第72話 人工知能と戦争犯罪 美容院の予約 15時
<ラルゴ>
「うーん。何でこんな行動をするんだろうかこのAIは」
女子寮のマイルームにて、僕は、コンピュータ将棋ソフトの前でうんうん唸っていた。
「確か将棋ってチェスとルールが似た日本のゲームだっけ?」
独り言のつもりだったがララが割って入ってくる。
「基本ルールはだいたい同じかな。王様が倒されたら終わりなのもほぼほぼ同じ。大きく違うのは、倒した駒を自分の駒として使いまわせるルールくらい。なんでも、日本がアメリカに戦争に負けて占領された時に、捕虜の虐待だといって、将棋禁止の原因になりかけたいわくつきのルール」
「ふーん。で、その将棋のAIがどうかしたの?」
「詰み、チェスで言うチェックメイトだね、王様を追い詰めて、勝ちが確定した瞬間から、AIが捕虜も含めて手持ちの駒を全て使って、こっちの王様に無駄な自爆攻撃をやり始めるんだ。そんなことしてもAI側の王様が倒されるのは、決まっていて、ただの時間稼ぎにしかなっていないのに、自陣が焦土になるまで続ける」
愚痴のつもりだったが、ララの目が瞬く。
「それは目的関数を使って、AIが作られているからかもだねえ」
「目的関数?」
ララは聞いたことのない言葉を使う。
「取ることのできる次の行動の選択肢をすべてコンピュータが計算して、点数をつける。点数の最も大きな数字を獲得した選択肢をAIは取る」
「まるでカルマポイントじゃん」
つい最近まで戦ってきた数値指標の話題とリンクする。ララは説明を続ける。
「点数が大きくなる行動は大きく分けて2つ。敵の王様を追い詰める行動をしたか、自分の王様が追い詰められないよう時間稼ぎしたか」
その説明で、AIの謎は解けた。
「そっか! 自分の王様がやられることが確定したら、勝つために点数を稼ぐ方法を失う。負けまでの時間稼ぎしか、点数を稼ぐ方法がなくなるんだ。そして、ルール上、負け確定後の時間稼ぎは、敵の王様に向かって、自爆攻撃する方法しか残されていない」
「そういうこと」
ララったら説明うまいんだから。
「でもさ。これが、ゲームだからいいけどさ。本当の戦争だったら、恐ろしいよね」
「またまたカルマポイントの話につなげるー」
ララがまたその話? と、言わんばかりにあきれる。でも、僕はやめない。
「敗戦すると、国家や民族の存亡に関わるならまだしも、独裁者のメンツを保つための戦争で、負けるとわかっていても、王様の延命のためだけに、兵士の命が次々と捧げられたとしたら」
実際にそんな戦争のニュースは耳にしたことがある。きっと、人間社会が将棋AIのような異様な判断を下すとき、ここまで極度に数値化されていなくても、組織を貫くルールがゲームのように単純化され、特定の判断材料に偏っているのだろう。そう。たとえば、反乱が起きてもおかしくないほど腐敗した権力構造の維持そのものが、国家にとって最優先の判断基準になっているような場合だ。
「そうね。戦争のような国家規模の作戦は、いろいろな数字が舞い踊る。数字がなければ作戦なんて立てようがないそんな中で、数字は目的と手段をいとも簡単にすげ替える」
だけど、数字は、目標じゃなくて、道具なんだよね」
「道具か」
人生の中で接してきた色んな数字が頭の中に思い浮かんでは消えていく。
「あ!」
「どうしたの?」
「美容院の予約忘れてた。まだ、間に合うし急いで行かないと!」
「時間は信用を作る数字だよー」
「わかってる!」
僕は、急いで部屋を飛び出した。




