真夏の休息⑥
ヒミカ ――私服・夏
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そしてワタシとシーコは、近くにあるお寺の前へと移動する。
お祭りの会場から少し離れているから、そこを通るヒトは少なく、さっきまでの喧騒がウソのように辺りはしんと静まり返っている。
「……」
「……」
シーコから誘って来たんだからシーコから話を振られるものだと思っていたけど、いざ2人きりになると何もしゃべらない。
――なんか気まずい……
ワタシから話を振った方がイイのかな?
そんなコトを考えていると、
「すまない」
不意にシーコがそんなコトを言う。
「え? 何が?」
突然あやまられて、こっちの方が困惑だった。
「私は口下手だ。キミと話がしたいと思ったのだが、うまく言葉に出来ないんだ」
少しはにかんだようにシーコが言う。
意外だった。
「さっきは大人のヒトたちとあんなフツーに話してたのに?」
「あれはただのあいさつだ。いわば、常套文句で自然と身についた処世術のようなものだから」
さらりと言ってのけるシーコだけど、ワタシからしてみればそんな処世術を身につけている方がスゴいと思うのだけど。
「それってやっぱりおウチの方針だよね? ツラいとか逃げ出したいとか思ったりしないの?」
「私は幼い時から父に<星乃宮グループ>の者としての素養や知識を教えこまれた。もはや私にとって生活の一部で、ツラいと感じるヒマもなかったよ」
「そうなんだ……」
ワタシには名家のしきたりだとか理解するコトは出来ないけど、きっとものスゴい努力をして来てのだと思うし、その努力を努力と感じさせないくらい努力を積み重ねて来たんだと思う。
そして再び訪れる沈黙の時。シーコが口下手だっていうのは、たしかにその通りかも。
こっちから話を振るのがイイと思い、ワタシは気になっていたコトを聞いてみた。
「ねえ、シーコ。さっきヒメカミさんに『個人戦は出ない』って言ってたよね? どうして出ないの?」
「私は……」
シーコは少し間を置いてから言った。
「部長として団体戦に集中したい。そう思ったからだ」
「団体戦に? まあたしかに部長をやりながらは大変かも知れないけどさ。でも、シーコだったら団体戦と個人戦の両立くらい出来るんじゃない?」
ワタシの問いに、シーコは小さくかぶりを振る。
「私は父に言われたんだ。『たしかにお前は個としてトップに立った。しかし、組織のリーダーとしての資質に欠けている』と」
「組織のリーダーとして?」
「そう。だから私は部長に就任するにあたり、父から試練を与えられたんだ。『剣道部のリーダーとしてチームをトップに導け』と」
「チームをトップにって……つまり、団体戦で優勝しろってコト?」
シーコはコクリとうなずいた。
「優勝といっても、市内予選なのか県大会なのか、はたまた全国大会なのかはわからないけどね」
「優勝……」
ぶっちゃけ無理難題だと思った。
同じ地区には団体戦全国大会常連の四中がいる。あのヒメカミさん率いる強豪チームに勝たなければ、県のトップどころか市内のトップにすら立てない。
「それって難しいよね?」
「ああ、難しい。しかし、だからこそキミの力が必要なんだ」
「ワタシの?」
ぜんぜん予想してなかったその言葉に、思わず声が裏返ってしまう。
「なんでワタシ? ずっとユーレイ部員でやる気のなかったサボり魔なのに」
「でも、今はちゃんと来ている」
「それは、そうだけど……」
誰かに必要とされて――しかもそれがシーコとなれば正直うれしい反面、戸惑いも大きかった。
「ワタシ、弱いよ? 今でも迷ってるし」
「いや、キミは強いよ。雲越緋美華」
魔性の瞳でまじまじと見つめられて――フルネームで名前を呼ばれて、ワタシは気恥ずかしくなってドキドキしてしまう。
「ワタシが強いって……何を根拠にそんなコト――」
「キミはまだ真剣に自分と向き合っていないだけ。本気を出せば必ず強くなれるさ」
ワタシの言葉をさえぎり、さらなる口説き文句で堕としにかかるシーコ。
なんで彼女がこんなにもワタシなんかにこだわるのか、ぜんぜんわからなかった。けれど、不思議とその言葉にはホントにやれるんじゃないか、と思わせるだけの力がこもっていた。
「頼む、キミの力を貸して欲しい! 父の期待に応えるために。二中剣道部の向上のために!」
まだ迷っているワタシに、シーコはとうとう頭まで下げてくる。
「えっ⁉︎ ちょ、シーコぉ⁉︎」
ワタシの困惑はマックス状態。ともすれば愛の告白の場面とも受け取られかねないけど、幸い周囲には誰もいなかった。
「お願いだから頭上げてよッ!」
「キミの協力を取りつけるまでは上げることはできない」
「ああ、もう……」
ワタシはくしゃくしゃと自分の頭をかき、
「わかった、協力する! 一緒にがんばるよ‼︎」
ついに折れる形でそう叫んだ。
「そうか、ありがとう!」
パッと顔を上げると、シーコは晴れやかな笑顔を浮かべてワタシの手を握った。
今まで見たことのない笑顔。そして、感じる手のぬくもり。
それはコジマから感じたものとはまた違うドキドキをもたらし、ワタシの心臓は鼓動を早めた。
「……ぷっ」
と、その時だった――
突然シーコがワタシの顔を見て吹き出すと、
「ブフッ! プクククククッ‼︎」
堰を切ったように笑い出したのだ。
「え? ど、どうしたの?」
「す、すまない。しかし、キミが真剣な顔をする度に、頭にあるお面が余計に滑稽に見えて……ブヒュッ!」
必死に笑いをこらえながら……いや、ぜんぜんこらえられてないんだけど、シーコはワタシの頭を指差しながら目にはうっすら涙まで浮かべている。
――そういえば、お面を頭にかけたままだったんだっけ……
たしかに、真顔で話してる側で満面の笑みを浮かべているお面が一緒に目に入ってきたら、それは滑稽かも知れない。
だけど、それにしても――
「さっきからずっと気になってしまって。我慢していたんだけど、こらえきれなくなってしまったんだ」
そう言って目尻ににじんだ涙を指でぬぐうシーコ。
――シーコも笑うんだなぁ
とてもお嬢さまとは思えない個性的な笑い方だし、正直彼女の笑いのツボがよくわからなかったけど、それでもその意外すぎる一面を見てワタシは、シーコも普通の人間なんだな、と思えるようになった。
「でも、さっきも言ったけどワタシ、そんな役に立てるかわかんないよ?」
なんとか気持ちを持ち直して、ワタシはそう告げる。
「そんなことはない。私にはないリーダーとしての資質を、キミは持っている」
「リーダー? ワタシが?」
「そう。私は自分の考えや思いをうまく相手に伝えることができない。他の者たちとはどこか感性がズレているんだと思う。だから、キミがうらやましいんだ」
「うらやましい……?」
そんなコトを言われたのははじめてだ。
たしかにシーコはどこか浮世離れした雰囲気を持っていて、他人を容易に寄せつけないオーラのようなものを放っているかも知れない。
だけど、逆にワタシにとってはそんな彼女のクールさはあこがれだし、それこそうらやましいとさえ思っていた。
「キミは自分に素直で、まっすぐな感情をぶつけてくる。相手が誰であっても変わることなく、ただまっすぐに。それってスゴいことだと思うんだ。だからキミにいて欲しい。未熟な私を支えて欲しい」
「そこまで言ってくれるのはうれしいよ。だけど、ワタシにはそんな影響力ないよ?」
「キミは思い違いをしているよ」
ピシャリ、とシーコが言い放つ。
「キミはキミ自身が思っている以上に、周囲に大きな影響を与えているんだ。だからもう少し自分のことを認めてやって欲しい」
「ワタシが……」
そこまで言われても、やっぱりワタシにはピンとこなかった。
だけど――その言葉は優しくそよいだ風のように、ワタシの心を少しだけ楽にしてくれたような気がした。
ヒュルルルルル……ドーーーンッ‼︎
その時、大きな轟音が鳴り響いて夜空に一筋の光の帯が描かれると、破裂音と共に暗色の空に大輪の華を咲かせる。
「少々話しこんでしまったようだね。みんなのところへ行こうか」
「……うん」
コジマの時に感じたものとは違う高揚を抱えたまま、ワタシはシーコと一緒に歩きだした。
「あ、ミカ姐! こっちこっち‼︎」
土手の方でツムがさかんに手を振る。ツムの隣にはコジマがいた。
ツムはワタシの手を引っぱって、コジマの隣に立たせる。
「遅かったな」
「うん。ちょっとね……」
どうしてかわからないけど、コジマの側にいると妙にドキドキする。さっきシーコから感じたものとは違うドキドキ。
そのせいでまともにコジマの顔も見れなかった。
ヒュルルルルル……ドーーーンッ‼︎
ドーーーンッ‼︎ ドドーーーンッ‼︎
川辺から次々と打ち上げられる色とりどりの花火。だけどワタシは、それを美しいと思えるほどのゆとりがなかった。
今日一日だけでたくさんのドキドキを感じて、心のキャパシティが限界を超えたみたい。
「こうしてクモコシと花火見るのもひさしぶりだよな」
「うん。そうだね……」
コジマの言葉にそう答えるのが精一杯。
ホント、どうしちゃったんだろう、ワタシ。
夏の暑さに浮かされただけじゃない、お祭りの熱気にあてられただけじゃない、この頬に――体全体にまとわりつく熱の正体を、ワタシはまだ知らなかった。




