第6話 コバルトプリンセス覚醒 ときめき度 90%
<ラルゴ>
「セッションだ!」
テヌートの声が響く。僕はサックスを手に取り、構え直す。緊張が体中に走り、指先に魔力を集中させた。炎の魔法を奏でる準備が整い、僕は深く息を吸い込む。
一瞬の静寂、そして吹き出される炎のメロディ。熱い音が魔女へと向かう。しかし、今度はリズムが崩れた。さっきまでの完璧な呼吸はどこへやら。僕が放った炎の魔法は、届くことなく、魔女の手前で虚しく萎んだ。
「ははっ。子どもは火遊びしたらいけないねえ」
魔女が不気味に笑う。彼女の手にはオーボエが握られていた。その音色は水面に広がる静かな波のように、美しく冷たい。空から降り注ぐのは氷の粒。痛みが走り、反射的に僕は頭を抱えるが、その細かな氷の粒は指の間をすり抜けて降り続けた。
「スウィングのリズムだ!」
テヌートの声が再び届く。さっき成功した魔法なら、もう一度できるはずだ。僕は炎と風の魔法を再び奏でようとした。しかし、またもリズムが合わず、魔法は無情にも失敗に終わる。
魔女の反撃を覚悟するが、少し怯んでいる様子だ。どうやら、少し効いているようだ。
「偶成和音だ」
テヌートの一言に思わず合点がいく。そうか。リズムが少しずつずれた結果、想定していたものとは違うが和音が形成され、独特の響きを奏でて魔法の効果を形成する。
だが、決定的な攻撃とはならない。魔女はオーボエを奏でて何か次の攻撃を繰り出そうとしている。
「この魔法は、周囲のタンパク質を溶かす魔法だ。詠唱が完了すれば、お前たちは消え去るだけだよ」
魔女が冷たく告げる。彼女のオーボエからは、危険な音が次々と溢れ出し、僕の肌から白い汗が流れ始めた。
もう、終わりだ。体が溶けてしまう。その絶望が胸を締め付けた瞬間――スネアのリズムが周囲に鳴り響いた。シンバルの音もそれに続く。振り返ると、フォルテ――僕の体を持つフォルテが目覚め、魔法でドラムのホログラムを生成し、リズムを刻んでいるのだ。
フォルテだ! 僕の体のフォルテが目を覚まして、ドラムのホログラムを魔法で生成し、リズムを刻んでいるのだ。
「俺の名前はラルゴ。待たせたな。俺のリズムに合わせてもう一度、セッション魔法を唱えよう。早く!」
わわっ。僕の体で俺様気取っちゃってる。恥ずかしいけどちょっとかっこいい。本来の僕より男っぷりがサマになっているというか。
ドラムが4ビートのリズムを刻むのに合わせて僕も炎の魔法を演奏する。テヌートもピアノを合わせる。
3人のリズムが合わさって一致したとき、巨大な炎の竜巻が魔女を包み込んだ。
ダメージを受けているのか、ぜいぜいと息が上がっている。
「おのれ!口惜しや!お前たちも道連れにしてやるわ!」
魔女は最後の力を振り絞り、オーボエを奏でながら自爆の準備を始めた。彼女の体が黄金色に光り出す。
「自爆だ!防壁魔法を唱えるぞ!」と僕の体のフォルテが司令塔の役割をこなす。
「ダメだ!間に合わないっ!君だけでも助かってくれ」
テヌートが僕を守ろうとしてくれているのかガバッと床に押し倒す。
やさしいと思ったのは一時のことだった。すんすんすんという音が聞こえる。髪の匂いを嗅いでいるだと!? ひざを少し上に上げるとむにゅっとしたお股の柔らかい感触がする。やばい。この男は発情している。僕のことを女として意識している。
こんな状況なのに、僕はときめきを隠せなかった。僕は、男なのに! 男なのに!
いやあああああああああ。心の中で叫んでしまう。
その瞬間、僕の体が、宝石のコバルトのような色、平たくいうと青に光り出すのがわかった。
「な、なにこれ?」という僕の心の声を知ってか知らずか、魔女がわなわなと震える。
「コバルトプリンセスに覚醒しただと……ますます生かしてはおけない!」