第74話 はじめてのキス 消防の到着まで 10分
<ラルゴ>
「おおっ! ここが、本物の日本! 来てみたかったんだ」
「フォルルンはりきるねぇ」
ララが相槌を入れる。ここしばらく、暗い心境だったので、色々なロケーションを巡って気分を変えるのは、ちょうどいいかもしれない。
校外学習の一環として、東京、川崎、浜松なんかを3泊4日で巡る旅行に僕たちは来ていた。
何百人もの大人数を同時に移動することのできる、異世界間を繋ぐ大規模かつ安全な穴は、ここ東アジア地区では、韓国の釜山にあるらしく、そこから飛行機で日本の羽田に向かい、東京駅周辺から、JRと新幹線で目的地を移動し、最後には中部国際空港から釜山に戻り、K-POPのコンサートを少し聞いてから元の世界に戻る。
個人で移動する人なんかは、金沢市などの選択肢もあるらしいがなにせ大人数が移動するとなると、窓口は、釜山に限られる。あと、アキラさんの生まれの甲府市にはさすがに寄る予定はないのは少し残念だ。
旅行の目的はもちろん音楽。音楽に関する博物館やコンサートなど、ジパング村などでは得られないような知見を得て、故郷に帰る。
といっても、息抜き要素もないと困るのでショッピング、街歩きタイムなんかもある。色々なファンシーグッズが展開されているキャラクター大国なので、ついついぬいぐるみなんかも買ってしまう。荷物が重くなるとわかっているのにぃ。
宿なんかは街のホテルにも泊まれるのだが、3日目には 犬山温泉なる場所にも泊まれるらしく、わくわくと楽しみにしていた。
バスに揺られて、20分、渋滞なのか思ったように道を進まない。
「見て! 火事よ!」
誰かが指をさすので、そちらの方を見ると、古びた旅館らしき建物から炎があがっている。
「助けてー! ママー!」
「たかし! たかしを助けなきゃ……!」
「奥さん! だめです! 今、中に入ったらあなたもっ!」
小さな男の子が、手を振り、泣き叫びながら、助けを求めていた。黒煙が顔にかかっている。
なんてことだ。今すぐにでも駆けつけてあげたい。
「運転手さん。私たちをここで下ろしてください!」
「無茶言わないでくれよ。僕たちにも君たちを安全に宿まで運ぶ義務があるんだから。それに、君たちにできることなんてないよ。元の世界では、スーパー魔法使いで消火なり救助なりできたかもしれないけど、ここの世界では、君たちは、ただの非力な高校生なんだ」
運転手さんの言う通りだ。できることがないのが悔しくて歯痒い。
「なにかできることがあれば……」
「ないよ。消防や警察の足手纏いにならないよう集団行動を乱さないのが君たちにできる唯一の選択肢だ」
正しい。正しいけど、このままじゃ、あの男の子が……。
「魔法を使う方法ならないこともないぜ」
「グルーヴ!」
意外な人間が話しかけてきた。私服OKな旅行なだけに、ここぞとばかりだぼだぼのズボンを履いている。
「かつて、エッジガード社が、魔女アリアに開発させていた兵器の中に、魔法のキャンディーがある。その効果は、ガーネットプリンスやコバルトプリンセスが舐めると、異世界地球でも少しだけ魔法を使うことができるという優れもの」
グルーヴの手元には、緑色の包装がなされたグミキャンディーが。
「ちょうだい! お願いします!」
「ちっ! 仕方ないな。あとで金もらうぜ。製造費、安くねぇんだから」
「ありがと」
受け取ると舐める。女声魔法を試しに唱えてみるが、効果はない。グルーヴの方を見ると呆れた顔をしていた。
「コバルトプリンセスにならないと魔法は使えないって言ってるだろうが!」
その言葉に、テヌートが立ち上がり、真剣な顔をして、ずかずかと近づいてくる。やだ。何をしようとしてるの? クラスメイトみんな見てるんだよ? えっち! やめて!
「フォルテ! 僕は、君のことを愛している! 結婚相手は君でないとダメなんだ。僕のために、女としてフォルテとして一生、生きてほしい!」
そう言うと、おもむろに腰に手を回し、抱き寄せ、大胆に唇を奪う! 僕の舌を情熱的に絡め取る。 周囲が指笛を吹いて祝福する。 なにするの! すけべ! そんな熱烈な愛の告白されたら、僕……僕……胸が締め付けられて。
「ぎにゃあああああ! やだやだやだやだー! 恥ずかしい僕を見ないでー!」
全身に青いオーラが包み込み力が湧いてきた。本当にコバルトプリンセスになれたんだ。なんだかこの前の変身といいグルーヴが愛のキューピッドやってる気がするっ! 仲人かっ!
女声魔法でサックスを取り出し、ボサノバテイストのショートトラックを演奏すると、バスから体が突き抜けるのを確認する。
「なに、あの子! 壁を突き抜けたわよ!」
街の人たちが驚きのリアクションをするのを尻目に、浮遊魔法で、急いで火災現場に向かう。今にも焼け落ちそうだ。空を飛び、宿に近づくと男の子に手を差し伸べ抱きしめる。
良かった。無事だ。安堵したのも束の間だった。
そのとき、焼け落ちた木材が、僕たちの方に倒れ掛かる! しまった!
「あぶねぇっ!」
水圧魔法で木材落下の軌道を逸らしたのはシャープだった。全身を赤いオーラで纏っている。間一髪で助かった。
「ありがとう!」
「さあ、あまり大騒ぎにならないうちに、子ども連れて引き上げようぜ」
シャープの誘導のまま、駆けつけた女性警察官に男の子を引き渡すと、「お姉ちゃんたちありがとう」の言葉と消防車到着のサイレンの音を背に、その場を後にし、バスに向かった。
ふと、疑問が頭に駆け巡った。
「あれ? エッジシャドウ社は倒れたのに、闇堕ちなんてすることないはず。なんで、ガーネットプリンスになれたの?」
「う、うるせえ」
何かを隠している。赤いオーラではあるけど、ちょっとコバルトプリンセスっぽい雰囲気もあるよねぇ。
バスに戻ると、シャープは、フォルテとグータッチしていた。
「ありがとよ」
「君のためならなんだってするさ」
え? え? どういうこと。もしかして……。
「ああっ! もしかして、フォルテったら、ぼ、ぼ、僕の体でシャープとキスを!」
「声が大きいっ!」
バス車内がどっと笑いでごった返した。




