第83話 7つ目のフラグメント
Jは体が自由に動くようになった後、すぐにシスネに話しかける。
『地下世界に突入する。』
「了解いたしましたわ。魔法をおかけします。」
シスネはJ達に向かって両手を広げ詠唱を始める。
「かの者に勝利の美酒を捧げよ。アニマリア王国の名のもとに、歴戦の勇士をしのぐ力を与えん。万物、魔法、人の身を超えた力、汚れなき世界の為に、我が魔力を解き放たん。ズィーク・アルマドゥーラ!」
Jたちにバフが掛けられる。パラメータが上昇する。Jの体の中から何か暖かいものがあふれ出す感覚を感じる。
「うむっこの感覚は……!力がみなぎるようだ!」
「体の心からぽかぽかする……!これは……?」
シスネはガクッと倒れそうになる。
「姫様!」
そこをハウンドが肩を抱きかかえて倒れるのを防ぐ。
シスネは肩で息をして息も絶え絶えな様子だ。
「これ……は……王家に伝わる秘伝の魔法です……!」
「シスネ!?大丈夫!?」
「ああ……お姉さま。お優しいですわ……大丈夫……疲れただけです……」
「この魔法は姫様の魔力を全てを力に変換し対象に付与する高等魔法。姫様は一時的に魔力切れを起こしているのです。では、私は姫様を寝室にて休ませるため、失礼。」
――これで永続バフがかかった。
「シスネ……ありがとう……さぁ行きましょう。レーヴェリオンを打ち倒しに!」
Jたちは軍議室を後にする。マウガンとロージナをドールハウスに入れ、軍議室を出て左に進み、王城の外を目指す。道中の螺旋階段を降りるときにメイドとすれ違うと、メイドはJ達に向かって会釈をし、回廊を過ぎるときに兵士とすれ違うと敬礼をしてくる。
――敵だったのが味方になると気分がいいわね。
――同感。
Jは道中の窓を開けそこから飛び出す。雨どいを伝って下に降り、王城の屋根の上を走って裏口へと進む。
裏口に行く途中、中庭の中央にあるオベリスクに向かってJは寄り道をする。高さ15メートルほどのオベリスクの頂上には白く光るフラグメントがふよふよと漂っていた。
Jはオベリスクの壁に付いた溝に手をかけ、上方へ登っていく。そしてものの数秒で頂上に到達し、フラグメントに手をかけた。
途端に、Jの目の前が暗転し、場面は既に見たことのあるどこかのオフィスだった。だがどこか様子がおかしい。
オフィス内は暗く、奥に見える壁面下部の常夜灯がぼんやりと光っているだけで、蛍光灯は消えたままだ。そこには以前、眼鏡をかけ魔法陣のような首飾りに、黒のタートルネックの縦セーターに白衣を来た黒髪のロングヘア―の地味子「沖兎月音」の姿はない。それと、以前に比べて視界が低い気がする。すると、金髪で日に焼けた褐色の肌が白衣を身に纏ったギャル子「亀井日葉」が画面外から走ってきてこちらを持ち上げる。それに伴い視点が高くなる。
「ねぇ!月音がここに来なかった?」
日葉は息を切らしながらこちらに向かって問いかける。誰に話しかけているのだろうか。
「いいえ、日葉。月音はここには来ていないわ。」
ヌルの声だ。日葉はヌルに向かって話しかけている。
「もぉ~!こんな時に月音はどこに行ったのー!」
日葉は憤慨する。自分たちに残された時間はもう後わずかだからだ。
「おい!こっちを探せ!」
「了解!ターゲットは見つけ次第……」
男たちの声が聞こえる。日葉は慌ててこちらを見てキーボードをカタカタと打ち込む。
「頼むよー!誰でもいいから!受け取って!」
エンターキーを押すのと同時に、日葉の後方のドアが蹴破られる。
「ヤバッ」
日葉はこちらを抱きかかえると机の下に隠れる。
「日葉?何があったのですか?」
「ちょっと黙ってて!」
日葉はヌルに向かって口を紡ぐように制止する。
そして数秒の沈黙の後、視界外から月音の声が聞こえてくる。
「いや!離して!触らないで!」
「応答せよこちら!J-5、ターゲットを確保!だが目的のものは持っていない!ぐぁッ!」
「月音から離れろぉおおおおお!」
パンッと乾いた発砲音が聞こえてくる。
そしてJの目の前が暗転し、明転する。気が付くとJはオベリスクの麓に立っていた。
――え?なにこれ、今までとテイスト違うんだけど何かの撮影?というかヌル居たよね。
――記録には残ってないわ。私の初めてはJだったのよ。
――なんか言い方が気になるけど、これゲーム会社の記録だよね?最後に聞こえたのって銃声?え?事件じゃん。
――私も気になるわ。
――ゲームのシナリオが進むにつれて映像記録の時間軸も進むみたいだ。これは次のフラグメントも回収しないといけない気がする。
――ええ、私からもお願いするわ。
Jはその場に立ち尽くし情報を整理する。そしてしばらく経った後、ひとまずこのゲームをクリアして脱出してから考えようとそう判断した。




