第61話 逆転のチャンスは一度だけ フォルテッシモ F2つ
<フォルテ>
この時をずっと待っていた。セキュリティーホールが開く瞬間を。
遊園地から、帰ったあの日、シャープが初潮を迎えたあの日、部屋でくつろぎながら、約束をしたんだ。
「ようやく一時的に正気に戻れたものの、俺は、おそらくやつらから洗脳を受けつつあるようだ。このまま戦闘兵器になっていくだろう」
「何を弱気な! 自分に負けちゃダメだよ」
「よく聞け。俺に考えがあるんだ。俺は、どうやらガーネットプリンスってやつに変身するらしく、やつらからの洗脳効果は尋常じゃない。おそらく、一度正気を失ったら、周囲を攻撃するようになる。元の自分には簡単に戻ることはない」
「だから……」
シャープは指を振る。
「だが、お前はみたところ、俺ほど強烈な洗脳を受けているようには見えない。やつらの関心は俺だからな。連中は、お前のことは軽視している。そこでだ……」
シャープは指を鳴らすと、空中にハープのホログラムが浮かんだ。それを見あげて話す。
「どうやら、ラルゴの横にいるララってやつが、ハープを演奏すると、洗脳が解ける効果があるようだ。だが、演奏技術は未熟。単独で効果はない。そこでだ。お前のドラム伴奏で魔法効果を増強させて欲しいんだ。ひょっとしたら、俺はそれで正気に戻れるかもしれない」
なるほど。シャープなりに考えてるんだな。でも、それは無理だ。
「確かにハープ魔法なら、戻れるかも知れないが、一時的な効果だよ。10分も持たない応急処置だ。それに、一度、ハープ魔法で元に戻る様子をやつらに見せてしまったら、やつらは、ララを攻撃するなり、ハープ封じのマクロ魔法を編み出すなりして、二度と戻れなくなる。残念ながら、ご期待に応えられそうにない」
「チャンスは一度だけ」
シャープはつぶやいた。
「やつらに対策を施される前のチャンスはたった一度だけだ。これから訪れるであろう決定的な瞬間に、ララに助太刀してほしいんだ」
「決定的な瞬間って?」
「マジカルプライベートネットワーク。星詠みの記録機につながっている空間への穴が空いた瞬間だ。俺は、エッジシャドウ社の幹部のうち誰かと行動を共にする。そして、おそらく幹部はいつかみんなの前でセキュリティホールを開く隙を見せる。その瞬間、お前がもし、洗脳されたふりをしていて、心の奥底で正気を保っていたなら、俺を正気に戻してくれ」
「ずいぶんと偶然を当てにした計画だね」
「リスクがあるところにしかリターンはないさ。確実に100%成功する作戦があるとしたら、それは100%失敗する作戦だ。安全策を取れば、やつらは満を持して対策するだろう。異世界戦国武将の織田信長も、まだ弱小だった頃には桶狭間の戦いのような大胆な奇襲を仕掛けて運命を切り開いたが、勢力を拡大してからは、正面から戦う前に周到な準備を重ね、有利な状況を作ってから戦った。俺たちの置かれている立場は、桶狭間の戦いに近い。ゲームの強者ならば、勝てる確率を高めるために、不確定要素を減らした方がいいが、弱者は、むしろ、不確定要素を増やして、そこに賭ける。弱者戦略で勝利を目指すしかない」
「なるほど。ところで、星詠みの記録機。組織の源泉となっているマクロ魔法を書き換えに行くとでもいうの?」
「そうだ。だが、それは、俺には無理だ。きっと、そうなったとき、自我を保つことで必死だ。だが、ラルゴ、ララ、テヌートの3人ならば……穴が開いたときに側にいれば……」
「3人がそう都合よく動いてくれるかしら?」
「種はまいてある」
ホログラムで書物が浮かび上がる。本のタイトルは……。
『誰でもわかる星詠みの記録機。プッシュからデプロイまで』
「はっきり言って、星詠みの記録機に関する魔法書はニッチだ。都会のミラヴェニアの魔法学校ならまだしも、こんな片田舎の学校の図書室に置くような蔵書ではない。めちゃくちゃ高価だしな。だが、俺は必死でバイトをして、この本を信頼できる地元の名士の名前を借りて寄贈した。あいつらがマクロ魔法のからくりに気づいたときに、いつでも、唱え方を調べられるようにな。俺は姉ちゃんの仇を討つためならば、手段は選ばない」
シャープの作戦。はっきり、言って私はうまくいくはずがないと思っていた。だが、あまりの執念にその話のってみようと思った。
5歳の頃、母、エリーゼとの会話を思い出す。
「ねえ。ママ。なんで、私にフォルテって名前つけたの?」
「んー。魔法の手紙に名前書いてあったからかな。っていうのは冗談。フォルテっていうのは音楽記号で強くっていう意味なんだよ」
「へー。私が強く育ってほしいってこと? ムキムキのマッチョマンになってほしいの?」
「強さっていうのは体だけじゃないのよ。意志の強さ」
「意志?」
「自分が正しいって思ったことを貫いてほしい。そんな願いを込めたのよ」
「ママ……」
シャープの賭けはどうやら勝った。そして、ママ。あなたが私につけた名前は、こんなところで息づいている。
いや、まだ、油断できない。あの3人が、無事、デプロイできるようにバックアップしなくてはいけない。




