第88話 全て終わった
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魔王を討伐し終えてまず向かったのは、仲間もいる場所ではなくウィドウの亡骸が置かれていた場所。彼は呪文を唱えるのに必要な生命エネルギーを消費し過ぎて亡くなった。外部的な損傷を受けた訳ではないが、どうにか俺の力で治せないかどうか試してみた。
結果、無理だったのだが。
フードとローブを取ってウィドウの顔や背中、胸などに手を当てるも何も起こらない。さっきのように白い光に包まれるとかもない。外部的な傷を負った者か、死んだばかりの人しか助けられないのだろう。そう1人で納得し、皆の元へ戻った。
彼の顔は初めて見たが、もう二度と忘れないだろう、それくらい顔に笑みを浮かべていた。生命エネルギーを失って死んだとは思えない程に。会えるならウィドウに伝えたい、魔王は倒したぞ……と。
続いてユーゴの亡骸も探そうとしたが、魔王との戦闘によって地面は割れていて探しにくい上に、彼はマーナガルムに噛まれて死んだため、確実に俺の力で生き返るという保証は無かったから探すのを諦めた。
それで彼らの元に戻り、全てが終わったことを話した。自分の手で魔王を討伐したこと、光り輝く剣が魔王の心臓を突き刺したこと。それら全ての感覚が俺に伝わってきていたことまで。
異世界の門から黄色く光る雷が、まるで俺を助けるかのように大量に降り注いできたことも忘れずに。あの門、魔王が俺の魂を手放したくらいから消滅していた。宙に浮かんでいた門、俺にも開けられないものだろうか。
「俺たち、世界を救ったのか?」と、何となく状況を理解し始めたタイガが聞いてきた。「そうだ」と答えるしかないが、彼は驚くばかり。
それ以前に状況を上手く読み込めていないジュリーとシータを他所に、ホークとジャラは状況を理解した上でこれからどうするべきか話し合っていた。アイはウィドウの亡骸を抱え、どこかに運ぼうとしている様子。止めはしないが、どこに行くのかだけ聞いてみた。
「安全な場所です。ティナさんも向こうで待っています」
そうだ、ティナはどこにいるんだっけな。別の俺が瞬間移動の呪文を彼らに教えた場所だったか。別の俺の招待なんて未だに分かっていないし、それよりもまずはティナに会いたい。それだけでいい。
「……待って。行くのはいいけど、質問がある」
そう言って俺を呼び止めたのは、ホークだった。彼は辺りを見渡して指をさしながら、ある言葉を発した。
「これからどうするべきなの?」
これからって……俺はティナに会いに行く。それで今までのことを全て話して……どうしたらいいんだ。ランはもうこの世には存在しないし、頼れる人も全員魔王に殺された。これからはどうやって生きたらいいんだ----
「その話じゃない、もっと規模の大きい話。僕ら以外に生き残っている人は何人いる?」
……まだ見ていない。まず近くで生き残っている人は絶対にいない。ここにいるのは俺・タイガ・ホーク・アイ・ジュリー・シータ・ジャラ・治安兵士のメンバーであるベンの8人だけ。それでシティストは全て魔王に焼かれた。
魔王の視点で数十人くらいが生き残っているのが見えたが、彼らは奴によって召喚されたモンスターによって爆破されたり瓦礫に埋もれたりして殺された。建物も倒壊していくのが見えたし。
「シティストに暮らしていた人達は全員魔王に殺された。ポリスタットもツェッペリンも荒らされたのなら、主要都市は壊滅……石の力で治せない?」
……そんなことを急に言われても無茶だ。石の力がどんなものか分かっていないのに、急に「主要都市を復活させて」とか「大勢の犠牲者を復活させて」とかは無理な話だ。第一、ウィドウを助けられなかった。死にかけのジュリーは助けられたのに、傷のないウィドウは助けられなかった。
それで建物を力で直したことなんてない。建物の改築とかはよくウェール村で村長の代わりに手伝っていたが、石の力とかよく分からないことには変わりないんだから。
じゃあどうするべきなんだ。
「1つだけ策があります」
そう口を開いたのは、ウィドウの亡骸を抱えていたアイだった。彼はウィドウの亡骸をまた地面に置き、腕輪をこすりながら話し始めた。
「もう一度過去に戻ってもらいます」
もう一度過去に戻る……またあの時と同じことをするのか。あの時は勝手に過去の記憶を覗き見しただけで、過去に干渉することはできなかった。二大賢者が殺される前に戻ったのに、俺が過去に干渉できなかったせいで、彼らは儚く無惨に殺されていった。
デリーシャメンバーの4人が揃っている場面にも戻ったが、魔王の侵攻は止められずに結局4人を死なせてしまった。もしあの時点で過去に干渉できていたら、彼らの人生もまた大きく変わっていただろうに。
「前は肉体的干渉でしたが、今回は精神的干渉で行きます。時の石は貴方の中にあるので、いつでも戻ることができますが」
そうだったな、久々にその単語を聞いた。過去に遡る種類として、肉体的干渉と精神的干渉の2つがあった。どちらが過去に干渉できてどちらが干渉できないか分からなかったため、肉体的干渉を選んだが結果はダメだった。
だから精神的干渉で行けば干渉できるのではないか、という予想を立てているらしい。2択だから外すことはないだろう、しかし本当に干渉できるかどうかは分からない。
もしかしたら彼が知らないだけで別の干渉方法があるのかもしれない。以前も彼は「どちらが過去に干渉できるのか分からない」といっていたし。どちらにせよ不安なんだ、間違いない。だが行動はする、俺の中に時の石が入っているのなら、実際に過去に戻れるのは俺だけだろう。
でも、まずはティナに会いたい。そこで勇気と希望を貰いたい。彼女の存在があったからこそ、ここまで頑張ってこれたのだから。ウェール村での彼女との出会いは実は運命でもなく、作られた必然的な出会いだったがそれでも俺は運命だと思っている。そのくらいに、彼女は……そういう存在なんだ。
願いを聞いてくれたアイは俺に対して「15分だけですよ」と言い、瞬間移動の呪文を唱える準備を始めた。もちろん、これが終わったらすぐに過去に戻る。
過去に戻るのが怖くてティナの元に行く訳じゃないからな。そこだけは分かっていてほしい。彼に持っていた腕輪を全部渡し、空間と空間を繋いでもらった。
「前に歩き出せば瞬間で目的地に移動できます」と教えられたが、これと同じようなことを既にウィドウから習っている。もう扱いには慣れているんだ、と考えつつ1歩前に出ると、緑の光に包まれつつ景色が変わっていった。
ここがどこだか分からない、ただ「ティナのいる場所」とだけ伝えられた。が、近くに見えるのは倒壊しかけている木の小屋のみ。周りの木は全て焼かれているため、本当にポツンと小屋だけが存在している。もしやあの中にティナがいるのか、だとしたら危険だ、すぐに外に逃がさないと。
瓦礫をどかしつつ、中にいるはずのティナを探した。何度か瓦礫を動かす度に小屋が倒壊しそうになったが、それは腕で防いでどうにか保つように工夫した。しかし探しても、一向に彼女の姿は見当たらない。もう彼女は逃げたのかもしれない、と思い外に出ようとした瞬間、部屋の中からか細い女性の声が聞こえた。
この声はティナの声だ、部屋の中をくまなく探したところで服をしまう小さなスペースにティナがうずくまっているのが見えた。自分の持つ怪力で倒れそうな柱を支えつつ左手で彼女の腕を引っ張ろうとしたが、彼女は頑なに断る。
どうして……と思ったが、彼女の顔をよく見ると既に血だらけであった。どうにかそのスペースから彼女を出して様子を見てみると、モンスターに噛まれたのか腹部から大量に出血していた。彼女も腹を押えているが、一向に血の止まる気配はない。
俺も彼女の手の上からそっと傷を押え、さっきの白い光で治そうと必死に頭を働かせたが、特に何も起きなかった。ただ彼女のか細い声が耳に入ってくるだけ。「元気?」とか「楽しいことあった?」とか、今聞くべきことはそれじゃないのに、彼女はそうやって聞いてくる。
さっきジュリーを治した時みたいにだよ、俺に力を分けてくれ。それでティナの体を早く、早く治してくれ。どんなに願っても、彼女の体からは血が溢れるだけ。もう何も起こらなかった。
最期に彼女は「ごめんね」と呟き、この世を去った。血まみれの手を両手で握りつつも大粒の涙を俺は流していた。彼女の顔は笑っている、俺は彼女に最期まで何もできなかった。ただ俺の願いや頼み事を聞いてもらうばかりで、何も。
彼女の命を守ることすらできなかった。父親としても、一生のパートナーとしても失格だ。もう二度と……もう二度と。
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「どうした? 顔色が悪いぞ」と心配してくれる仲間を他所に、俺はアイに一言告げた。
「過去に戻りたい。精神的干渉で……今すぐ」
何で俺が悲しんでいるのか、目が真っ赤になっているのかは誰にも言わなかった。瞬間移動の呪文を唱えてくれたアイにも、一緒にノーマッドとして戦ってきた彼らにも。口に出すとまた悲しんで元に戻れなくなりそうだから。でも、脳内にいる4人は知っている。
「それでは行きます。プラオマ、パルマ、ストレンジ……カネテ・ツオダ……ローズ」
彼の呪文と共に意識が遠のいていった。もう何も考えられない、考えられるとしてもティナのことだけ。過去に干渉して、全ての元凶をぶっ潰すまでだ。
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