第95話 世界は広い
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相手を殺すつもりは無い、ただ6人に危害を加えようとしてきた奴らを元の道に帰し、怖さを思い知らせたかっただけ。「シャリアの6人を襲ったらどうなるか分かるか」というのを体で教えただけ。
未だに取引相手に裏切られたことにショックを受けている6人に対して、俺はそっと声をかける。
「世界は広い、君たちを必要としている場所だってある」
シャリアの拠点に入れてもらい、彼らの話を聞いた。が、俺は全てを知っている。5人がストーズ出身で、ジェスだけセントリー出身。彼は優しく、ストーズ出身の5人と共に活動していくことを決意した……というところまでは。
それにしても、ジェスとユーゴが俺の目の前で喋っている。彼らは俺のいた時間帯では死んでいたから、こうやって会話している姿を見ると涙が溢れそうになる。
過去の世界であるだけで、彼らの好物だったり仕草だったりは何も変わっていない。俺が異端な存在なだけで、6人からすれば普通の光景なんだよな。あくまで俺が違う存在なだけで。
まず魔王をこの時間帯に討伐したことによって、俺が考える"元の世界"というのが存在しなくなった。ユーゴとジェスを失い、村長もウィドウも失い、デリーシャのメンバーの魂が俺の中に入っている世界。ティナと結婚してランが生まれた世界……俺が追放された世界。
それら全ての出来事を覚えているのは、全ての世界の中で俺だけになった。異端な存在として世界全体から弾かれたのだ。もう俺にやることはない、目の前の彼らを救う以外には。
「----で、俺たち6人に何の用がある」
見知らぬ人に助けられたかと思いきや、目の前にいるのは家の扉を破壊した謎の黒いローブを着た男。その男は6人に用があると言う、この時点で怪しいが……俺はもう少し怪しいことを言う。
「君たちは飲み込みが早い。3日間だけ時間をくれ」
それだけ伝えて、6人を外に出した。
今から戦闘に使うための技を無理やり覚えさせる。たった3日間で、教えられる全ての技を詰め込むつもりだ。対モンスター用の技でもいいし、対人間用の剣術でも格闘術でもいい。この世界でも彼らは飲み込みが早いから、簡単に教えることができたのだが。
「何で俺たちにこんなことを教えるんだ」と聞かれれば、俺は自信満々に「君たちが必要だから」と答える。俺はお世辞でもなく本当にそう思っている、彼らの運動神経は抜群な方だろう。それに頭脳を使って冷静に分析できる者もいる。
ただ肌の色とか出身国が違うだけ。
世界には出身国や肌の色を気にせずに、全てを受け入れて活動する団体がある。確か飛行船も持っていたな、数年後にはなるが顔を変える不思議な仮面もあったような。
「治安兵士という団体がある。そこは君たちを歓迎してくれる場所だ」
3日目、俺はそれだけ伝えて彼らの前から去ろうとした。が、もちろん止められた。やはり不審な男には変わりがないから。突然謎の職業を勧められたと思ったら、そのまま理由も説明せずに去ろうとするのだから。
「せめて名前だけでも教えてほしい」
「何で俺たちに優しくしてくれるんだよ」
彼らは次々にそう言ってくる。俺の行動原理は、ぶっちゃけ俺でも理解していない。ただ動きたいからそうする。彼らには優しくしたいとかじゃなく、彼らには正しい道を進んでほしいから、優しく教えているだけ。
世界は広い、ポリスタットとシティストの2つの都市以外にも、国は違えど沢山の都市がある。都市の数だけ人がいる。100人中1人でも、彼らを欲しがる人はいる。治安兵士なんていい例だ、ジャラだってストーズ出身だし。
ただ名前だけなら彼らに言おう。
「俺の名前は……ノーマッドだ」
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それだけ彼らに伝え、俺はその場から去った。その直前にジェスからリンゴを貰ったから、今はそのリンゴを食べながらバベル城の近くを歩いている。
さて、俺はこれからどうするか。
ぶっちゃけ名前を隠して、シャリアに加入することもできた。そのまま仮面とローブを使ってノーマッドに改名し、謎のパーティーとして一世を風靡することもできた。しかし上手く事が進むとは思えない。俺がいた世界と同じ展開になるとは思えない。
それなら俺も分からないような展開にする。そうして好きに人生を歩んでもらいたい。下手な介入はしないように、でも生きててもらいたかったから、方法と選択肢だけは与えた。さっきの6人も、デリーシャの4人も。
だから俺は……どうしようか。適当な名前でも付けて普通に生活を送るか。それとも未来に戻って……も誰も俺のことを知らないか。じゃあこの世界に残って、飲食店でも開こうか。または討伐者を育成する学校のコーチにでもなるか。
治安兵士に入るのもいいし、時の石を保護していたアイとウィドウに会うのもいい。何にせよ俺は自由となった、何をしてもいい。でも何をしても元の生活は帰ってこない。だからこそ絶望的な空虚感に何度も襲われる。リンゴを手にしてバベル城の周りを歩くだけでも、心は蝕まれていく。
と、ここで俺は力を試したくなった。
目の前には高くそびえ立つバベル城。これのてっぺんに登ってみたくなった。やることもないし、誰も俺のことを見ていない。もはや好奇心だけ、好奇心以外に俺の体を動かす物は無かった。
人気の少ない所に移動し、リンゴの芯をその場に捨て高く跳べるように念じる。少し考えるだけで体は軽くなった。それで助走をつけて塔の前で高く飛び跳ねる。
すると俺は、誰よりも高く跳んでいた。
壁を駆け抜けることもできる。垂直な塔の壁を走って、風を切る。あっという間、塔のてっぺんに辿り着いたのだった。力の石のお陰なのは分かっているが、こんなこともできるなんて……俺は無敵じゃないか。
バベル城の頂上からは、ポリスタットの全てを見ることができる。下を見れば商店街があり、賑わっているのが分かる。少し遠くを見れば住宅街があり、何なら子供たちが鬼ごっこをしているのが見える。
更に遠くを見れば郊外で、空き家がいくつも並んでいる。その中にシャリアのメンバーと浮浪者が住み着いているんだろう。そこから遠くは霞んで見えにくいが、シティストのハロス城の塔がうっすらと見える。
魔王との戦いでハロス城を、バジリスクとの戦いでバベル城を破壊されたから、この景色を見られるっていうのは不思議だな。
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