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我が身を棚において

 弁護士を志し、法科大学院へ入った。現在3年生である(法科大学院は1年次から3年次まである)。司法試験本番は来年の7月中旬。9月7日、Xデーまで1年を切り、焦っていた。


 司法試験の受験資格を得るためには、司法試験予備試験に合格するか法科大学院を修了する必要がある。前者は本試験より難関でホンモノしか合格できない故、凡人の域を出ない者は法科大学院で学び、終了するほかない。もっとも、法科大学院といってもレベル差があり、東大や京大といった上位の学校は質の高い学生が集まり、本試験の合格率も高い。私は下位にいる。


 弁護士を目指したはいいものの、法科大学院は下位。学歴も関関同立そこそこ。一般的にみれば勉強はできる方ではあるが、ネットで弁護士のプロフィールを見れば東大京大早慶が並び、関関同立レベルの学力で最低である。それ未満は稀である。修了後、最大で5回本試験を受験できるが、5回かけても合格できるかどうかという不安が四六時中纏わりつく。


 バイトや遊びをせず勉強に明け暮れた。当然1発合格を望む。5回でわからない試験を1回で受かりたいというのだから他の受験生より努力を積む必要がある。休む時間はない。


 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ 


 誰にもぶつけられない鬱憤を抱えていた。1人の同期は週3日でバイトをしているらしい。他の1人は友達とご飯へ行ったと話し、他の1人はどこそこへ遊びに行ったと話す。勉強はしていないわけではない。しかし私ほどではない。自分より賢いとも思わない。同等かそれ以下である。ただ自己の知識や司法試験とはどうのこうの話す時は得意げである。


 何のためにバイトをしているのかと訊く。勉強をしなければならないとしても生きるためにはお金が必要である。勉強用具を買うにもお金がいる。その1人は遊ぶためにお金が必要という。どのくらい遊んでいるのかと訊く。その1人は日曜日だという。平日は2日友達とご飯を食べるという。試験に受かるにはそのくらい大丈夫だそうだ。


 テレビやインターネットでは司法試験に受かるために毎日数十時間勉強したと聞いた。上位校の学生は勉強時間確保のためにバイトは極力しないそうだ。井の中の蛙である。下位には下位の人材が集まる。本人たちは自分たちが十分に勉強していると思っている。知識を身につけて法律に得意げになる。自信満々である。 


 そして過信であることに気づかない。自分の努力基準が低いことがわかるのは落ちた時だろう。国内トップクラスの難関試験に慎重さを欠く人間が分からない。新卒資格を捨て、会社を辞めて法科大学院に入った以上法曹になりたい想いは相当なものであると推察する。この大学院時代は人生において最も重要な時期であることのひとつに相違ない。小中高の5教科のテスト勉強とは訳が違う。こんなテストは頑張らなくてもよい。もっといえば目標のための手段でなければ頑張りようがない。しかし、司法試験は自己の目的の手段そのものであり、目的は自分で設定したものである。だからこそ全力を注がねばならない。


 同じ目標を持っているものが全力を出さず得意顔をしていると無性に苛立つ。その程度の意識レベルでものを語らないでいただきたい。強者は強者のレベルを正確に測れる。他方、半端者は強者に対し勝ち筋があると過信する。自惚れている者ほど愚かな者はない。最も身を滅ぼす恐れのある属性だ。お前はこうだと言ってしまいたくなる。ただ、表に出せば性格が悪いから留めておいた。


 ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ 


 他が勉強外のことに時間を使っている間、私は勉強する。他が勉強している間、私は勉強する。他は落ちるが私は受かる。この気持ちを常に持っていた。


 司法試験の発表日、私は落ちた。同期で合格していたのは黙々と勉強した性格の良いやつだった。

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