企み
「えっと・・・」
鈴木は必死で脳みそを動かし、状況を整理しようと試みた。
落ち着け、落ち着け。
目の前の青年は、自分のことをヒーローだと言っている。
しかし、それをすぐ鵜呑みにするのは良くない。
「ふっ、めちゃくちゃ動揺していますね」
鈴木を見て、青年は笑った。
その表情には、ほんの少し幼さを感じられた。
「そりゃあ、ビックリするよ。誰もいないと思っていたら、後ろから突然声をかけられるし・・・」
「それに、声をかけてきた人物が、自分が寝る間も惜しんで探していたヒーローだったから?」
青年はあくまで、自分のことを『ヒーロー』だと主張するらしい。
「そ、それもあるけど・・・君は本当にヒーローなのか?」
馬鹿な質問をしてしまったと、鈴木は言ってから後悔した。
青年は鈴木の質問を聞き、悲しそうな表情になる。
「まあ、そうですよね。いきなり『僕がヒーローです』って言っても疑うのは仕方ありませんね。でも、ちょっと悲しいなあ。これでも数いるヒーローの中で結構人気な方だと思ってたんだけど」
確かに、ヒーローブルーはネット上で『素顔はイケメン』と噂されており、ヒーローの中でも女性人気がとても高い。
そう考えると・・・鈴木はもう一度、目の前の青年の顔を見る。
切れ長の二重、高い鼻、女性が羨ましがりそうな長い睫毛。
彼は誰が見ても、容姿端麗だった。
背も高く、体つきもしっかりしている。ヒーローブルーの見た目にそっくりだ。
それに、鈴木の直感が本物だと言っている。
鈴木はすっかり困ってしまった。
いつもなら決定的な写真を撮って、バレないようにその場から退散するのが鈴木のスタイルだ。
中にはわざわざヒーローに話しかけ、話した内容を記事にする奴もいるが、そういう事はしない。
自分の存在を知られたら、張り込みしにくくなるし、そういう絡みを鈴木自身が求めていなかった。
「鈴木さん、お疲れでしょう?飲み物おごりますよ。何がいいですか?」
「いや、飲み物くらい自分で買う・・・」
会話をしたいとは全く思わないが、この場を立ち去るのは得策とは言えない。
それこそ、会社の人間にバレたら大目玉をくらいそうだ。
せめて、会話の中で何かネタになることをゲットできればと鈴木は考えた。
「ほんとに、この公園で休憩しているんだね」
鈴木と青年はベンチに腰をおろし、それぞれ飲み物を飲んでいる。
「そうですよー。よく、ここの公園の事わかりましたね。どうやって知ったんですか?」
「それを答えるほど、俺は間抜けじゃないよ」
「まあ、そうかあ。でも、バレたなら替えないとなあ。困ったなあ。ここ、結構気に入っていたのに・・・」
青年はそんな事を言っているが、表情からは本当に困っているようには見えない。
きっと数ある休憩場所の1つでしかないのだろう。
「鈴木さんってさ、他の奴らと違って偽名使わないよね」
彼の言う、他の奴らとは鈴木と同じようにゴシップ記事を書いている人のことだろう。
ゴシップ記事はグレーゾーンだ。
下手すりゃ相手側から訴えられる可能性がある。
だからこそ、記事を書くやつらのほとんどは偽名で活動していた。
しかし、鈴木はあえて本名を使っていた。
自分が決して良い事をしているとは思っていなかったし、訴えられたらそれまでだと覚悟しているからだ。
ちっぽけなプライドかもしれないけれど、鈴木にとっては譲れない所だった。
「ヒーローって、週刊誌読むの?」
「んー?僕はあんま読まないかな。ピンクが面白がって見せてくる。この間、レッドについての記事を書いたでしょう?ピンクがレッドのことからかってた」
それを聞いて、鈴木は先週書いた記事の内容を思い出した。
レッドの元カノが『レッドは小銭単位まで割り勘するケチな男だった』と言っていたので、それについて書いたものだった。
「・・・レッドから訴えられるなら、まあ仕方ないか」
「あはは、そんなことはしないよ。レッドも成長したからね!」
青年は楽しそうに笑った。
「そうですか・・・」
ヒーローは、心の広いやつしかなれないか。
鈴木は急に、虚しさを感じた。
「俺が張り込みしていること、いつから知ってた?」
「んー?初日から、かな」
「そうですか・・・それは失礼しました」
最初からバレバレだったと知り、鈴木は落胆した。
「安心してください。このことは記事にしないし、もう公園には来ないよ」
「えー、本当かなあ?」
「信じるのも、信じないのも自由だけど、俺は来ない」
鈴木はこれ以上、ここでの会話は無意味だと判断し、この場を立ち去ろうと思った。
「じゃあ、休憩中を邪魔して悪かった」
「えー、もう行っちゃうのー?」
青年はつまらないと言わんばかりの表情になったが、鈴木はそれを無視した。
「張り込みがバレていたのなら、仕方がないからね。今日はもう疲れたし、また新たなネタを集めにいくさ。まだまだネタはあるんだ」
ネタはあるというのは、鈴木のちょっとした強がりだった。
正直、なくはないけれど、記事にするほどの大きなネタは手に入れていない。
「いいじゃん、もうちょっと話そうよ!!一人で休憩って結構寂しいんだよ?」
そう言って、青年は鈴木の腕を掴んだ。流石ヒーローになれるだけあって力が強い。
鈴木が振り払おうとしても、全く動かなかった。
「勘弁してくれ。俺はもう疲れているんだ」
「僕との会話、ネタにしていいからさー!」
この会話をネタにした所で、何も面白くない。
鈴木はため息をついた。
「申し訳ないけど、俺は君のように体力や気力が化け物級にありあまっている訳じゃない。それになんだか今は気がのらないんだよ」
「そんなこと言わないでよ!!ヒーローの試験についてとか、詳しく話せるよ?」
「いいよ別に・・・腕を離してくれないか?結構痛い」
「ああ、ごめんごめん」
そう言って、青年はようやく鈴木の腕を解放した。
鈴木の腕にはしっかりと掴まれた跡が残っている。
鈴木は内心、目の前の青年に呆れていた。
ヒーローの中でもブルーは自由人だと聞いたことがあったが、まさかここまでとは思っていなかったのだ。とにかくドッと疲れが降りて来たので、鈴木は青年に背を向け、歩き始めた。
「そうだよね、君はヒーローの試験についてわざわざ僕から聞かなくてもわかるよね」
その青年の言葉に、鈴木の足が止まる。
「受験番号20653番、君は第136回のヒーロー試験で、唯一、合格を取り消された人だよね」
鈴木は青年の方を振り返った。
青年の表情から、先ほどのふざけた感じが一切消えている。
「ねえ、もう少し、お話したくなった?」
「いや、ますます話す気はなくなったよ」
鈴木は冷たく青年を突き放す。
しかし、
「・・・これ、君の大事なものなんじゃないの?」
青年の手には、鈴木が大事にしているカメラが握られていた。
「い、いつのまに?!」
「もう一回、聞くよ?僕と、もう少しだけお話したくなったでしょう?」
青年が笑っている。
「ヒーローのくせに、性格悪いんだな。世の女性陣が知ったら、幻滅されるぞ」
鈴木は悪態をついたが、青年には一ミリも効いていない。
「ふふっ、ここには君しかいないから大丈夫だよ」
鈴木は大きくため息をついてから、先ほど座っていたベンチまで戻った。
もはや帰るという選択肢は残されていなかった。