第48話 単律魔法と複律魔法 絶対音感 80%
<ラルゴ>
「星詠みの記録器?」
学校で習うから耳馴染みはあるけど、いまいち理解していない用語をララは言う。
「そう。複律魔法、別名マクロ魔法が記録されている人工魔法の集積所ね。世界に5台しかないと言われている」
単律魔法と複律魔法という言葉を学校で習ったことを思い出す。
「単律魔法が、自然世界にはじめから存在する魔法、複律魔法が、単律魔法を組み合わせて人間が新しい効果を編み出した魔法、別名マクロ魔法ってことでよかったかな」
「大正解」
ララからお褒めの言葉が飛ぶと、テヌートが口を挟む。
「星詠みの記録器って、一般人が立ち入りできないところにあるんじゃ? 確かマジカルプライベートネットワークっていう機密空間にあると聞いたことがあるが。まさか……」
「カルマポイント」
また、聞き覚えのある言葉がやってくる。
「やっぱりそうか」
テヌートは合点するが、僕はまだ何の話かわかっていない。
「エッジシャドウ社が管理するポイントサービスシステム。それは、おそらく、エッジシャドウ社が保持する、最も小規模な星詠みの記録器に記録、管理されている。何らかの方法で、やつらのネットワークに侵入して、新たな魔法として生まれ変わらせる。つまりはデプロイだ」
ふたりがあれよあれよと話を進めていくが、僕はついていけてない。知らない言葉が次々と飛び出すのだ。
テヌートは熱弁する。
「デプロイとは星詠みの記録器に記録された魔法を全世界に公開することよ。プル、フェッチ、コミット、プッシュ、デプロイ。この5段階の作業を経て、悪の複律魔法を善の複律魔法にオーバーライド! 書き換える!」
僕にも話が飲み込めてきた。
「なるほど。長年の間、カルマポイントによって支配されている悪の組織の構造。それを完全に潰すのは難しい。なら、組織の活動エネルギーの源泉となっている、ポイントを計算するアルゴリズムを有害なものから無害なものに置き換えると」
「察しがいいわね。人々の行動に対する評価基準そのものが変わる。長年、悪事を尽くしてきたエッジホールディングカンパニーも空中分解する」
「そんなうまいこといくかなあ」
疑問を呈する僕に対してテヌートが指を振る。
「まあ、そんな都合良く敵アジトに潜入できるとは思わないが、万が一、できるチャンスを得たときに、指を咥えているのは間抜けがすることだ。チャンスの天使は準備を怠らなかった人間の元に舞い降りる」
かっこいい。い、いけない。また、体が光りそう。我慢我慢。
凛々しいお顔。本当にかっこいいんだけど、でも、テヌートってかっこよくてやさしいのになんか物足りなく感じるんだよね。パズルのピースの最後の1欠片が足りないというか。それが、何なのかわからない。でも、何か掴めそうな得体の知れなさを感じる。
それにしても、ララとテヌート息ぴったり。まるで、恋人のような。ぴきっ。何か柱のようなものに頭の中でヒビが入る。ぼ、僕が嫉妬しているだと? 男の僕が、男と女が仲良くしている姿を見て嫉妬? 変態だー! にゃあああああ。そんなことあっていいはずが! このままじゃ、心が男じゃなくなってしまう! 光っちゃう!
いけないいけない。真剣な話をしているんだ。そんな邪なこと考えている場合じゃない。
「で、準備って何さ」
その言葉を聞いたララは瞳を輝かせながらうなづく。
ふっ。クールな質問が決まったぜ。核心っていうやつをついたみたいだ。
「5つの信号和音を詠唱するのよ」
「信号魔法?」
さすがにそんなものは学校で習った記憶がない。
「プッシュ信号。異世界、西暦1950年のアメリカにあるベル研究所で発明され、それ以来、固定電話に採用された通信方式。ピ、ポ、パなどと擬音にされる特定の和音の組み合わせを通信回線に流すことにより、電話番号を回線に伝える」
「それと、星詠みの記録器とが関係あるの?」
「ある」
そう言って、ララは楽譜を手元に出すと以下のような一覧に、3つのオクターブの違う四分音符の1小節から成る和音曲が5つ書いてある。
心の共鳴: pull
想念観測: fetch
記録詠唱: commit
放出転送: push
解放儀式: deploy
「なにこれ?」
「この和音を3人、私のアルトボイス、フォルルンのソプラノボイス、テヌートくんのテノールボイス。同時に星詠みの記録器の前で詠唱すると、プッシュ信号が発信され、複律魔法を書き換えられる」
「こんな簡単な和音で?」
「ふっふっふ。3人の絶対音感とリズム感が求められるから、意外と難しいわよ」
なるほど。個人練習と合唱。両方求められるわけか。
特訓の日々ははじまったばかりだ。
単律魔法と複律魔法の関係は、異世界地球では、西洋医学と東洋医学に例えられているという。
風邪薬などにも顕著で、西洋薬の抗ヒスタミン剤などは、発酵したステビアの葉から、エタノール水溶液を使って純度の高い薬剤成分を抽出する。一方で東洋薬の葛根湯は、体を温める生姜に気管支拡張作用がある麻黄など7種の効果がある薬剤を混ぜて作る。純度の高さを選ぶ道を進むか合成の美しさを選ぶ道を進むか。それは科学においても芸術においても、そして、魔法においても共通しているようだ。




