ゴブリンしか召喚出来ない召喚士は宮廷を追放された
「ラキス・トライク。貴様は今日限りでクビだ」
うららかな春の日差しが窓から差しこむ大きな部屋。
宮廷召喚士のラキスは、自分の執務スペースで優雅に紅茶を飲んでいた。
宮廷召喚士とは、その名の通り宮廷に仕える召喚士のことである。
国の中枢たる宮廷を護り、王族の住まう王宮を護るために選ばれた精鋭たち。
そんな精鋭のひとりであるラキスは、声の主をチラリと見ると何事も無かったかのように再び紅茶に口をつける。
「貴様、ワシの話を聞いているのか!?」
目を吊り上げているのは、白髪交じりの金髪をオールバックにした偉そうな男。
訂正。
この国ではそれなりに偉い男。
それが顔を真っ赤にして声を張り上げている。
男から漂う香水――甘いムスクの匂い――とは裏腹に、部屋の空気は剣呑だ。
ここは宮廷召喚士が集まって仕事をするために用意された部屋だ。
にもかかわらず、今現在この部屋にいるのはラキスと男のふたりだけ。
ほかの宮廷召喚士たちはしばらく姿を見ていない。
宮廷召喚士の執務より、社交界でのロビー活動の方がお忙しいようだ。
顔を真っ赤にしている男とよそに、ラキスは表情も変えず紅茶のカップを静かにテーブルへ置いた。
「聞こえている」
「ならば、なんとか言ったらどうだ!」
「なんとか、とは?」
「ふん、可愛げのないヤツだ。普通はいきなりクビと言われれば理由くらい聞くものだろうに」
男が実に忌々し気な表情でラキスを見下ろしている。
今さらだが、彼の名はロゴール。
宮廷召喚士を束ねている宮廷召喚士長である。
平たくいえば、ラキスの上司にあたる。
上司相手にどうして敬語を使わないのか。
それは、ラキスが敬語を『知らない』ことにしているからだ。
なぜ『知らない』ことにしているのか。
それは、他人に敬語を使うのが面倒だからだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「ふむ。では、なぜだ?」
「貴様がゴブリンしか召喚できない無能だからだっ!」
ロゴールが日頃のうっぷんを晴らすかのように力強く言い放つ。
特に『無能』という部分に熱がこもっていた。
「そうか」
ラキスがそれを華麗にスルーする。
沈黙がふたりを包み込んだ。
窓から吹き込む風。
カップの紅茶の表面がユラリと波を打つ。
彼の言う『ゴブリンしか召喚できない無能』というのは大きな解釈違いだ。
現に、ラキスが宮廷召喚士に選ばれたのは全てゴブリンの活躍によるもの。
だが、世に貴族と呼ばれる者達の考えはちがう。
召喚士の格を決めるのは、
『いかに強大で希少なモンスターを召喚出来るか』だと本気で信じている。
それはドラゴンであったり。
フェンリルであったり。
ペガサスであったり。
希少性はもちろん、力強さや優雅さを重要視する価値観が主流だ。
いかに希少でも、不死族や虫族のモンスターはその外見から嫌われる。
野山に湧いて出るようなモンスターに至っては無価値という扱いだ。
コボルトしかり。
スライムしかり。
もちろん、ゴブリンしかり。
ゆえにゴブリンしか召喚出来ない召喚士は、ここでは『無能』とされている。
あきれて言葉も出ないが、他人の価値観を否定してもロクなことにはならない。
ならば、言葉が出ないくらいで丁度良いかもしれない。
話は終わった。
ラキスは紅茶のカップに手を伸ばす。
しかしロゴールは鼻の穴をふくらませ、こぶしをワナワナと震わせていた。
「……出ていけ」
先ほどまでの大声はどこへいったのか、彼の口からこぼれたのはとても小さな声だった。
思わずラキスは聞き返してしまう。
「ん? なにか言ったか?」
「今すぐ、この部屋から――。いや、この宮廷から出ていけ!!」
かと思えば、今度は宮殿中に響き渡るかのごとき怒声を張り上げる。
彼はどうにも情緒が不安定なようだ。
きっとストレスが溜まっているに違いない。
誰のせいか、についてはあえて触れないでおくとしよう。
「今日限り、ではなかったのか?」
「うるさい! 黙れ! ワシが出ていけと言ったら、すぐに出ていけ!!」
「そうか…………。じゃあ、これを飲み終わってからでもいいか?」
手に取ったカップを口元へと運ぶラキスを、ロゴールが苦々しげに見つめる。
取り乱したことを恥じているのか、彼は大きく息を吸って呼吸を整えた。
「それを飲み終わったら、さっさと荷物をまとめて出て行くのだぞ」
「わかった。…………ああ、ちょっと待ってくれ」
ローブをひるがえし、部屋を出ていこうとするロゴールを呼び止める。
振り返ったロゴールは、なにかを期待している目をしていた。
「ん? どうした? やはりクビは勘弁してくれ、と泣きつくか?」
「いや……。最後にコイツを吸ってからでもいいか?」
懐から葉巻を取り出すラキスを前に、ロゴールが目を見開いた。
「勝手にしろ!! この平民あがりのクズが!!」
バタンッと勢いよく扉を閉めて出て行くロゴールの背を見送る。
「平民あがりのクズ、ね。最後のが本音……、いやどちらもか」
宮廷にあがれるのは貴族のみである。
宮廷召喚士の面々もお偉い貴族様ばかり。
あれは侯爵家の御子息だ、それは公爵家の御孫様だという具合だ。
ラキスも貴族ではあるが、その位は騎士爵。
武功の恩賞として授かった一代限りの爵位である。
お偉い貴族様からすれば、平民出身の成り上がり者でしかない。
敬語を『知らない』という突飛なウソが通用したのも、この出自に拠るものだ。
高位貴族にとって、平民は別世界の下等な生物。
敬語を知らなくとも「平民なんてそんなものか」で納得してしまう。
貴族と平民は相容れない。
ラキスが宮廷召喚士になったのは、宮廷なら楽な暮らしが出来ると聞いたからだ。
なのに宮廷に入ってみたら、政治だ、派閥だ、と息苦しいばかり。
即日クビとは、なんとも急な話だが良い機会だ。
宮廷から解放されたら、もっと楽でダラダラ生きていける場所を探そう。
ラキスは自分がいる大きな部屋を見渡す。
人は少ないのに広々とした間取り。
贅沢を通り越して無駄の極みだ。
これだけのスペースがあれば、家も無く暮らしている民が何人寝られるか。
豪奢な備品はお貴族召喚士の面々が、めいめいに持ち込んだもの。
「仕事場の環境を快適にする」などと口にしていた連中は仕事場にいる方が珍しい。
ラキスの私物はほとんど無い。
ものの五分もあれば、荷物をまとめて宮廷を出て行くことも可能だ。
葉巻の先をナイフで器用にカットすると「サモン」とつぶやく。
ラキスの呼び掛けに応えて、傍らに一匹のゴブリンが現れた。
背丈はまだ幼い子どものよう。
紅葉を思わせる深い赤色の肌。
ピンと尖った耳、クチバシのように高い鼻。
琥珀の如き金色の瞳がギョロリとラキスを見る。
その手には松明を持っていた。
――――――――――――――――――――
【名称】ゴブリンの斥候
【説明】
暗い場所を好むゴブリンたち。
その集団の戦闘を行くのは松明を持った斥候だ。
松明で片手がふさがっている彼らは慎重だ。
敵を見つけたら、生きて敵の存在を仲間に伝えなくては役目を果たせないから。
「前ヨシ、右ヨシ、左ヨシ、後ヨシ、上ヨシ。
……念のためだ。前ヨシ、右ヨシ、左――――」
【パラメータ】
レアリティ E
攻撃力 E
耐久力 E
素早さ E
コスト A
成長性 C
※ S 規格外にトクイ
A 超トクイ B トクイ C 普通
D ニガテ E 超ニガテ
F 限りなくゼロに近い
※ コストは「コストパフォーマンス」を意味しています。
【スキル】
消えない松明
気配察知
過敏な嗅覚
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ゴブリンの松明で葉巻に火を点けると、煙を口の中で転がした。
力強くスパイシーな刺激が口の中に広がる。
葉巻は味わいが命だ。
決して煙を肺に入れるようなバカな真似をしてはならない。
葉巻に火を点けて、役目を終えたゴブリンは静かにその姿を消した。
大陸広しとはいえ、葉巻に火を点けるために召喚術を使う者がどれほどいるものか。
フゥー、と紫煙をくゆらせると、吹き込んだ春の風が煙を散らしていく。
ラキスはそういえば、と気づいた。
「退職金、貰ってないな……」
再び「サモン」とつぶやく。
先ほどの斥候とは違う、影の薄いゴブリンがフッと姿を現した。
ゴブリンはラキスから指示を受けると、足音ひとつ立てずに部屋をあとにする。
その一時間後、葉巻を吸い終わったラキスは荷物をまとめて宮廷を立ち去った。
【おねがい】
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