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いまは遠き、少年が見た悪夢のような現実(前編)

 少年の国で戦争が始まった。

 突如、隣国が宣戦を布告したのだ。


 侵略で真っ先に犠牲となるのは、国境に近い村に住む者達と相場が決まっている。

 軍が駆けつける頃には、村の二、三は蹂躙されているのが常だ。


 少年が住む村も、その運命さだめから逃れることは出来なかった。




 それはまだ太陽が高く上っていた時間のことだ。


「父さん!」

「俺のことはいい! 早く裏から逃げろ!!」


 父が家の扉を体全体で押していた。

 家の扉からは鈍器で殴りつけるような音が響き、外からは大勢の雄叫びが聞こえる。


「行け! 子どもたちを頼む」

「……あなた」


 父の怒声に押されるように頷いた母は、少年と弟を連れて裏口から外に飛び出した。


 三人は村のすぐそばにある雑木林に駆けこむ。

 普段は薪拾いがてら、子どもの遊び場となっている場所。

 ここには戦火を逃れるための避難場所がある。


「御神木まで走って!」


 兄弟は母に連れられ、避難場所の目印の樹まで全速力で駆け抜けた。


 樹齢は千年を超えると噂される御神木。

 その樹の下に掘られた洞穴が有事の避難場所となっている。


 落ち葉でカモフラージュされた入口。

 木製のフタをコンコココン、とリズムよくノックするのが合図だ。


 中から人の声が返ってくる。


「何人だ?」

「三人です! 私と、子どもがふたり!」


 奥で何かを話している声。

 数秒後、残酷な返事が戻ってきた。


「……無理だ。入れない」

「では、子どもだけでも!」


 間を置かず母は少年と弟だけでも、と懇願する。

 恐らくこうなることも想定していたに違いない。


「……ひとりが限界だ」


 母が言葉を失った。

 子どもはふたり。

 救えるのは、どちらかひとり。


 もし想定していたとしても、答えを出せるような問いではない。

 ならば答えを出すのは少年の役目だ。


「弟をお願いします!」

「……わかった」


 母が何かを言おうとして口をつぐんだ。

 ズズッとフタがずれ、人がひとり通れる幅のすき間ができる。

 しかし、弟は泣いてダダをこねるばかりで、中へ入ろうとしない。


「やだ、やだよ。お母さん! お兄ちゃん! ボクだけ置いていかないで!!」


 弟は少年より五つも年下。まだ十歳に届かない。

 このような状況を前にすれば、不安になって当たり前。

 とはいえ、このままというわけにもいかない。


「大丈夫。すぐにまた会えるから」


 少年は泣きべそをかく弟の頭を撫で、涙を拭ってやった。


「早くしろっ。敵に見つかったら、俺たちまで全滅だ」

「わかってます。いくんだ、マリオ」

「絶対だよ。絶対迎えにきてよ! お母さん、お兄ちゃん! 約束だよ!!」

「ああ。約束だ」


 少年は弟をなだめすかして避難場所へと押し込むと、母を見上げて笑った。


「母さん。行こう」


 とは言ったものの、近くにある避難場所はここだけだ。

 一体、どこへ向かえばいいというのか。


 少し離れたところから、葉や枝を乱暴に踏む足音がする。

 雑木林にも敵兵は入り込んできているようだ。

 ふたりに残された時間は、それほど多くはない。


「そこ、登れる?」


 母の指が差した先は、御神木のうろ。

 木の中にぽっかりと空いた空間は、それなりの大きさに見えた。

 しかし、母の背よりも高いところにあるため、うろの正確な大きさは分からない。


「ちょっと見てきてくれない?」

「うん。わかった」


 少年は母の肩を借りて、うろに手をかける。

「よっ」と体を持ち上げて、うろの中へ。


 決して余裕があるわけでは無いが、ぎゅっと詰めれば母とふたり、なんとか入れないことは無いだろう。


 少年は母を呼ぼうと、入り口へと体を向ける。

 そのとき、御神木の下の方から下卑げびた男達の声が聞こえた。


「おい! 女だ! 女がいるぞ!」

「なんだよ、ババアじゃねえか。この村には年頃の娘はいねぇのか?」

「じゃあ、お前は引っ込んでろ。あの女はオレのもんだ」

「バッカ! それとこれとは話が別よ」


 少年にはうろの外を見ることは出来なかった。


 今から母がどんな目に遭うのか。

 もう理解できない歳ではない。


「おいおい。そいつは一体なんのつもりだ?」

「女が刃物を持つのは料理の時だけでいいんだよ。ほら、バカな真似はよせっ」


 母が何をしているのか。

 気になるものの、やはり少年には勇気が出ない。


「そんな刃物じゃ、人なんか殺せねぇぞ」

「いいから。大人しくしてろって。痛くはしねぇからよ。へへへ」


 下品な笑い声に少年は思わず耳を塞ぐ。

 しかし、塞いだところで声が聞こえなくなるわけではない。


「おい……。バカ! やめろ、やめろって!!」


 突然、男たちが慌てる声が聞こえた。

 もしかしたら母は、なにか逆転の秘策でも持っていたのかもしれない。


 例えば、強いモンスターを召喚できるとか。

 例えば、ものすごい剣の使い手だったりとか。

 例えば、爆弾を持ってきていたとか。


 少年の心に灯ったのは微かな希望。

 その光に背中を押され、少年は慎重にうろから下を覗きこむ。


 母が華麗に敵兵を打ち倒した光景に期待していた。

 しかし、少年の目に飛び込んできた光景は、そんな愉快なものではなかった。


 鎧に身を包み、剣を持った兵士がふたり。

 その兵士と御神木との間で、自らの首を小刀で突く母の壮絶な最期。


 辺り一面に真っ赤な鮮血が舞った。


 糸の切れた人形のように崩れ落ちる母の肢体。

 両腕で顔を覆い、降りかかる血のシャワーを浴びる兵士。


 少年は叫んだ。

 いや、叫んだつもりだった。


 しかし、ノドから声が出ない。

 恐怖のためか、絶望のためか。

 ただ「カッ……カハッ」と空気が漏れるだけ。


 しかし、故に少年は助かった。

 敵兵は少年には気づかず「ひでぇ目に遭った」と文句を言いながら去っていった。


 陽が暮れ、辺りが宵闇に包まれた頃。

 御神木の下から村人がひとり出てくる。

 敵兵がいなくなったことを確認するためだろう。


 地に伏す母に気づいた村人は、一瞬だけ顔をしかめ、祈りを捧げた。


 そのとき、少年は弟のことを思い出した。

 弟に母の亡骸を見せるわけにはいかない、そう思った。


 少年はすぐさま、木のうろから飛び降りた。

 驚く村人に事情を説明し、一緒に母の遺体を移動させる。


 弟の目につかないよう。すぐには気づかれない場所に遺体を隠した。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」

「マリオ!」

「お兄ちゃん! 無事だったんだね! ……お母さんは?」


 愛しい弟との再会。

 当然聞かれるだろう質問には、事前に答えを用意しておいた。


「分からない。でも、きっとどこか遠くに逃げたはずだ」

「本当?」

「ああ。本当だ」


 少年は笑顔でウソをついた。

 弟の心を護るため、優しいウソをついた。


 村へ戻ると、多くの家が焼け落ちていた。

 少年の家も、例にもれず焼け落ちていた。


 父の遺体は見つからなかった。

 いや、父と判別できる遺体は見つからなかった。

 どれもこれも真っ黒に焼けていて、誰が誰だか分からなかった。 


 その後しばらくして、軍の到着によって防衛線は押し上げられた。


 村を焼かれた者達は、それぞれ親類を頼って散っていった。

 少年と弟も、やはり近くの村の親類を頼った。


 運よく母の叔父――顔も知らない大叔父――に頼ることが出来たのは幸運だった。

 親類を頼れず、戦争孤児として下男げなんになる者も大勢いるのだから。


 ――これはどこにでもある戦争孤児の話。

 ここまで、少年はむしろ恵まれていた。


 しかし、この悪夢にはまだ続きがあった。


【おねがい】


第二章スタートです!

もし「面白そう!」「期待できる!」「少年って誰さ?」と思ったら、広告下の☆☆☆☆☆を押して★★★★★に変えてください。


白いお星さまを、アナタの色に染め上げてっ!

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