真夏の決意③
瀧川 ――瀧川星羅
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そして両者は開始線のところに戻り、再び竹刀を構える。
「胴あり。二本目ッ‼︎」
主審の号令で試合再開。
剣道は2本先取の3本勝負となっている。どちらも2本に達しないまま時間が終了した場合は1本を取った方が勝ちとなり、両者共に1本も取れなかった場合、および両者共に1本ずつ取り合って時間終了となった場合は引き分けとなる。
個人戦なら、引き分けとなった場合は1本先取の延長戦があるけど、団体戦の場合は引き分けてもそのまま次の試合に移行する。
そして団体戦は勝者の多い団体が勝ちとなって、 勝者同数の場合は有効打突の総本数の多い方が勝ちというコトになる。
「小手ェェェ! 小手、面ーーーッん‼︎」
そして試合の方は、もう後がない菊池が積極的に打ちこんでいるけど、シーコは的確にそれを凌いでいる。
一方的に攻撃しているはずなのに、菊池の攻撃からは焦りというか、逆に打たされているという気さえ感じてしまう。
シーコが試合の主導権を握って、相手をコントロールしているというコトなのだろう。
そして両者は鍔迫り合い――打ち合わせた竹刀を鍔もとで受け止めたまま互いに押し合う膠着状態――になる。
このままの状態がしばらく続くと思った、その時――
菊池が鍔もとを全力で押しこんだ瞬間、シーコがそれをいなすようにフッと力を抜いたように見えた。
「ッ‼︎」
その瞬間、菊池がバランスを崩して前のめりになる。
そのチャンスに、シーコは後ろに退きながら竹刀を振りかぶる。
とっさに竹刀を上げて面を防御する菊池。
「胴ーーーーうッ‼︎」
だけどシーコは面ではなくて、ガラ空きとなった左胴を一閃。
「それまで‼︎」
またしても赤旗が3本掲げられる。
実に鮮やかな引き胴だ。
体勢を崩されて動揺したところに竹刀が振りかぶられれば、きっとワタシも面を防御しようとしたはずだ。だけど、それこそシーコの狙い通りで、彼女はまたしてもガラ空きとなった胴にまんまと鋭い一撃を与えたのだ。
両者は再び中央に見えて、
「胴あり。勝負あり!」
主審が赤旗を掲げながら告げる。それはもちろん、シーコが勝ったという宣言だ。
そして両者は蹲踞してから竹刀を帯刀。すぐに立ち上がると正面を向いたまま後ろへ5歩下がり、場外手前のその場所で礼をする。
コレが剣道の試合の大まかな流れだ。
続いて、次鋒が試合場へと向かう。
そして、さっき試合を終えた先鋒の選手はすぐに顧問の元へ向かう。そこで試合の中で気づいたコトなどアドバイスなり指導なりを受ける。その流れは、二中も四中も同じだ。
「ファイトーーーッ!」
次鋒戦がはじまり、ワタシは声援を送る。
こちらの次鋒はツム。相手の次鋒は、菊池と一緒にいつもヒメカミさんの側にいる瀧川だ。
ワタシはふと、菊池の方に目を向ける。
四中の顧問――老齢で髪も短く、まるで仏様のような穏やかな印象の先生の前で、彼女はうなだれた状態で話を聞いていた。
結局菊池と対戦するコトはなかったけど、気迫はものスゴく伝わってきた。ただ、相手が悪すぎただけ。
話が終わり自陣営の定位置に戻った菊池は、小手を外して目の前に並べ、その上に脱いだ面を置く。
「ッ!」
その瞬間、ワタシは思わずハッとした。
菊池は肩を小刻みに震わせながら泣いていたのだ。
公式戦だったら、試合に勝っても負けても涙を流すコトはあるかも知れない。だけど、今日は非公式の練習試合。それにも関わらず人前で涙を流すのはよっぽどのコトだ。
自分の剣道がまったく出来なかった。終始、相手のペースに飲まれてしまった。そんな悔しさがあるんだと思う。
――あのコも負けずギラいなんだ……
イヤミばかりで好きになれなかったけど、少しだけワタシは彼女に親近感を抱いた。
ワタシは再び試合場に目を向ける。
ツムは部内で1番小柄で、俊敏な動きで相手を翻弄するタイプなんだけど、対戦相手の瀧川もまた小柄で、俊敏な動きをする同タイプだった。
さっきの試合がハイレベルな心理戦を繰り広げた<静>の試合だとすれば、目まぐるしく動いてスピード感に満ちたこの戦いは<動>の試合と言える。
まったく両極端な試合の好みはわかれるかもしれないけど、どちらも見どころが多い好試合だ。
「それまでッ‼︎」
タイムキーパーが制限時間の3分経過を伝え、主審が終了を告げる。
結局次鋒戦はお互い手数は多かったけれど、有効打は取れないまま引き分けに終わった。
ツムは1年生だけど、二中ではシーコに次ぐ実力の持ち主だ。そのツムに引き分けるんだから、やっぱり四中の――瀧川のレベルは高いのだと思う。
続いて中堅戦。
こちらはトモっち。相手は栗田っていうヒト。
トモっちは得意の力押しでガンガン攻めていく。終始相手を圧倒しているかと思っていたけど、終盤になって疲れが見え始めたのか、一瞬のスキを衝かれて小手を奪われてしまう。
そして、そのまま時間がきて終了。
結局トモっちは1本負けとなってしまった。
「クソッ! 最後まで気を抜かなけりゃ勝てたかもしれないのに‼︎」
戻って来るなり、悔しそうにボヤくトモっち。
せっかくシーコが先取した2本のアドバンテージだったけど、ここで1本差に迫られてしまったワケで、ワタシの大将戦が1番落とす可能性が高いだけに、踏み止まりたかったという思いが強かったはず。
だんだんと出番が近づいてきたワタシは、面タオルを頭に巻いて面をつける。
「いよいよだね」
ツムがワタシの背中に赤帯をつけながら、そんな言葉を向ける。
「うん……」
ワタシは小さくうなずいた。
時間が経つにつれて、またあのプレッシャーがワタシの心を押しつぶしていく。
次は副将戦。
こちらはアッキー。相手は矢島っていうヒト。
1本も奪われてはならない――
そんな思いが枷になってしまったのか、アッキーは互角の戦いをしながらもどこか冷静さを欠いていて、終盤に面を奪われて1本負けしてしまう。
この時点で二中の勝者はひとり。四中の勝者は2人。有効打の数だと2対2で同数だ。
つまり、二中が勝つにはワタシが1本も取られないまま1本勝ち以上するか、1本取られても2本取って勝つかしないとならない。
「ごめんなさい。せめてリードを保っておきたかったのですが……」
戻りしな、アッキーが場外で待機しているワタシに申し訳なさそうな声で言う。
ワタシは――それに応える余裕がなかった。
たぶん、リードを保っていたとしても、この異様な緊張は変わらなかったと思う。
――どうしよう……
心臓の早鐘がおさまらない。
正面に立っているワタシの対戦相手――ヒメカミさんはまっすぐにこちらを見すえている。
コワい――
そのすごく高い壁が前に立ちはだかっているような気がして、ワタシの心はもう折れてしまいそうだった。




