第57話 民主主義の終焉 唐王朝の歴史 約290年
<ララ>
はっきり言って驚いた。敵がこんなに白昼堂々、私を襲撃してくるなんて。官公庁と癒着のある半官半民の敵だから、そう簡単にボロは見せてこないと思ってきた。一枚岩だと思っていた。
だが、現にこう、私が学友から拍手を浴びただけで、動揺して短絡的な行動に出ている。
エッジホールディングスの闇を白日の元に晒すいい機会だと思うと共に、どうやら、政治の腐敗は思っていた以上に進行しているようだ。多少の政治腐敗では、茶番のような出来事が起きそうになっても、そうに見えないように、覆い隠せるだけの見えざる力が働くはずだ。だが、そう簡単には、隠し通せなくないくらいには弱体化しているようだ。それが悲しかった。
民主主義×自由主義×資本主義の3イデオロギーの組み合わせは、あらゆる腐敗に対しても、常に新陳代謝を促す、盤石で永遠のもののように思われた。だが、その華々しさが必ずしも永続性をもたらすとは限らなかったのだ。
異世界中国において、夢の東西の貿易路、シルクロードを欲しいままにした唐王朝。それですら3世紀と持続せず、中国の歴代王朝の中でも取り立てて長い政権期間でもなかった。
組織がうまくいっているときは、有力者に正しい意思決定ができるよう純度の高い情報が下部からあげられる。そんな時勢のときは、有力者個人が愚かであっても、大した問題にはならない。
だが、マスメディアが万人にわかりやすく加工した情報を流しているニュースしか見ていないただの市民から見ても愚かだとしか解釈の余地がない行動をしているとしたら、官僚機構のどこかで、相当情報が歪められ、腐敗しているに違いなかった。有力者の行動が危うく見える時は、既に下部組織そのものが、歴史的役割を終えようとしているのかもしれない。
人類の歴史が、過去の過ちから学ばず、愚行を繰り返すものだとするならば、きっと、これから動乱の時代が来る。そんな中、私は生き延びることができるだろうか。次の世代への橋渡しができるだろうか。そのためには、まず、目の前の危機を脱しなくてならない。
「ララ! 隠れて!」
フォルテの声が飛び、あわてて、演台の影に隠れる。熱線が浴びせられそうになるが、危機一髪、難を逃れる。私にビームを浴びせそうになったのは、ガーネット色のオーラに包まれた赤髪の少女、フォルテのライバルだった。
「シャープ! 正気に戻って! みんなあなたのことを待ち侘びているんだから」
「みんな? 俺はこの学校でのけものにしかされた覚えはないぞ」
フォルテは説得を試みるが、うまくいっていない。私も協力したいけど、彼女の心の闇を形作っているのがどのようなもので、どう寄り添ってあげれば、正気に戻せるのか。説得材料が足りない。
もしかしたら、悪夢魔法で洗脳されているのかもしれない、なんて思った。遊園地で襲撃に遭ったあの日、フリージャズ魔法の中で効果があったものが、ハープだとすると?
私は亜空間からハープを取り出し、演奏を始める。
すると、不敵にもグルーヴは高笑いを浴びせかけた。
「そうか。遊園地で、悪夢解除の魔法を解いていたのは、ララ。貴様だったのか! ようやく謎が解けたぞ。だが、残念だったな。ガーネットプリンスは、そんなものごときで破れるものではないわっ! やれっ! ラルゴ!」
ラルゴ? フォルルンの元の体の持ち主。そんな人も、エッジシャドウの軍門に落ちたのね。思った以上のピンチかもしれない。
ドゥン……グワァン……カッカッ……ドゥングワ~ン。
この音は、コンガだ。うねるような音が響き渡る。うねるか。まさか!
「ララ! 逃げて!」
風の刃が曲がりながらこちらにやってくる!
ポロロン。
ピアノの音が鳴り、風の刃を相殺する。
「テヌートくん!」
「早く舞台袖に隠れて!」
言われるがままに、舞台からフェードアウトする。
敵の狙いが私のハープの演奏だとするならば続けるか続けないべきか。
敵が嫌がることをするのが、ボードゲームやスポーツの攻略の王道。だけど、今の私の状況はどうだろうか。ゲームのように動くべきか、あるいはおとなしく敵の意識から逸れるよう隠密行動すべきか。
そんな風に悩んでいる間にも、2人2組の戦いの火蓋は切って落とされ、私は見守るしかなかった。




