第28話 俺は化粧して姉に変身する 擬態度 70%
<シャープ>
公園で5歳の男の子が泣いている。それを7歳の姉が慰めていた。なぜ、2人が姉弟とわかるのか。それは、男の子は幼い頃の俺だからだ。2人の姿を遠巻きに俺は眺めていた。
「また、いじめられたの。お姉ちゃんがガツンとやり返してやるよ」
「ダメだよ。お姉ちゃんが傷つくところ、見たくない。あいつらだって痛いだろうし」
弟の返事に姉は意外そうな顔をした後、にっこりと微笑んだ。
「シャープは優しいね。でも、優しいだけじゃ男の子は生きていけないぞ」
ちっちっちっと姉は指を振る。
「よおし。お家に帰ってババ抜きで遊ぼうか。ルール教えてあげる」
「僕、お姉ちゃんみたいな優しい女の子になりたいなあ」
「男の子は女の子になれないよ。でも、そうね。もし、お姉ちゃんに何かあったら、お姉ちゃんの影武者にでもなってもらおうかしら」
「影武者?」
「異世界サムライ映画に出てくる身代わりのことよ。武田信玄ってサムライの偽物が昔、居たんだよ。シャープって私そっくりだからなれると思うわ。ふふふ。冗談よ」
☆ ☆ ☆
目が覚めた。雀が外で鳴いている。
なんてことだ。子どもの頃の夢を見てしまった。
自分が女の子の体になっていることを再確認する。姉が生きていたらきっとこんな姿形をしていたに違いない。先週が一周忌だった。涙が出る。
そういえば、昨日の出来事を覚えてないな。学校帰りに何かがあって、記憶が途切れている。でも、こうして、家に帰れている。一体、俺の体に何が起きたんだ。
リビングに降りると、両親はいない。父親は出張だし、母親は町内会の旅行だ。食べ物は冷蔵庫にたんまり残されている。
日課としてニュース魔法をかける。魔法のホログラム動画が現れては消えていく。
「次のニュースです。ライオジア地方で少年少女3人が何者かに襲撃される事件が起きました。3人とも意識不明です。少年の1人は『ガーネット色に光る』といいながら、うなされているそうです。魔法警察は傷害事件として捜査を進めています」
「この近くじゃないか。いったい何が起きているんだ。ガーネット? うっ、頭が……」
頭痛が走ったのでニュースは閉じることにした。
「今日は土曜日か」
カレンダーを確認すると、俺は、姉が生前使っていた部屋の鏡台に向かった。
スキンケアをした後、下地を塗り込む。その後はファンデーション。メイクの正しい手順に従う。鏡に向かい真剣な眼差しを向ける。
はっきり言って、俺はガサツだ。身だしなみもろくにできないし、トイレの消音にも気を使うことはない。そんな俺でもメイクとなると真剣だ。
何せこれから影武者になるのだから。
チークとアイシャドウを塗り、鏡に向かってはにかむ。そして、赤いドレスを身にまとう。化粧は女を別人にする。
姉の死は家族以外知らない。それは、姉の遺言だからだ。姉そっくりの顔になったことを確認すると俺は暗黒街に向かった。
暗黒街はショッピングモールと学校の中間にある。もっと外れにあってほしいものだが、モールの方ができたのが後だから、暗黒街の住民にとっては、モールの方が迷惑ということだろう。
組織のアジトに向かう途中で、ひとりのチンピラが俺の方を見てびびったような顔をする。
「お、驚いたな。リリック。あんた生きていたんだな」
「少し長い傷心旅行をしていてね」
姉は生前、闇の組織の構成員だった。いや、構成員のふりをしていた。エッジシャドウ社に暗殺者として潜伏していた。そして、ルポライターとタッグを組み、組織の信用を得た後、社会に組織の全貌を暴くはずだった。闇の組織を葬るつもりだった。
だが、雨の降る夜、暗殺に失敗した姉は、深傷を負い、瀕死の状態で自宅に戻り、企みの全てを家族に白状した。そして、そのまま帰らぬ人となった。
俺が女体化した理由の一つが、姉になりすまし、意思を告ぐことだとは、両親は知らない。
女の子と百合百合したいのは理由の一つではあるが、両親にはそれが理由の全てだと思い込ませている。危ない橋を渡ると言えばきっと反対するだろうから。
「ボスに会っていかないか」
ボス。組織のトップか? いきなり、そんなやつといきなり、会わせてもらえるのか。
うなづくと目隠しをされ、どこかに連れて行かれる。そりゃそうか。1年ぶりでいきなり最初から信用されるわけがないか。
千里の道は一歩からというのは異世界中国の老子なる人間が言い出したと聞く。地道に信用を積み重ねて、機密情報を集めて、そして、最後に叩き潰すのみ。
ホテルのロビーのようななめらかな石畳の場所で止められる。
「目隠しは取るなよ」と忠告を受ける。
「久しぶりだな。リリック。弟が女になったらしいな」
低い声がこだまする。どうやら俺のことを姉ちゃんだとごまかせているようだ。しかし、女体化のことがバレるとは情報が早い。
「家族なんて捨てたから知らないわ。そんな話」
ここで適当に嘘をついておくことにする。家族を巻き添えにしたくない。危険な思いをするのは、俺だけで十分だ。
「そうか。家族は関係ないか」
しばらく沈黙が続き、小石の転がる音だけがあたりに響きわたる。
「そうだな。組織への忠誠を誓うなら、家族への決別を証明してもらおうか」
何を言い出すんだ。血判状でも書かせる気なのか。
「お前の弟のシャープの友人をその手で葬ってもらおう。ララとフォルテという仲のいいやつらがいてな」
なんだと!?




