第25話 差別と偏見 皮肉度 30%
<ラルゴ>
共用トイレで僕たちは着替えの準備をしていた。
「ダメだよ。女子更衣室に入ろうなんて考えちゃ。女の子の心はデリケートなんだから」
「へいへい。本物の女の子の言うことは説得力あるわ」
うっ。シャープからの返事は、何も考えずに放った相槌程度のものだと承知しているが、強烈な皮肉を食らったような気分になり恐怖でおののいてしまう。
「あーあ、母ちゃん、消臭スプレーなんか鞄に入れてるわ。こんなもん使うわけないのにな」
「ダメだよ。エチケットは気にしないと。でもまあ、ここはトイレだから、スプレー使うのはマナー違反かもね」
男であるはずの僕がなんで女子の心得を説いているんだろう。女子じゃないから間違ったことを言ってるかもしれないな。
トントンとトイレの扉が叩かれる。
「まずいよ。本当に障がいのある人が使うんだったら、立ち退かないと」
「細かいこと気にすんなよ」
軽妙に会話していると「私も仲間に入れて」という声がかかる。この声は、ララだ。まだ、誰も脱いでいないので扉を開ける。
「女子がこの輪にはいるのまずいよ。下着見られるよ」
「あら? あなたも女子でしょ?」
うう。そう言われてしまえば断るすべはない。中に入って3人そろって着替えることにした。
「なんで、仲間に入ろうと思ったの?」
とさらりと聞くと
「私、マイノリティが孤立するの見てられなくて」
「あ」
買い物帰りにララが心無い言葉を浴びせられた光景を思い出す。ララは続ける。
「今のリベラルってさ、特定のマイノリティは、優遇するけど、私たち魔族のような人間との敵対勢力には冷たいと思うんだ。女体化男子に対する対応もそう」
異世界地球からやってきた人が優遇されている現状を頭に思い描く。ウィーンからクラシック魔法を教えに来た白人、ニューオリンズからジャズ魔法を教えに来た黒人、中国青島から雅楽を教えに来た黄色人種。彼らは、音楽教師として歓迎され、地球では味わっていたであろう人種差別を味わうことはない。
だが、魔族は別だ。古来から人間と敵対し、戦争してきた間柄だ。特にこの保守的な地域においては、差別意識は根強い。
「私、今のままでのリベラルではダメだと思うの。未来のリベラルになって、社会に存在する、ありとあらゆる差別をなくしたいの。大人になったら政治家になりたい。だから、生徒会の選挙に今度出ようと思ってさ。1年生でも書記にならなれるし。だから、投票してね。えへ。宣伝でした。投票を呼び掛けるためにここに来ただけです」
「すごい」と僕は正直な感想を口にする。ララは、強い志を持っていた。音楽ばかりにかまけて、楽しく青春を送ってやろうなんて思っている僕なんかよりも、はるかに大人だった。
「全然すごくなんかないよ。これからの時代、楽器魔法が扱える人が社会の上層に行く時代だと思うからさ。その点、私、君たちみたいにすごい演奏者じゃないから、目標からは遠いとこにいるよ」
鼻をこすりながらララは言った。
「偽善者だな」とシャープはぽつりと言った。
「未来のリベラルだのありとあらゆる差別をなくすだの理想論にも程があるぜ。女どもからみたら俺は、気持ち悪い異分子だし、人間は親兄弟を魔族に殺されてるんだ。過去があって現在がある。歴史は陸続きなんだ。人間はきれいなお題目より感情で生きている。分かったような顔されたくないね」
シャープが意外な顔をのぞかせる。勢いで生きてると思ってたら、意外とリアリストだった。
「何はともあれ、こんな自分勝手なこと言う俺に同情してくれたのは感謝するよ。ありがとうよ」
「気にしないで。あなたの言ってることは間違っていないから。私もいつか現実と向かい合うことになるから」
「がんばれよ」
シャープとララが意気投合した瞬間だった。
トイレから出て体育館に向かうとものすごい数の視線がこちらに集まる。厳しい視線ばかりを覚悟したが、意外と優しい目線もあった。シャープって意外と受け入れられてるのかな。なんだか、僕の方もチラチラ見られてる気がするけど気のせいかな。
「頑張れ! 私、あなたのこと応援してるから」
「あ、ありがとう」
鼻息荒く応援してくれる子も居て、意外と温かさを感じる。あれ? シャープじゃなくて、僕が声かけられてる? 変だな。男バレしているのはシャープのはずである。きっと、僕のことをシャープと間違えているのだろう。




