもしれない。


 ――暑いのはイヤだけど、寒いのはもっとイヤだなぁ……


 群馬県の夏はとにかく暑くて、冬はとにかく寒い。伊勢崎市は埼玉県に隣接した平野部だけど、数年に一度くらい大雪に見舞われることがあるから困ったもんだ。


 なんてコトを考えながら駐輪場にやって来たワタシは、自分の自転車を停めてある2-Aの駐輪場の柵に誰かが座っているのがみえた。


「よう、遅くまでがんばってんじゃん」


 それはコジマだった。彼はワタシの姿に気づくと軽く手を上げてそう言う。


「どうしたの? もう帰ったんじゃなかったの?」


 ワタシは、またあのドキドキが襲ってくるんじゃないかと身構えながら、努めて冷静をよそおう。


「ああ、待ってたんだよ」

「誰を?」

「お前を、だよ」

「ッ!」


 その瞬間、また心臓がドクンとはね上がり、鼓動が早まっていくのを感じた。


「……なんで?」

「たまには一緒に帰るのもいいかな、って」


 つっけんどんなワタシの問いにも、コジマはにこやかに笑って答える。


「でも……今日、ツムいないよ?」

「知ってる。でも、いいじゃん、2人でも」


 それは困る、と思った。今まではツムも加えた3人で行動してたからヘンなウワサが立つコトもなく、平穏にすごしてこれたのに。


「……まあ、イイけど」


 ここでゴネるのもヘンだし、わざわざ待っていたのに一緒に帰らないとなると、さすがにコジマに悪いし……。

 そんな言いワケめいたコトを考えながら、ワタシはコジマと2人で帰る運びとなった。


 家まではけっこう距離があるけど、ワタシたちは自転車を引きながら歩いた。


「剣道部、遅くまでがんばってるよな」

「……うん」

「なんか、顧問が代わってからみんなスゴいやる気がみなぎってるよな」

「……まあね」


 道中コジマが話しかけてくるけど、ワタシはまともに返せない。


「今週末、新人戦だな」

「……うん」

「もしかして、優勝狙えそう?」

「……まあね」


 やっぱりダメだ。なぜかワタシは、『うん』か『まあね』しか話せないbotになってしまう。

 コジマの顔もまともに見れなくて、ずっと下向いたままだし。ワタシなんかと一緒に帰って楽しいのかな?


 ワタシはひとつ深呼吸を入れて、


「こ、コジマもさ……がんばってんじゃん」


 ようやくまともな会話を試みる。


「まあな。新人戦でいい成績が残せたら、来月の大きな大会に呼ばれる可能性があるんだ。だからオレ、けっこう燃えてるぜ」


 コジマは子供のように目を輝かせて、楽しそうに語る。

 そんな姿を見て、ワタシの胸の鼓動はますます早まっていく。


「……コジマはさ、なんで柔道はじめたの?」


 ワタシは、ふと思ったコトをたずねる。

 ほんの数年前まで、コジマはスポーツとはまったく無縁だったはず。だから、小学校高学年になってから柔道をはじめたと聞いた時は驚いたし、ホントに続くのかな、って心配してたくらいだ。


「なんで……? う〜ん。まあ、いろいろあるけど、やっぱ強くなりたかったから、かな」

「強く……か」


 強くなりたい――

 

 それはかつてワタシが抱いていた思いであり、最近になって改めて思うようになった目標だ。


「……お互い、がんばろ」


 ポツリとワタシはつぶやく。

 

「ああ、一緒に優勝しようぜ!」

「いやぁ、それはさすがにキツいかなぁ」


 この前の練習試合でも、四中相手に善戦はしたけど結局勝てなかったし、それ以外にもきっと強敵はいるはずだし。


「え〜? でもさっき優勝できそうなコト言ってなかったか?」

「え? ワタシが? 言ってない言ってない!」


 手をブンブンと振って否定するけど、さっき上の空だった時に何かまた大口叩いていたかもしれない。


 とまあ、そんなこんな話してたら、いつの間にか我が家――<雲越ベーカリー>の前に到着していた。


「あら?」


 ちょうどそのタイミングで店のドアが開くと、中からお母さんが現れる。


「ヒミカちゃん、おかえり」

 

 ワタシにそう言った後、お母さんは目をぱちくりさせながらワタシの隣に立つコジマを見つめると、


「……もしかして、コジマくん?」

 

 まるで昔の友人に再会したみたいな感じでたずねる。 

 

「はい。ご無沙汰してます、おばさん」

「やっぱり! でもホントに大きくなったわねぇ。ヒミカちゃんの言ってた通り、イケメンになっちゃって!」

「え?」


 小首をかしげるコジマ。


 お母さんは、『大きくなった』の部分をワタシから聞いていたと言いたかったんだろうけど、さっきの文脈からだと、『イケメンになった』の部分までワタシが言ったみたいにコジマに受け取られかねない。


「ちょ、お母さん! ワタシ、そんなコト言ってないからッ‼︎」


 だからワタシは必死に否定する。


「あらぁ? そうだったかしら?」


 キョトンとするお母さん。このヒトはけっこう天然だから、こういうコトはけっこうあるんだよね。


「言ってないからね。断じて、イケメンなんて言ってないからッ‼︎」


 ワタシはコジマに鋭い眼光を向けて念を押す。


「お、おう。でも、そこまで否定されるとちょっとヘコむぜ……」


 苦笑するコジマ。


「あ、そうだ。コジマくん、ちょっと待っててね」


 何か思いついたように両手を重ねてから、お母さんはパタパタという足取りで店の中に戻っていく。

 そして、3分も経たないうちに戻って来ると、


「これ、売れ残りで申し訳ないけど、よかったら食べて」


 袋に入ったパンをコジマに差し出す。


「ありがとうございます!」


 コジマはそれを受け取り、頭を下げる。


「今から夕ご飯に、って訳にはいかないでしょうけど、冷蔵庫に入れて明日の朝温め直せば朝食になるから」

「はい。助かります」


 お母さんの言葉に素直にうなずくコジマ。

 そういえば昔も、よく売れ残ったパンをコジマやツムに渡してたっけ。


「じゃあね、コジマくん。よかったらまた遊びに来てね」

「ありがとうございました!」


 そして、あわただしく店の中に戻っていくお母さん。


「クモコシのお母さん、若くて美人だよな?」


 不意にコジマがそんな言葉をもらす。

 まあ、たしかに若いし、娘のワタシが言うのもはばかられるけど、妙にかわいらしい部分があって魅力的だとは思う。


「まあね。ホントにワタシはなんでお母さんに似なかったのかねぇ」


 ワタシは思わずそんなコトをボヤく。


「えっ?」


 すると、なぜかコジマが驚いたように目を丸くしてワタシを見る。


「えっ?」


 コジマのその反応に驚いて、ワタシも目を丸くしてコジマを見る。


 なぜかワタシたちは、しばらくそのまま見つめ合ってしまうのだった。

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