第55話 父から受け継いだ夢 学ぶことへの情熱 未来への希望 85%
<ララ>
選挙演説当日。
正直、驚いた。寮から学校へ向かう途中、行き交う学生から、次々と握手を求められたのだ。
「頑張ってね」
上級生からも激励の言葉が飛んでくる。
「ありがとうございます!」
これまでしたことのないくらい深々と礼をする。
何事かと思ったら、学校新聞に父のこと共々書かれていたとか。
父の経歴は取材で深掘りされたからありのまま答えただけで、選挙には一切持ち出すつもりはなかった。
だけど、父から受け継いだ夢と意志にここまで共鳴されるとは。
今日は気合い入れて、恥ずかしくない演説をしないといけないな。きっと父も天から、見守ってくれているから。
選挙の演説の順番は書記候補、副会長候補、会長候補の順番で、届出順に行われている。
つまり、書記候補の届出順が最も早い、私が最初の演説となる。お笑い劇場の前説のように、その後の場の空気を左右する重要な役割を担うことになる。
壇上に立つ。拍手が響き渡る。ううう。緊張するなあ。
フォルルン、まだ、アメリカ旅行から帰ってないのかな。私の勇姿、見せたかったな。
覚悟を決めて私は語り始める。
「素敵な拍手、ありがとうございます。人前で喋るの苦手で。でも、私は大人になったら政治家になろうと志しています。その理由についてお話ししたいと思います」
温かい拍手が再び。
「私たちは今、激動の時代を生きています。大人たちでさえ、何が正しくて何が間違っているのか分からないまま、試行錯誤を繰り返す中で混乱が広がっています。たとえば、保守派と呼ばれる人たち、リベラル派と呼ばれる人たち。昔はそれぞれの思想が社会を豊かにすると信じられてきました。でも、今や、そのどちらにも行き詰まりが見え、ただ互いに対立を深めるばかり」
そこで一度言葉を切り、マイクを握りしめ直す。緊張で手のひらに汗が滲んでいたが、それを気合いに変えて、私はさらに語りかけた。
「これから先、しばらく受難の時代は続くでしょう。でも、私は、きっと未来は、開けると信じています。今は、もっと失敗して、もっと議論して、失敗の山の中に埋もれた、成功のかけらを集める時代なのです。今、私たちが、悩み苦しんでいることが、必ず次の飛躍の時代を切り開くヒントになる。だから、転びながらも前を向いて進んで行きたいのです。人類の歴史を振り返ってみても、動乱の時代は、人類の次の時代のヒントを与えてきました。私たちもこれから先、時代の流れに翻弄されていくでしょう。そんな中で、私は次の時代へバトンをつなぐ礎になっていきたいのです」
少し、声が震えたかもしれない。そんな自分に気づきながら、しかしここで止まってはいけないと思う。続けなければ。
「バトンをつなぐには、一人じゃできません。走る仲間がいて、受け取ってくれる誰かがいて、初めて成り立つものです。だから、どうか皆さん、私と一緒に走ってください。皆さんの声を、未来へ届けるお手伝いをさせてください」
一瞬、父の面影が脳裏をよぎる。取材でも取り上げられた魔族の傭兵としての父の姿。そして、父が何よりも大切にしていた「学ぶこと」への情熱を思い出す。
「学校新聞にも書かれていたとおり、私の父は、魔族の傭兵として働き、この学校に私が通うための学費を稼ぎ、そして戦死しました。父は物理学と魔法の研究していて、志半ばでした。私は、学問を志す人間ならば、種族、貧富を問わず、勉強できる学校にしたい。そして、ハイスクールを卒業した志の高い人たちが、今の社会の矛盾を解消する社会科学、魔法の原理を解き明かす自然科学、そして、ありとあらゆる差別をなくしていく人文科学などを発展させていく。そんな未来を切り開きたくて生徒会書記に立候補しました」
最後に、私は姿勢を正し、会場のみんなの顔を正面から見据える。何人もの目がこちらを向いているのがはっきり分かった。
「どうか、よろしくお願いします。ご清聴、ありがとうございました!」
深々と頭を下げる。聴衆に響いただろうか。独りよがりになっていないだろうか。
不安でいっぱいになる中、拍手がちらほらはじまり、やがて、それは大きなうねりになり、会場中に轟いた。
すごい。うれしい。お父さん。あなたから受け継いだ夢はみんなに伝わってるよ。見せたかったな。
涙を拭う。
そのとき、会場中にハウリングが響き渡り、静寂に包まれる。
マイクで拡声されたボイスパーカッションとラップが響き渡る。
「俺はグルーヴ! この後、演説! カミングスーン!」
「まずいですよ! カルマポイントを下げる行動です!」
「やかましい! ポイントポイントばかり言いやがって! てめぇらは数字に操られた人形か?」
賑やかな口論が聞こえる。これが対立候補なのだろう。
そして、会場にやってくる。
「どけどけ! グルーヴ様の出番だ!」




