どうしよう積みプラ
作る、つもりだった。
しかし、いつの間にか買って箱を開けて、そしてしまう。
それを繰り返すうちに、出来上がるプラモデルの箱のタワー。
人はそれを『積みプラ』という。
既に、安西剛央の部屋はそれで圧迫され始めている。
天井まで積み重なった積みプラのタワー、実に一〇個。
ある時から一気にプラモの需要が高まり、一時期停滞しているとしか思えなかったプラモ業界は空前のバブル期に突入した。
プラモの予約合戦は常に白熱し、発売日には店頭に行列ができる。
それはいつぞやのファミコンで出たゲームの発売日を思い出させるような、そんな光景に似ていた。
しかし、それ故に困ったことが起きたのも事実だった。
いわば現状はパニックだ。
眼の前に吊るされた餌に対する飢餓感と、いつ買えなくなるかわからない危機感、そしてその飢餓と危機を乗り越えるためにすべての力を振り絞り、いつの頃からか、『作ること』ではなく『買うこと』が目的と化している。
剛央もそんな一人だった。
一人暮らしの八畳の部屋に積まれたプラモはもはや「やばい」の一言で片付ける問題ではない。それくらいに圧迫されている。
フリーライターである剛央にとって、仕事は家でできるとはいえ、時々部屋には仕事の依頼と打ち合わせのために人がやってくる。
そんな人物が、まさに今、目の前でメガネを抑えながら、ため息を吐いていた。
「あの、安西さん、いくらなんでも、この量どうにかなりません?」
桜井裕美は呆れながら言った。
「いや、自分でもわかってるんだが……」
「買うのをやめられない。要するに飢餓状態ですね、これ」
剛央が言い終わる前にスパッと、裕美は言い放った。
「まぁ、ごもっともで……。今のところ床とかは抜けないんだが……」
「下の方の箱潰れかかってますよ。これいつ作るつもりなんです?」
「うぅ……」
逐一正論を言ってくると、剛央は心底思った。
眼鏡越しに見える裕美の眼光は鋭く、反論しようものなら殺すと言わんばかりの殺気まである。
「だいたい、安西さんの部屋以前はもっと整然としてたじゃないですか」
「自分でもこれが不思議なんだよ。プラモなんて、とうの昔に卒業したと思ってたのにな」
そこが自分でも不思議なところだと、剛央は思っている。
仕事について少ししてパソコンが壊れたときに、家電量販店に行った。
そこの一角で目に止まったのがプラモのコーナーだった。
どんなのが今はあるのかとふと気になって買った。
そして、気づけば虜になっていた。
「でも、はまるだけの魅力があった。要はそういうことですよね」
「だろうな。時々感じるが、不思議なんだよ。何かにハマるってのは一瞬で訪れる、そんな気さえする」
「ふーむ、なるほど」
裕美がメガネを掛け直した後、持っていたノートパソコンのキーボードを叩く。
「なら安西さん、次の企画、これでどうでしょう?」
そう言って、裕美は剛央にノートパソコンの画面を見せた。
そこにはこう書いてある。
『今そこにある危機。積みプラとどう過ごす-積ませるプラモの魔力-』
「つまりこの積みプラまみれの状況を逆手に取ったエッセイということか」
上手いこと考えたと、正直剛央は感心してしまった。
「連載企画としては悪くなさそうだな」
「でしょ? で、同時にこれを書き終えたら一体か二体くらい組んで、それもネタにする。それを繰り返せば自然とタワーも減る、まさに一石二鳥という手です。それに、安西さん自体仕事がなければ、プラモを買うも何もないでしょ?」
痛いところを突かれたと剛央は思った。
そう、フリーライターはその名の通りフリーランスの職業だ。
目下仕事がないという危機的状況になってはプラモを買うという選択肢が出てこない。
幸い自分には仕事があるが、フリーライターはいつ首を切られてもおかしくないのだ。
「まぁ、まずはこの企画が通るかどうか、編集部と相談してからですがね」
そこもまた危機だ。
この企画が通らなければ他の案件を探らなければならなくなる。
どう転ぶかは分からないが、試す価値はあるだろう。
剛央には裕美がそう言っているように思えた。
電話が鳴ったのは、その話をしてから三日後、積みプラの消化に一体作っている最中だった。
企画が通ったとのことだった。
しかしよく通ったものだと少し剛央は呆れた。
こんな個人のプラモ奮闘記に近いもの、何故編集が通したのだろうか。
それだけは疑問に湧きながら、プラモを作り終えた後、パソコンに向かって文字を打ち込む。
まずは、プラモの歴史をいき、その後魅力とはなんであるか。それの説明が第一回にふさわしいだろう。
そして、連載が乗れば積みプラも減る。夢が広がるではないか。
そうすれば元の整然とした部屋になるかもしれない。
そう思うと、筆が走った。
そして書き終えた段階で、プラモを作った。
流石に時間的に塗装までは出来ないが、ただ組むだけならばそう時間はかからなかった。
そんな連載を始めてから三ヶ月が流れた。
何故か、タワーは減らない。
あれから記事も好評なようで、印税もそこそこに入ってくるし、たまに別案件としてプラモのレビュー記事も書くようになった。
しかし、確かに作ってはいる。リテイクの度に一体作ってもいる。
それを繰り返しているはずなのに、何故か、まったくタワーが減る気配がない。
気づけば届く新作プラモ。作っても作っても、それが永久にやってくるのだ。
まさにそれが危機的状況ではないのかと、剛央は思うようになった。
「やー、安西さん、減りませんね……」
裕美の眼鏡から見える視線は、相変わらずの呆れ顔だ。
今日は裕美と連載企画の会議だ。相変わらず積みプラだらけの部屋の中で、二人して会議をしている。三ヶ月前と、同じ景色だ。
「だが、積むよりも作った方がいい、っていうのはなんとなく分かるさ。どうだ、お前も組んでみるか?」
「いや、遠慮しときます」
そう言ったときの裕美は、何故か不敵に笑っている。
「だって、私も積んでますから」
「は?」
「いや、安西さんと私、似てるんですよ。私も、積みプラタワーにまみれた住人ですから」
そう言うと、裕美はスマートフォンを見せた。
剛央は愕然とした。
そこには、大量の積みプラのタワーに埋もれている裕美の写真があったのだ。
下手すると裕美の積みプラの量は、自分を超えている。
「まさか、お前、この連載自分のために通したのか?」
「はい。私も積みプラ消化したかったんで、仕事の度に一つ作って、安西さんの原稿が出来たらまた作る。その繰り返しをしたくて企画を考えてたんです。そしたら私と同じような状況の編集が山程いて、それですんなりと」
「通りで企画がすぐ通ったわけだぜ……」
しかもそれで企画が好評なんだから世の中何が起こるかわからない。
「でも、安西さんの記事って、プラモの魅力たんまり書いてあるから、これで魅力に取りつかれる人増えるんじゃないですかね。実際、結構好評のメール来ますしね」
裕美が笑う。
それが伝わったならば、この危機的状況も存外悪くないなと、剛央は思った。
「……待てよ、それだけ増えるってことはだよ? 裕美、これ、プラモの争奪戦余計に白熱しないか?」
「……え?」
裕美の目が丸くなった。
「考えてみろ。プラモの魅力に目覚める人間がいるということは、それだけ買う母体数が増えるということだ。つまり、新作プラモはますます争奪戦に……」
「あ……」
二人して、頭を抱えた。
また、危機的な状況が増えるな。
そう感じるしかなかった。
(了)