第77話 石に乗っ取られた
----------
「………………快感を得た」
遠くから地鳴りと共に低い声が聞こえる。これは魔王の声。だがもう奴の声を聞いている暇はない。少しだけ……考え事をしたいから。
「3時の方向にゴブリン6体、崖の向こうにマーナガルムがいる。飛び越えてくるから気をつけろ」
脳内にいるガルの声なんてもう耳に入れないようにして、俺は剣を腰に差しその場にひざまずいた。「何をしているの?」という声も聞こえるが、今は無視。1つのことだけを考えていたいから。
少し離れた場所からゴブリンの走る音と、スケルトンの骨の鳴る音、それと共にマーナガルムの崖を駆け上がる音が聞こえる。シータとジャラとアイがどこにいるか分からないが、希望はもう持てない。生きていることを信じていたいが……信じることはできない。
俺が最後の砦になったんだろう。
遠くの地で立ち往生しているタイガやホークやジュリーもいるが、彼らがここに辿り着くには数ヶ月とかかるみたい。それに俺が倒されれば、次は彼らが倒される。そもそも力の石と時の石を体の中に有する俺にしか魔王は倒せないし。
で、俺は今周りにいるモンスターを討伐すべきなんだが……正直に言うと、急に討伐する気が起きなくなった。魔王を許さないと心に決めたし、魔王をどう討伐するかも考えていた。
でも、それは無理なんだと気づかされた。
今さっきまで「俺が最後の砦だ」とか思っていたはずなのに、急に怖くなって急に戦う気が起きなくなってきたのだ。今すぐ逃げ出したい、この世から。もちろん俺が死んだらティナも死ぬし、向こうにいるタイガ達も死ぬ。
それでも、どうせ天国で会うんだから……もう少しで一緒じゃないか。急に怖くなってきたんだ、俺が全てを担うのに。
村長に「お前が全てだ」とか「お前が世界を救え」とか言われても実感が湧かなかった。が、実際に魔王を目の前にして、大切な仲間が奴の手下に殺されると……一気に怖くなった。
「マイト、早く動け」とガルの声が聞こえる。でも、もし魔王を殺したとしてもこの世界はもう終わりだ。地面は割れたし、世界全体がモンスターに囲まれているだろう。もうどうすることも出来ない。だからもう、うるさい。俺に命令するな。
「…………………………全て、終わったのだ」
魔王の声と共に、1体のゴブリンが俺の頭に向かって棍棒を投げつけてきた。俺はそれを避けようともせずにガツンとまともに食らう。するとたった一発で俺の意識は遠のいていった。
----------
……ここはどこだろうな。天国か、俺はやっと死ぬことができたのか。死にたいとは思わなかった、ただもうこれ以上戦おうとは思わなかっただけ。これ以上戦えば頭がおかしくなりそうだったし、辛かった。
最後の砦だ……なんて思っていたはずなのにな。力の石と時の石を有する俺しか、魔王に立ち向かうことはできないのに。それなのに何で俺は立ち向かおうともしないんだろう。
まぁいい、死んだんだから。
辺りを見渡してみると、真っ白な空間の中にポツンと1冊の本が置かれていた。黒い表紙に「力」と赤い文字で書かれているこの本の中身を覗いてみるも、中身は何も書かれていない。これは何のためにある本なんだろう。本文の存在しない本なんて。
もう一度辺りを見渡してみると、今度は目の前にポツンとジュースの入ったグラスが置かれていた。橙色をしていて、飲んでみるとそれはオレンジジュースであることが分かった。だから何だ、というか天国では無さそうだな。
もう一度だけ辺りを見渡してみると、今度は力の石らしき赤い石がポツンと置かれていた。拾おうとした瞬間、それは赤く光り出し周りに大量のモンスターを生み出し始めた。
真っ白な空間の中には、俺とゴブリンとスケルトンとマーナガルムと、ハロークと巨人とバジリスクとリザードと……ガル。さっきまでは変な小物以外何も無かった世界に、一気に生物が増えた。そういえばさっきから頭の中にいるはずの4人の声が聞こえないな。
現れたモンスター達は俺やガルのことを襲おうとせず、その場に立ち止まっている。が、代わりにガルは俺の顔面を一発殴ってきた。「何をするんだよ」と怒りそうになったが、怒られるのは俺の方だ。俺が戦闘を放棄したから、彼もろとも死ぬことになったんだろう。
彼は続けて俺の顔面を二、三発殴ってくるが特に抵抗もせずにそのまま食らい続ける。やがて彼の手が痛くなってきた所で、やっと彼は口を開いた。
「何でお前は戦闘を中断した?」
彼はもちろん怒っている。激怒、憤慨、どの言葉でも表せない程に彼は怒っている。だが言い返す言葉もない。俺は戦闘をする気がなくなった。もし魔王を討伐しても世界は救われないし、死んでいった市民も復活しない。
このままなら魔王に……倒されて……自分で……討伐して……世界を……救う……あれ、何で俺はこんなことを考えているんだ。
……少しだけ待ってほしい。頭が整理できなくなってきた。
俺は何でこんな真っ白な空間の中にいるんだ。近くにはリザードやバジリスクといった上級モンスターがわんさか存在している。それに目の前にはガルの姿が、やっと外に出てくることができたのか。俺の脳内にずっと閉じ込められていたのに。
それで俺は……何をしていたんだっけ。魔王を討伐しようとして、それなのに目の前でユーゴがマーナガルムに噛まれて亡くなって……そこからの記憶が無い。気づいたら今、という感じだ。
「ソールを助けた時と同じ、お前は力の石に乗っ取られたんだ」
ガルは俺を起こしつつそう言ってきた。俺が力の石に操られたというのは、幼少期。盗賊団に絡まれていたソールを俺がこの手で倒した。それなのに俺は何も覚えていなかった。答えは簡単、力の石によって体が動かされていたから。それも無意識に。
「危惧していたことが起こった。お前は今、悪い方へと向かったんだ」
あの記憶を見た時に俺が最も恐れていたこと、それは「負の方向へ進む」こと。あの時は盗賊団を倒してソールを救うことができたが、もし逆だったら。幼いソールを痛めつけて、強盗団に加担することがあったかもしれない。
実際、今は誰も傷つけなかったが、代わりに戦闘を放棄して自分自身が死んだ。ゴブリンの攻撃を避けずにそのまま受けて、周りのモンスターにボコボコにされて----
「お前はまだ死んでいないぞ」
ガルは俺の近くでボソッと呟いた。俺はまだ死んでいない……もしそうなら、この真っ白な空間はどこなんだ。何も無い世界を作ることなんて普通は出来ない。不思議な呪文を使わない限り。
「簡単に言えば、お前の中だ。時の石が作用し、時が止まっている。魔王の中にいたように、お前の中にお前と俺がいる」
魔王の中に閉じ込められていたように、俺、マイト・ラスターの体の中に俺とガルがいる。深くは触れたくないが、それなら何で他のメンバーはいないんだ。どうしてガルだけしか人間はいないんだ。他はモンスター、直立不動で何もしてこないが。
「今は力の石に集中しろ。剣に付いている石を完全に取り込めば、不安定でなくなる」
----------




