第51話 ミド先輩とストリデンテ 後悔度 70%
<ストリデンテ>
なんなのよ。あいつ。男のくせして、女の世界に入ってきて。そう簡単に可愛くなれるなんて、思い上がりもはなはだしいんだから。
夜遅く、お風呂に一人で入っていた。この時間帯ならば誰にも干渉されず、ゆっくり入れる。
誰にも会いたくなかった。ルームメイトにも。
そう思ってたその時だった。ガラガラと引き戸の音がする。誰が入ってきたんだろ。
「よ!」
「……ミド先輩!」
女子寮の主と言われる大先輩が入ってきて、思わず身が引きしまる。ミド先輩は、湯船に無遠慮に浸かる。
「ひとりで入ってるって言うから来ちゃったよ。あ、そうだ。フォルテのやつ、旅に出るって言って女子寮出ていっちゃったよ。学校にもしばらく来ないみたいでさ」
「私には関係ないことです」
目をそらす。本当は関係ある。関係あるけど、認めたくなかった。自分の罪を認めることになるから。
「ストちゃんさ。何か可愛くなることについて思うことあるの?」
昼間のことを責められると思いきや、思いもよらぬアプローチの質問が飛んできた。
「なんですか。その質問」
「可愛いと言う言葉に呪いのようにこだわっているように見えるんだよ。でも、可愛いとか可愛くないとか、私からしたらどうでもよくてさ。ほら、あたしらって女である前に人間じゃない。なにか可愛いにこだわるような事件でもあったのかなーって」
「なんでもないです」
忘れかけていた心の古傷を抉られる。気がついたら涙を流していた。
「ごめんごめん。泣かすつもりはなかったよ。ほら、無理して話さなくていいから、元気出して」
「妹にむかついているんです」
「ほう?」
「小さい頃から、パパは妹ばかり可愛がっていて、私のことなんか見向きもしなかった。妹は確かに可愛いけど、私だって一生懸命努力してるのに……それでも、可愛いって言ってもらえなかった。だから、シャープみたいに簡単に可愛いを手に入れようとしているやつを見てるとイライラしちゃって」
「妹に嫉妬……か。」
ミド先輩はお湯の中で腕を組み、考え込むように首を傾げた。
「わかるよ。その気持ち」
「え?」
私は顔を上げた。驚いた顔をしているだろう。ミド先輩のように堂々としている人間が、嫉妬なんてするわけがないと勝手に思い込んでいたからだ。
「私はね、昔から女子寮の主だとか、頼れる先輩だとか、いろんなことを言われてきた。でもね、本当はただの努力の塊なんだよ。王子様の仮面をかぶってきただけの」
「ミド先輩が……?」
「うん。でもさ、ある時気づいたんだ。かっこよくなるために努力すること自体は悪くないって。だけど、誰かと比べてかっこよくなろうとすることは、自分を苦しめるだけだって。可愛いを求めるのも同じじゃないかな。自分の人生を生きられなくなる」
「自分の人生?」
「そう。ストちゃんが妹に嫉妬するのも、シャープにイライラするのも、その気持ち自体は悪くないよ。でも、それに振り回されて、自分が何をしたいのかを見失ったら意味がない。結局、それって他の人たちに自分の心の闇を投影しているだけだよ」
「……」
「可愛いって言葉にこだわるのもいいけど、ストちゃん自身が楽しめることを探す方が大事なんじゃないかな? それこそ、私ら、音楽を楽しむためにこの学校に入ってきたんだしさ」
「私らしさか」
「そうそう。他人の目なんか気にせず、自分が楽しいって思えることを見つけること。 それがストちゃんらしさになるんじゃない?」
少し考え込んでしまう。
「まあ、無責任な先輩のアドバイスだと思って聞き流して。シャープくんと和解したくなったら間を取り持ってやるからさ。あの子とそんなに仲良くないから関係構築から頑張らないといけないけどね。はははっ」
先輩はそれだけ言うと風呂場から、去っていった。ちょっと、私も考え直さなきゃいけないな。自分の生き方を。




