第50話 技術と魂の叫び 疎外感 90%
<ラルゴ>
シャープのギター捌きによって、柱に大きな傷ができた。怪我人はいないが、これが人間に直撃していたらと思うと身震いする。
「あぶない! みんな逃げろ!」
男子生徒の一人がそう叫ぶと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。さっきまで、シャープを挑発していた女の子、同じ女子寮のストリデンテも、人波に揉まれて去っていった。
無責任なことをしてくれたと責めたくはなるものの、居たら居たで話がこじれるので、居なくなってくれた方がいい。
「シャープ! 正気に戻ってくれ!」
この声かけだけで、戻るとは元より思っていない。だが、戻る可能性が0でない以上はできる処置はやる。やるべきことをやらずに思い込みで事態を悪化させてはいけない。
「オレハ女ノ仲間デハナイ」
どうやらさっき言われたことでよほど深く心に傷を負ったみたいだ。
「そんなことないよ。僕たち、仲間でしょ? 一緒に着替えた仲じゃないか」
説得を続けつつ、テナーサックスを虚空から取り出す。最悪の事態に備えて、戦える準備はしておく。
「オマエハ女ノ仲間。俺、仲間ハズレ」
全身が赤く光らせる。ダメだ。話を聞いていない。怒りの感情で支配されている。
僕も対抗して体を青く光らせる。テヌートを心の中に住まわせることで、自分でコバルトプリンセスに変身できるようになった。
ギターで器用にソロを弾く。風が舞い、光の刃が僕に向かう。僕もサックスで刃を作り対抗する。
光と風があたりに立ち込める。だが、怒りに満ちたシャープには敵わず、徐々に追い詰められていく。
くそっ。自分の無力さに情けなくなってくる。そのとき、ピアノの音がポロンと鳴る。
「テヌート!」
「遅れてすまない! ジャズセッションだ! いくぞ!」
「うん!」
曲目はもちろん再生のブルース。あの日から、必死で練習してきたんだ。成功させてみせる!
だが、劣勢は覆せない。どうして? 運指は完璧なはずだ。
「ラルゴ! 演奏は完璧だ。でも、それだけじゃシャープには届かない! もっと自分の気持ちを込めるんだ! 君がシャープを助けたいって思う心を音に乗せるんだ!」
「わかった」
と返事はするものの、どうすれば、感情を音楽に込められるのか。だめだ。うまくやろうとしても音楽にのせられない。
この曲の本質はなんだ? どういう感情を乗せれば、いいんだ。逃げるか? いや、逃げたらシャープが……。
と、八方塞がりになったそのとき、
「とりあえず、実験成功! イカすぜシャープ! YAAAAAAAH!」
DJスタイルでだぼっとした服を着た男子、ライオジアの紋章を胸につけた生徒が現れる。背後には、ビート音が鳴る。
「俺の名前はグルーヴ! 今度、選挙出馬! エッジガード社の援助で出馬! イカした選挙! シャープ! 変身完了! これから、兵器開発として研究所連れてく! 最高の成果! お前ら窮地に追い詰める! だけど、こいつ! 利用価値増し増し! まだ、退学させない! これからも、暴れさせる! あばよ! チェケラ!」
言いたいこと言った後、テレポートラップ的な何かを詠唱し、その場から去っていった。
「た、助かった」と、ため息をつく僕。
「今回はさすがにダメかと思ったぜ」とテヌートも息をつく。
おそらく、僕がぶつかっているのは技術の壁じゃない。魂の叫びが向こうに負けているんだ。
再生のブルース。完成形に持っていく最後のパズルのピースを探す旅に出るときが来たのかもしれない。




