命はひとつ減ったら終わりだからっ!!
第一王女プレシアが、古龍とそっくりのモンスターと契約している。
そんな耳寄り情報が、アリアの口から飛び出してきた。
モンスターとの相性は人それぞれ。
似たモンスターと契約しているのであれば、なにかが起こるかもしれない。
ゴブリンの密偵にアリアの手紙を持たせ、プレシアに協力を仰ぐ。
相手は国を滅ぼすようなモンスターだ。
すがれるものはワラにだってすがってやる。
「私たちの役目は時間稼ぎ、ということですね」
「この穴から出さないように注意を引きつける。アリア、お前にもこれを渡しておく」
ラキスは懐から魔剤を数本取り出して、アリアへ手渡した。
賞金稼ぎに追われていた頃、敵から奪った金で買っていた魔剤の残りだ。
「炎馬の使いどころには気をつけろ」
「りょーかい」
炎馬ほどのモンスターとなれば、召喚するだけでも大量の魔力を消費する。
召喚を維持して大技を使ったら魔力なんざ一瞬で無くなる。
魔剤が何本かあっても気休めにしかならないが、持ってないよりはマシだ。
「ヴオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」
古龍が天に向かって雄叫びを上げる。
それに呼応するかのように、空一面を覆っていた雲に穴が空いた。
「休憩はおしまい、ってことですかね」
「もっと休んでてくれて構わないんだがな」
古龍が大きく息を吸いこんでいる。
息は吸ったら、はくものだ。人間だってそうする。
「あ、ボクいやな予感がする」
「奇遇だな、俺もだ。――走れ!」
間を置かず、三人はバラバラに走り出す。
ラキスは右に、アリアとアークは左に。
山頂はぐるりと円環になっているので、そのまま走れば合流できる。
古龍が吐き出した息が、陥没地の反り返った山肌を焼いた。
ついさっきまで三人が居た場所は、高熱で真っ赤になっていた。
「まずは派手に注意を引くか」
ラキスはゴブリンの爆弾魔を喚ぶ。
しかしすぐには爆弾を投げさせない。
「まだだ」
古龍はラキスの方へ近づいては引き、アリア達の方へ近づいては引く。
まるで、どちらを先に襲うかじっくりと品定めしているかのようだ。
「点火」
アリア達の方から古龍が戻ってくる。
無防備にもラキスの方に顔を向けた体勢で。
ラキスまで二百メートル。
「まだ」
ラキスまで百メートル。
「まだだ」
のこり五十メートル。
「……構えろ」
のこり二十メートル。
「投げろ!」
ラキスの合図で、爆弾魔は自信作を投げ込んだ。
古龍の動きは機敏だった。
すぐに身体の向きを変え、右腕の鋭利な爪で爆弾を弾こうとする。
「ドカンだ」
しかし、古龍が弾くよりも早く爆発は起きた。
「グオォォオオオォォォ!!」
古龍が苦しそうな声を出す。
やっと、ダメージらしいダメージを入れられた。
右腕が黒く焦げ付きブスブスと煙が立っている。
パラパラと落下しているのは……鱗か。
どうやらさっきの爆発で、腕周りは立派な鱗も剥げ落ちたらしい。
「あれなら刺さりそうだな」
ラキスの合図で、弓兵が素早く矢を放つ。
ヒョウと風を切り、今度はしっかりと古龍の腕に矢が突き刺さった。
神経毒の方は……期待しない方が良さそうだ。
古龍の眼が、しっかりとこちらを見据えている。
さきほどまでの余裕はなく、瞳に殺意が芽生えたよう。
「さて、問題はここからだな。サモン」
ゴブリンの大楯兵がラキスと古龍の間に立ちふさがった。
古龍が身体をひるがえし、その尾がラキスとゴブリン達を狙う。
巨大な槌で叩いたような鈍い音が響く。
「○♭▲%!□&$*☆ !!」
大楯兵が、その大楯ごと吹っ飛ばされた。
「これは……。流石は伝説の古龍、だな」
まさか牙でもなく、爪でもなく、尾撃一発でこのザマとは。
そこそこダメージを負ってしまった大楯兵を後方に下げ、回復薬を与えておく。
リターンさせてしばらく召喚出来なくなっては、いざという時に困る。
もうしばらく頑張って貰わなくては戦線を維持できない。
「駒が足りんな。サモン」
ドラゴブリンと、ゴブリンの弓騎兵を喚び出す。
そして魔剤を一本。
魔力に余裕を持たせておかなければ、危険な相手だ。
ドラゴブリンは負傷した大楯兵に替わって古龍を迎撃。
隙があれば、アーク仕込みの剣術が古龍の鱗を削いでいく。
弓騎兵は【電光石火】で移動し、死角から鱗の剝がれた腕を狙う。
さらに、ラキスの側からも弓兵が矢を放つ。
二カ所から攻撃することで、注意を分散させる作戦。
いや、三カ所か。
§ § § § §
「イイ感じに注意を引きつけてくれてますね」
「でも、ボク達やることがないんだけど」
「いいモノがあります」
そう言ってアークが差し出してきたのはクロスボウだった。
確かに、これならアリアにも使える。
「矢の装填に時間がかかりますが、誰でも使える強力な武器ですよ」
「おお! クロスボウなんて持ってたんだ。あれ? 普段はなんで使わないの?」
守護者は、禁足地への侵入者にはいつも手斧を投げている。
もちろん、アリア達も投げられた。
クロスボウなら斧を投げるよりも楽だし、威力だって負けてないはずだ。
いつもクロスボウを使えばいいのに。
しかし、アークは静かに首を振る。
「手斧の方が使い勝手は良いんです。近距離でも戦えて、普段は薪割りにも使えます。それに……」
「それに?」
「クロスボウは矢代が高いんです」
「……あぁ。なるほど」
世知辛いお財布の事情だった。
クロスボウもあるけど、なるべく手斧で頑張って節約しましょう、ってことか。
クロスボウは機械式。
弓で射るより矢の威力は高いが、連射が出来ないことと装填中の隙が弱点だ。
でも、ラキスとゴブリン達が注意を引いてくれている今なら。
ふたりが放ったクロスボウの矢が、古龍の鱗に突き刺さる。
初めてのクロスボウだけど、照準器のおかげで外さずにすんだ。
もちろん、古龍が大きいというのもあるけど。
矢は鱗に勢いを殺され、大したダメージは与えられていない。
それでも古龍に「ウザい」と思わせる程度の効果はあった。
「ヴオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!」
古龍の咆哮。
空気がビリビリと震えた。
「うわっ、こっち見んな」
「ちゃんと注意を分散させられてるってことです。喜びましょう」
そうはいっても、あの巨体から怒りに燃えた瞳を向けられるのは怖い。
「プレシア姉さん、早く来てぎゃあああああ!!」
古龍の尾撃が飛んできた。
ギギギギン、と金物が擦れる音。
アークが剣で、古龍の尾を受け流す。
これがパリィというやつか。
「ドラゴブリンにパリィを仕込んだのは私ですよ」
いくらでも来い、とアークが剣を構えていた。
尾ではダメだと悟ったのか、古龍が再び胸を膨らませる。
「ブレス、きますよ!」
「わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
アークと共にその場を転がるように離れる。
灼熱のブレスが地面を焦がした。
「い、いのちがいくつあっても足りない!」
「大丈夫です。まだひとつも減ってません!」
「ひとつ減ったら終わりだからっ!!」
なにを言っているんだアークは!!
「グオォォォォ!!」
再び、古龍の悲鳴。
ラキスの方からの攻撃が痛いところに刺さったようだ。
なんだか古龍の様子がおかしい。
身体を小刻みに震わせている。
「あ、ボクいやな予感がする」
「奇遇ですね。私もです」
モンスターが不審な動きをしたら。
それは次のアクションの準備だと考えなさい、とパーラから教わった。
ブレスとは違う挙動だが、これはヤバいという直感が警鐘を鳴らす。
背中にじっとりと嫌な汗が流れた。
ここで出し惜しみをしていたら死ぬ、そんな予感がアリアを支配する。
「さ、サモン!!」
ラキスから『使いどころには気をつけろ』とクギを刺されていた切り札。
切るべき時がきた。……はずだ。たぶん。
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