第58話 ブルースとヘビーメタル 修行の成果 80%
<ラルゴ>
ララを後方に誘導すると、僕とテヌートが全面に出る。
防戦一方ではララを危険に晒すリスクが上がるばかりだ。シャープを傷つけたくはないが、攻撃に出るしかない。
「再生のブルース行くわよ」
「修行の成果、見せてもらうぜ」
サックスを構えて、腰を落とす。リードを咥え、唇を震わせる。
ニューオリンズで得た魂の底からの演奏を披露する。
泥臭くも不協和音ギリギリを攻めたコード進行。お行儀の良いクラシックでは、決して奏でないルールからはみ出た音階。
それは、社会のはみ出しものスレスレで調和している僕とシャープの物語のようであった。セブンスコードが気持ちよく響く。
出でよ魔法! そして、シャープの心に届け!
完成した再生のブルース。それは、おとぎ話のいばら姫のように、地面から蔦が現れる。そして、シャープの方へ向かう。
ごめんね。シャープ。拘束させてもらうよ。
だが、シャープの怒りのボルテージが上がり、襲いかかる蔦を次々と破壊していった。
難曲をシャープと僕たちの運命、そして、ニューオリンズの風に乗せて抑揚を付け、感情を爆発させる。
シャープも頭を上下に揺らしながらヘビーメタルの難曲を弾きこなし、シャウトする。フォルテが、それをドラムで支える。
一進一退のこう着状態。集中力と魂の叫びを切らした方が負ける。
シャープにはところどころ、音に迷いがあった。そこを突き、足元を蔦で絡めとる。
「く、くそっ! 一矢報いてやる!」とシャープ。
攻撃に転じた時はこちらも防御が弱くなる。
トリル混じりのリフをシャープが弾きこなしこなすと、こちらに雷撃がやってくる。
「ぎゃっ!」とこちらも転倒する。
揺れる体で、前後を見やると、テヌートは片膝をつき、フォルテはスティックを落とす。
先ほどまでの演奏合戦が嘘かのように静寂が訪れる。
演奏の再開をしたいが、指の痺れと震えが止まらない。このままでは運指がままならない。万事休すか。
だが、音を出す者がいない。残りの3人も三者三様の理由で、すぐには演奏再開できないようだ。
「ふふふ」
不敵な笑いを浮かべたのは、グルーヴだった。
「素晴らしい。スーパーガーネットプリンスとコバルトプリンセスの頂上決戦。しっかりと見させてもらった。ガーネットプリンスは戦争兵器として申し分ない。撮影データを本部に送り、正式に兵器として量産体制に入らせてもらう」
静寂の中、グルーヴの拍手だけが虚しく響き渡る。外のみんなはどうしているだろうか。
「おそらく、このままやり合っていても、シャープが勝つ。それは揺るぎない。サックスは、運指だけでなく、息遣いのも命だ。貴様は、さっきの演奏で息切れを起こしかけている。弦楽器とドラムの方が有利だ」
こっちの弱点まで、見抜かれているだと? 確かに、長期戦になればなるほど、おそらく敵の方が有利になる。
「俺としては満を辞してシャープに勝たせたい。そのためには、確実に勝利を収めるための秘密兵器を準備した」
「秘密兵器?」
にやりと下卑た笑みをこちらに向ける。いや、僕ではない、テヌートに対して笑みは向けられていた。
「コバルトプリンセスの原動力、それは、貴公子に対する恋心だ。乙女のように恋をすればするほど、パワーが強くなる。だが、百年の恋も覚める情報をこちらが握っているとしたら?」
テヌートの方に視線を投げるとそわそわしている。
「な、何を言っているんだ? 君は」
「貴様は、最近、生成AIに対して、悩み相談をしている。ハッキング班に調べさせログを見させてもらった」
テヌートの顔面が蒼白になったのが見てとれた。目が泳いでいる。な、なに? 何を相談したの? 僕の恋が覚めるようなこと? ううう。気になるけど、聞きたくない。
「テヌートくん! 戦うわよ。そろそろ指の痺れも回復してきたし」
息を吹き込むが音が鳴らない。リガチャーが少し外れかけている。あわてて付け直す。
「この場で読み上げてやる」
なに、どんな内容を読み上げるっていうの?




