第45話 トニックとドミナント 音楽理論度 70%
<ラルゴ>
ララ、泣いてた。何があったのか聞いても教えてくれなかった。でも、本当に大事なことで泣いているんだというのがわかった。リベラルルームから出てきたことから、選挙の出馬を巡って何かがあったことはわかるんだけどね。
でも、僕の胸で泣いてくれて嬉しかった。彼女の大事なお友達になれているんだなというのが誇りに思える。なにか気の利いたことを言ってあげたかったけど、僕の語彙力では、うまく言葉に実らなかった。ただ、頭をよしよしと撫でることしかできなかった。
僕にできることはないだろうか。ララの力になってあげたい。でも、僕自身大きな問題を抱えていて大変なのに、ララの辛さまで抱えている場合ではないと、エリーゼさんなら笑ってしまうだろうか。
そう。そのエリーゼさんもいないんだよね。見えざる組織の見えざる陰謀が少しずつ僕たちを包み込もうとしていた。日に日に状況は悪化していた。
今の僕には再生のブルースを個人練習をすることしかできない。こんな曲本当に役に立つんだろうか。ララのことやシャープのこと、エリーゼさんのこと、色んな人のことを頭の中を渦巻く。
「フォルテ」
「は、はい!」
「問題聞いていなかったのか?」
そうだ。授業中だった。僕は勉学に励まなくてはいけない学生でもあったのだ。先生に当てられたことにも気づかず上の空だった。
「もう一度、言うぞ。一度の音、ハ長調の音であればドミソの和音だな。これをトニックと呼んだ場合、五度の音、ソシレの和音をなんという?」
「ドミナントです」
中学までに何度も習った音楽の基礎理論だ。授業を聞いていなくても答えることができた。
「では、基本的な音楽では、トニックから、つなぎのサブドミナントを挟んで、ドミナントに行き、トニックに戻る構成になっている。これは、なぜか説明できるか?」
「トニックは人の心を安定させる和音です、そこから少し不安定な感情を誘うつなぎの和音、サブドミナントを挟んで、人の心を不安定にさせるドミナントに行ってから、トニックに戻る。そうすることで、音楽を聴く人の心を安定と不安定との間で揺らすことができる。音楽のもっとも基本的な構成です」
「うむ。正解だ。授業はちゃんと聞いとけよ」
物語の構成、起承転結も似たような構成だ。人の心を安定させる起から、つなぎの承を経て、不安定な転を経て、安心させる結に至る。音楽だけではなく、人の心を揺さぶる目的とした、あらゆる創作物の基本構成と言っていい。
ホラーとコメディは紙一重と言われるが、これも、安定と不安定を行き来するという基本構成が同じであるということに他ならない。
そういえば、異世界地球ではSNSがこちらの世界以上に流行っているらしい。なんでも、普段から、怒り任せの投稿ばかりしていると、表示欄が怒りの感情を刺激するメッセージで埋め尽くされるとか。そうなってしまうと、音楽でいうドミナントの感情で埋め尽くされてしまい、脳がリズム音痴の音楽を聞かされているのと同然になってしまい疲弊してしまう。緊張と緩和があってこそ、人間という生き物は快楽を感じるようになっているのだ。
まてよ? そこまで考えたところで、ララが言っていたことを思い出す。Dの数を稼げば、カルマポイントというものが稼げると言っていた。そのDの正体が、ドミナントだとしたら? 不安定でやばいことをすればするほど、闇の組織が拡大するアルゴリズムになっている。あり得ない話ではない。正解ではないかもしれないが、考える方向性としては間違ってないように思えた。
「おーい。休み時間だよー。聞いてるー?」
ララが目の前に手を振ると、我に返る。泣いていたのが嘘のようにケロっとしている。まあ、あれから1時間経っているから、立ち直るよね。
ララに疑問をぶつけてみることにした。




