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いつもと変わらぬ土曜日だったはずなのに

 今日はなんの変哲のない土曜日。

 ショッピングにデートや家族サービスなど、学業や仕事で奪われた時間を取り戻そうと町には人々はあふれかえっていた。

 そんな人々の喧噪(ノイズ)の中、砕氷学園さいひょうがくえんに一番近い喫茶店のテラス席で、俺は読書に勤しんでいた。

 土曜日は最高だ。

 月火水木金土日と7日間もある1週間の中、俺は土曜日をもっとも愛している。

 どうして?と理由を問われれば、俺はこう答えるだろう。「休日だから」だと。

 「日曜日でもいいのでは?」という問いには「なんとなく」とはぐらかして本当の理由は答えない。

 前述したとおり、土曜日であるこの日も、いつものように喫茶店のテラスで優雅にお茶を飲みつつ読書していた。

 ……このままだと俺のことを意識高い系であると勘違いされてしまいそうなので、とっとと白状しよう。

 べつに読書がしたくてここにいるわけではない、ある目的のためだ。

 なぜこんなモノローグを垂れ流しているのかといえば、この変哲のない土曜日と思われた日は、俺にとって人生のターニングポイントだったからだ。

 とうぜん、この時の俺は何も知りはしなかったが。

 なんども言うが、今日は土曜日。

 4月もそろそろ終わりを迎え気温も暖かくなっているとはいえ、多くの人々が行き交う街路に面するテラス席は人気が無く空席が目立つ。だが俺はそんなテラス席をこよなく愛している。

 もう2時間くらいここにいるだろうか、俺の手元には、本屋のロゴが書かれた紙製ブックカバーに包まれた文庫本が1冊。テーブルには1杯300円のコーヒーと紙ナプキンだけがある。

 コーヒーをチビチビと飲んではときおり目の保養として人々の方を見ては目を文庫へと戻す。

 そんな行為を何度も繰り返している内に、目的が目に映る。 


 「あれは……」


 見知った顔の人物だったため、つい口に出た。

 目に映ったのは、まるでお揃いのように砕氷学園テニス部のユニフォームに身を包みラケットバッグを肩から下げた2人の少女。

 1人は長身で黒髪を腰まで垂らしている。彼女の名は百合鴎(ゆりかもめ)椿姫(つばき)。俺と同じクラスである2年A組に在籍する生徒だ。同じクラスってだけでろくに会話はしたことないのでクラスメイトだと紹介しなくてもいいだろう。

 もう1人は身長だけでなくどこもかしこも小柄なツインテールの少女。見たことがないが同じユニフォームを来ているということは百合鴎の部活仲間だろう。

 周囲に人が居るのに2人がいる部分だけが輝いているように俺には見える。文庫に目をやるよりよ彼女たちを見る時間のほうが増えた。なぜ他の人たちが2人の輝きに目を奪われないのかが不思議でしょうがないくらいに。

 2人は俺に見られていることなど気づくわけもなく、和気藹々と会話しながら駅の方へと向かっている。見ていられるのは1分にも満たないが、これでコーヒー代300円は安い方だ。

 いいものを見せてもらったと2人に感謝をしたい。これだからここのテラス席は良いものなのだと喫茶店のマスターに感謝と謝罪の言葉を送りたい。

 さて、なぜ謝罪を伴うものなのかといえば……こうしてここにいるのは、不純な行為のために居座っているからに他ならないから。

 ぶっちゃけよう。土曜日が好きなのは「日曜と違って部活帰りの生徒が多いから」だと。

 もう1つぶっちゃけると「女性と女性が仲つつまじくしている姿」を拝むためだけにここにいた。

 つまり俗に言う、百合、を目当てに。

 「ただの女性には興味はない。女には女がいてこそ輝く」が俺のモットー。

 2人はただの先輩後輩の関係で百合に達していない可能性のほうが大きいが、そんなの気にしない。俺が百合だと思えば百合。どうせ百合なんておとぎ話でしか存在しないもので現実にはありえないのだし。

 

 「ふふ……」


 このわずかな至福の時間を噛み締めるも2人の姿につい笑みがこぼれる。

 もし1人だけだったらこぼれやしない。

 いつからだろう?こうしてここにいるのが俺の日課となっていた。異常な趣味だとは自分でも重々承知しているんだ、誰にも言うわけがなかった。

 2人の後ろ姿しか見えなくなっていきもうすぐ見納めになる頃だった。


 「ねえねえ君たち今ヒマ?」


 髪を茶色に染めた3人組の男(見た感じ大学生かそれ以上だろう)が百合鴎とツインテ少女に声をかけた。

 百合鴎ともう1人は困ったようなそぶりを見せているので、おそらく男は初対面の他人……きっとナンパのたぐいだろう。

 まったく、2人の間に入ろうだなんて無粋なやつらもいたもんだ。

 俺はこういう輩が嫌いだ。たしかに2人は美しくて近寄りたい、でも近寄る輩は電灯の光に群がる蛾のようにしか思えない。ハチミツに少しのドロが混じるだけでそれはドロと化す。


 「俺たちとお茶しない?ねえ?」

 「申し訳ございませんが、私たちこれから予定がありますので」


 丁寧な百合鴎の返答。


 「いいじゃんいいじゃん、その予定ってのに俺たちも混ぜてくれよ」


 百合鴎は拒否するも男がグイグイと諦めようとしない。

 誰がどう見ても百合鴎が困っているのは明らかでトラブル案件だが、周囲の人たちはチラ見するだけで何もせず見て見ぬふり。自らトラブルに突っ込んでいくやつなどいない、今のご時世らしい処世術だ。


 「いいっしょ、いいっしょ、俺たちがおごるからさ」

 「ちょっと、やめてください!」


 ついにしびれを切らしたのか、男の1人が百合鴎の手首を掴んだ。

 !?

 話しかけるだけならまだしも、触れるとは言語道断だ。

 傍観者としてあまり介入はしたくないが、致し方ない。

 俺は咄嗟に立ち上がって駆け足で近寄ろうとするが、遮られ、歩みを止めた。急に男達にビビったからじゃない。


 「先輩から手を放してください!」


 ツインテ少女が啖呵を男達相手にきったからだ。

 どうやら俺の出番ないようだ。

 しかも男の腕を叩いて、百合鴎への拘束を解除した。


 「イッて!なにすんだ!?」

 「行きましょう先輩、こんな人たちなんて放っておいて」


 小柄なくせに勇気があるな。

 自分よりも大きな相手に簡単にできることじゃない。賞賛に値する行動だろう。だが勇気と無謀をはき違えていることに彼女は気づいていない。


 「ああん!?なんだこのクソチビ」


 叩かれた男はすぐさまツインテ少女の腕を掴み上に軽くひっぱりあげ、眼孔で威圧する。


 「いっ、痛い……離して!」

 「やさしくしてたら調子に乗りやがって、てめえみたいなチビなんざワンパンで沈めることくらい容易いんだぞ」

 「暴力でなんでもかんでも解決できると思わないでください」


 少女もまた睨み返す。

 手を離させようと腕を振るうも、残念ながら体格差からして敵うことはなかった。


 「おいこいつどうしてやろうよ?」

 「せっかくシャレオツな茶店で仲良くしようと思ったのに興が削がれちまったよ、俺ん家でパーティーでもしようぜ」

 「いいねいいね、他のやつらもよんでやろうぜ。こっちのおチビは貧相だが、こっちのは上玉だ」

 「おい嬢ちゃん、このおチビが大切なら黙って俺についてこい。おチビもだ、大人しくしねえなら黙らせっぞ」


 ゲスな笑みを浮かべる男達。

 このままでは2人は連れ去られてしまうだろう。

 「なにがあったのか」と周囲に人だかりができるも、誰も2人を助けようとしない。こんな事態になっても手助けをしないとは。

 これが当然の反応なのだろう。

 好き好んでトラブルに頭をつっこむやつはいない。


 「手を離せ、彼女たちが困ってるだろ」


 そう言いながら俺は、ツインテ少女の腕を掴んでいる男の逆の腕を掴み上げた。

 俺は結局ただの傍観者でいられなかった。


 「なんだ急に現れやがってテメェ?ああん?調子にのってんのか兄ちゃんよ」

 「あんたたちこそいったい何なんだ?」


 メンチを切られるも怯むこと無く言い返し睨み付ける。ツインテ少女だってやったんだ、男である俺ができなくてどうする?それに、こういう輩の対処にはなれてるからな。

 互いに睨め合いが続く。ここで引くわけにはいかない。2人からこのバグを排除せねばならんのだ。いざとなれば武力行使もいとわない。それだけの覚悟が俺にはある。


 「暴力でもしようってか?兄ちゃん?さきに俺らに手を出したのは兄ちゃんだぞ?俺らが殴っても正当防衛ですむよなぁ?」

 「こいつらに先に手を出したくせに、いまさら被害者面か?べつに暴力でシロクロはっきりつけようが俺は構わないが。だがな、こんだけギャラリーがいるわけだし、警察はどっちの味方をしてくれるだろうな?それに女性のほうが発言力が強いことくらい知ってるだろ?正当防衛にはできないぞ」

 「ちっ、しらけさせてくれるぜ」


 睨み合いはわずか数秒にも満たなかったのだろうが、体感的には5分くらいには感じた後、男がツインテ少女の腕を放す。俺も腕を放すと、そのまま3人の男は諦めて唾を吐き捨てて去って行く。

 周囲の人から好奇の眼差しが俺へと飛んでくるが、すぐに霧散する。人の興味なんてそんなもんだ。

 さてもうここにはいられないな。帰って妹とゲームでもしよう。


 「野間(のま)くん……野間琉生(るい)くんだよね?同じクラスの」

 

 百合鴎から俺の名が出た。しかも下の名前まで覚えられていた。

 

 「まさか俺の名前を知ってるだなんて、ああそうだ。そっちは百合鴎さんで合ってたかな?」

 「うん百合鴎椿姫。覚えててくれたんだ」

 「まあな」


 少々白々しい答え方だっただろう。

 百合鴎の家は大企業の創始者一家であり、学園だと高嶺の花だともっぱら有名な人物だ。他クラスであろうと知らないわけがない。


 「ありがとう野間くん、助けてくれて」

 「いいさ。親父には困っている人を見捨てるなと教わっているからな。それに同じクラスだし」


 ちなみに親父から言われたことからニュアンスを変えていた。

 厳密に言えば「困ってるやつを見逃すな」だ。

 「困ったやつは恩を売っておけ、とくに顔見知りにはな」そう父はよく語る。小さな会社ではあるが社長をしている親父は、何でも誰でも利用することが得意である。


 「そっちの子は……平気?少し怖かっただろうに」

 

 ツインテ少女のほうを見るも、


 「……」


 プイッと顔をそらされる。

 嫌われるようなことをしたか?まあ、さっきまで男から脅迫されていたのだから、同じ男というだけで怖がられてもしょうがないか。

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