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対価はカラダで払うと言ったら、その服を脱げと言われた


 焚き火がパチパチと火花を散らしている。

 アリアは与えられた白湯さゆを飲み、ぼんやりと火を見つめていた。


 隣ではラキスと名乗った男が、再び葉巻をくわえて紫煙をくゆらせている。


 彼の話を信じるのであれば、アリアを襲った主犯は宮廷召喚士長のロゴール。

 王族を護るべき宮廷召喚士の長が王女を暗殺……未遂。


 ショックは大きいが、信じられない話というわけではない。

 アリアは命を狙われる理由に心当たりがあった。


「プレシア姉さんが女王になるのに、ボクが生きていると困る人がいるみたいだ」

「そうか」


 ラキスが淡泊な相槌を返す。

 そんなことより葉巻を楽しむ時間の方が大切だ、と表情が物語っている。


「ボクがこのまま王宮に帰ったら、どうなると思う?」

「……報復がはじまるだろうな」

「やっぱり、そうかな」


 ロゴールがアリアを狙ったという証拠はない。

 強いて言えば、この怪しい男の証言だけ。


 それでもアリアが王宮に戻れば、自由派の貴族達はこの事件を貴族派の凶行と断定し、貴族派への報復を計画するはずだ。

 そのとき、標的はロゴールだけで済むだろうか。


「第一王女も危ないだろうな」


 アリアの頭の中を見透かしたかのように、ラキスがつぶやいた。


「ボクはプレシア姉さんが大好きなんだ。優しくて、ボクと違って言葉遣いもきれいで」

「そうか」

「ちょっとおっとりしているところはあるけど、包み込まれるような温かさがあって」

「そうか」


 アリアは自分から女王になりたいなどと言ったことは無い。


 女王になりたいと思ったことすらない。

 しかし、周囲はそれを許さない。


 本人たちの気持ちを無視して、どちらが女王に相応しいのかと勝手に盛り上がる。

 それも純粋に国を想ってのことではなく、貴族達の権力争いの道具として。

 なぜそんなくだらない理由で命まで狙われねばならないのか。


 アリアはなにもかもがむなしくなった。


「ボクはどうしたらいいかな?」

「……それはお前が決めることだ」


 隣に立つ男は厳しく、冷たい。

 決して答えをくれることはないだろう。


「いっそボクが……ここで死んでしまった方が……」

「お前がそれを望むのなら、そうすればいい」


(ボクの望み……。望みってなんだろう)


 自分が生きていることがバレたら、プレシア姉さんの命が危ない。

 プレシア姉さんの命が狙われるくらいなら……いっそのこと。

 アリアの思考は最悪の方向へと流れていく。


「ラキスさん、お願いがあるんだ」

「なんだ?」

「ボクのことを殺して――」

「自分の始末くらい、自分でつけろ」


 ラキスは空いた手で腰から短剣を取り出し、アリアの手に握らせる。


 この短剣で自害しろ、と。


 アリアは短剣を鞘から抜き、刀身を喉元へと突きつけた。

 手がぶるぶると震えて上手く持てない。

 脳裏に浮かぶのは生まれて十六年の思い出。

 いつだってそばに居てくれたのは、プレシア姉さんと、パーラだった。


『娘を護るのは母の務め』


 不意にパーラの最期の言葉がリフレインする。

 アリアを護るためにオルトロスに立ち向かい、その命を散らしたパーラ。

 その身体を土に還すことも叶わなかった。


 アリアの両眼からぼろぼろと涙がこぼれる。

 その雫が地面に落ちると同時に、手に持っていたはずの短剣も地面に転がっていた。


 もうひとりの母が繋いでくれた命。

 ほんの少し前、無駄には出来ないと誓った命。

 それをいとも簡単に捨てようとしていた自分に、アリアは恐怖した。


「やっぱり、ボクは死ねないや」

「そうか」

「でも、王宮にも戻らない」

「そうか」


 ラキスはひとつ覚えの「そうか」を繰り返す。

 自分には関係ない、という心の内を隠すつもりもないらしい。

 アリアはだんだんと、この無愛想な男に腹が立ってきた。


 後から思い返せば、それはやり場のない怒りをぶつけているだけの八つ当たり。


(この男の鼻を明かしてやりたい)


 その気持ちだけで口走った言葉だった。


「あなたのせいだ」

「なに?」

「責任を取ってよ」

「なんのことだ?」


 これまで仮面のように動かなかったラキスの顔。

 いまだに葉巻をくわえているが、その眉がついに斜めへと傾いた。


()()()()()()責任を取って」

「助けた責任だと?」

「あなたがボクを助けなければ、ボクはあの犬に食べられていた」

「そうだろうな」

「つまりプレシア姉さんは助かっていた。元々はそれだけの、簡単な話だったんだ」


「それなら」とラキスがなにやら言い返そうとする。

 だがアリアは立ち上がり、ラキスの言葉をさえぎってまくし立てた。


「それをあなたが()()()()()()。それも自分の都合で、だ。それなら自分で死ね、なんて言わないでよ。ボクはパーラに誓って命を粗末にはしない。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 メチャクチャなことを言っているのはアリアにも分かっている。


 ラキスがいまここで、アリアを殺せば元の鞘に収まるだけ。

 それでも言わずにはいられなかった。

 いかなる形でも、この男を当事者として巻き込んでやりたかった。


 アリアはハァハァと肩で息をしながら、ラキスの反応を待つ。

 ラキスは口からふわりと煙を吐き出した。


「言いたいことはそれで終わりか?」

「そうだ、答えろ」

「そうだな。……その仕事、いくら払える?」

「へ? 仕事? いくら?」


 予想していなかった返答に、アリアは頓狂とんきょうな声を上げた。


「そうだ。その『お前を助けた責任を取る』という仕事の対価を教えろ」

「ちょ、ちょっと待って。責任を取る仕事の対価って、そんなメチャクチャな」

「メチャクチャはお互い様だろう」


 そう言われてしまうとグウの音も出ない。

 無茶な理論で要求をぶつけたら、さらに無茶な理論で対価を請求されただけの話。


「じゃ、じゃあ! あなたを宮廷しょ――」

「宮廷召喚士は勘弁してくれ。宮廷あんなところは二度とゴメンだ」


 それに、とラキスは続ける。


「お前は王宮には戻らないんじゃなかったか?」

「…………ッ!!」

 

 顔がカァーーーっと熱くなっていく。


「王宮にも戻らない」という言葉にウソは無い。

 だが、舌の根も乾かぬうちに『宮廷召喚士の席』を対価に提示しようとした。


 想定していなかった『対価』という問いに対して慌ててしまったのは事実。

 だとしても、とっさに出た回答が王族の権力に頼ったものとは不甲斐ない。


 アリアはただただ恥ずかしかった。


「大した覚悟だな」


 さらに容赦のない嫌味な追い打ち。

 アリアはうつむき、両拳をギュッと握りこんだ。


(きっと、ボクのことをバカにしているんだ。王族の権力を失った王女に、対価なんか支払えるはずがないって)


 アリア自身には何の価値も生み出せないのだ、と言いたいに違いない。

 その推察を裏付けるかのように、ラキスはこちらを試すような目で見ている。

 アリアの生涯でこれほどの辱めを受けたのは初めてのことだ。


 初めてのことばかりで、頭も心も追いつかない。

 なにがなんでもラキスに認める対価を提示してやる。

 命を失う寸前だったこの身に、今さら失うものなどない。


 それは傷つけられたプライドが出した決断。

 王族ではないアリア個人が、唯一差し出せる対価。


「……ではらう」

「なに?」

「対価はボクのカラダで払うって言ったんだ!!」


 アリアは薄い胸に掌を当てて宣言する。


 顔はどんどん熱くなっていく。

 自分ではわからないが、きっと真っ赤になっているに違いない。


 王女として王宮で過ごしていた頃のアリアなら、絶対に口にしない言葉だ。


 ラキスがぽかんとしていた。

 葉巻を持った手も宙で止まり、口にくわえるという動作を忘れている。


 さっき出会ってから今までで、彼の表情が最も崩れた瞬間かもしれない。


「その……カラダで、か?」

「なにかご不満で!?」

「いや、ご不満もなにも……まだ子ども――」

「なっ!! 失礼な! ボクはもう十六だ!」

「成人したばかりの子ども――」

「成人してるってことは、大人じゃないか!」


 アリアは鼻息荒く突っかかり、ラキスはすっかり迷惑顔だ。

 結局、「もう分かった」とラキスが折れるかたちで決着がついた。


「じゃあ、お前のカラダ? で手を打つ」

「なんで疑問形なんだ。本当に失礼なヤツだな」


 アリアのクレームは無視されるかたちで、ラキスが話を続けた。


「それじゃあ、これからのことだが……。まずはお前、その服を脱げ」

「え゛!?」


 反射的に、両腕で細い身体を覆った。

 確かに「カラダで払う」とは言った。

 言ったが、ものには順序と、心の準備というものがある。


 アリア、十六歳の春。

 唐突に訪れた貞操の危機であった。


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