第62話 シャープは死を覚悟する 部屋のRGB #00538E
<シャドウ3世>
「なぜだ! なぜ、誰も駆け付けようとしない! 警備兵! 魔法警察! 魔法省! セキュリティーゾーンに侵入されたんだぞ! SVNに行かれてしまうではないか! グルーヴの馬鹿野郎め! 勝手な行動しおったばかりに!」
叫ぶが、虚しくこだまするばかり。沈黙のまま、幹部たちは俯くばかり。
側近の一人、あまり忠誠度が高くないから左遷しようと思っていた男が、観念しかたのように一歩前に出て進言する。
「魔法警察と魔法省ですが、圧力でストップがかけられていて、動かせない模様です」
「そいつらは何者だ!」
「エリック警部とショパン課長です。おそらく、アキラとエリーゼの同級生で、交友関係があったものかと」
「そいつらは、出世の約束を餌に黙らせているはずだ。なぜ! どうしてだ!」
「本人たちじゃわからないので、何とも言えないですが……。おそらくは、シャープと同じことを考えていたのかと。何をしても打開できない不利な情勢下では、沈黙を貫き、忍耐をし、忠誠を誓うふりをし、決定的なチャンスが来たときに、一気に出し抜くつもりだったのでは?」
「舐めた真似を! もっと上、警視と局長にもコネがあるはずだ。至急、働きかけろ!」
「承知しました。おい、魔法電話の準備をしろ」
くそっ。時間がない。何をどう書き換えるつもりかは知らんが、このままでは、膨大な魔法マクロ資産が葬り去られる!
「おそらくですが、間に合いませんよ。おそらくですが、根回ししている間に、やつらは、SVNに到達し、何らかの変更が書き加えられるかと」
「やむをえん! おい! パイプオルガンルームは準備できているか?」
「はっ。隣の部屋にあります。セキュリティはすでに解放済みです」
現場にいる兵隊はシャープのみ。裏切り者で、腹立たしくはあるが、やつを直接コントロールするしかない。
右殺義が現場に到着すれば、なんとかしてくれるだろう。強制的にバイオリンで、MPNから侵入者を追い出す魔法をやつなら知っている。それまでに、時間稼ぎをするんだ。
パイプオルガンルームは、蒼く暗い空間であった。地面にはカーペットが敷かれ、教会のようにベンチが平行に置かれている。
フードを被って、ひょっとこの仮面をかぶり、手を袖の中に隠した側近は、助言する。
「フルパワーにチューニングしております。シャープの体も心も壊せるくらいの仕上がりですぜ。ひっひっひ。異世界ではドローン兵器なるものが流行っているらしいですが、こいつが、我ら流の遠隔操作兵器ってところですな。人間の尊厳を破壊して、兵器に作り替える。カルマポイントも爆上がりです」
「能書はいい。演奏するぞ」
黒鍵と白鍵が反転した鍵盤を掻き鳴らすと、それに合わせたかのようにステンドグラスが狂気の赤に染まる。
<シャープ>
全身に電撃が走る。くっ。来やがったな。洗脳魔法! これまで受けてきたものより、ワンランク上の強度。本気で俺をマリオネットのように操り、そして、壊すつもりらしい。
だが、これくらい想定通りだ。俺は、姉ちゃんの恨みを晴らすためなら、死んでもいいと思っている。
憎きカルマポイントを歴史の闇に葬ることができるなら、この俺は、屍となって次の世代の道標となろう。
「ララコロス」
これは、俺の意思で出た言葉ではない。さらに、自分の意思に反して、足が勝手に動き、MPNの中にするりと体が入り、そして、3人を追いかけ始める。
そのとき、シンバルの音が鳴り、膝に激痛が走る。風の刃を受けたのに気づいたのは、しばらく経った後だった。
「邪魔スルツモリカ」
「せっかくチャンスを掴んだんだ。この先は行かせないよ」
自分の意思と反して会話が繰り広げられる。言葉を操っているのは、おそらくシャドウ3世だ。
そして、これでいい。よくやったフォルテ。このまま、俺の足をズタボロにしてくれ。歴史を塗り替える瞬間を絶対に邪魔させない。




