第74話 全てを渡しましょう
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どうにか今すぐ、奴の眼球の真下に戻れないかウィドウに聞いてみたが答えは「無理です」とのこと。形状変化の呪文を唱え過ぎた結果、生命エネルギーを大量に消費してしまった訳だが何故か回復しないみたい。
「腕輪の限界度を超えてしまったのかもしれません。今まではアイと共に呪文を唱えていたので、こんなことにはならなかったのですが……」
やはり呪文について知らないことも多い。それは俺もそうだし、脳内にいるガルもそう。賢者の孫であるサタナもウィドウも例外でない。錬金術師の末裔であるフィンなんかもっと知らない。
オレンジ色に光る腕輪は徐々に輝きを無くしていき、やがてただの金属製の腕輪と化していた。生命エネルギーの使い果たした……のか、彼はぐったりとして横になっている。腕輪も光っていないし、彼自身も呪文を使えるような状態ではない。
力の石の力をどうにか扱えないものなのか。その力は無限大だ、若い俺やソールを無意識に動かすこともできれば、マーナガルムや緑の巨人・ハロークをいとも簡単に討伐することが可能。
生命エネルギーとの互換性とか詳しい話は分からないが、薪をくべてそれを燃料としているように、力の石を燃料として何かを動かせないだろうか。
……でも、ウィドウを無理やり動かすことはできない、してしまったら彼はそのまま倒れて死にそうな気がする。それくらいの状態に陥っている。もう目を開いていないし、呼吸はしているものの横になっていることすら精一杯。
流石にこの距離を走って移動するのは無理だ。フィンが頭の中で計算してくれたが、音の伝わる速さと眼球と心臓の位置関係から考えるに、その距離は2000kmも離れているらしい。
もし今いる場所がシティストのハロス城前だとしたら、もうセントリーなんて越えて、ストーズも越えてまた別の国に行ってもまだ足りないくらいに離れている。俺でもよく分からない、こんな長い長い距離を、たった呪文ひとつで瞬間的に移動したのだから。
でもその呪文はもう使えない。唯一呪文を唱えられる人間が今は昏睡状態に陥っている。叩き起したらその衝撃で死んでしまうくらいには疲れ切っているように見える。
それでもこのまま、ずっと何もしていないのも無理だ。何かしら行動に起こさなきゃ、どうにかしないと眼球の真下にいる彼らは魔王に殺されてしまう。アイをこの場所に呼ぶか? どうやって? 狼煙を上げようにも距離が離れすぎていて見えない。そもそも燃やす物自体近くには無いし。
前みたいに遠くの人と話せる呪文は使ってないみたい。距離が離れすぎていて、範囲外とか何とか言っていたな。だから彼らが今どうなっているのか、知る方法がない。どうすればいいんだよ。
脳内にいるガルに瞬間移動の呪文を唱えられないかどうか聞いても答えは「無理だ」とだけ。
「その『マーキュリ』をずっと唱えているが、何も起きない。それに何で俺はマイトの中にいるんだ。早く外の世界に出ないと彼らが死ぬんだろ」
……何も俺は知らないんだよ。結局、ツイン・ワンネスという呪文を唱えたのはガルだし、効果も何も知らないまま「世界を救う呪文」という情報を頼りに使ったのもガルとフィンじゃないか。
こうなるなんて分からなかった。それは村長に呪文を教えられたはずの俺も、それを使用したガルも、賢者の孫であるサタナも錬金術師の末裔であるフィンも。誰も何も知らなかったからこうなったんだ。
と、考えているのが何故か彼らには筒抜けであった。言葉に出していないのに、脳内にいるガルやフィンには心の声が聞こえているのか、彼らは次々と「ここから出して」と叫んで訴えかけてきた。
だから何にも分からないんだよ、魔王みたいに意識的に魂を閉じ込めているんじゃなくて、俺はただ呪文を……って、今は仲間割れをしている場合じゃないだろ。
そう考えていると「火種を作ったのは君だ」と脳内にいるフィンがボソッと呟く。確かに、これは何も言い返せない。だから何も言い返さず、何も思わないようにしてとにかく次の策を練ってみる。
と、今度は脳内にいるソールがあることを呟いた。
「マイト、お前の目……今赤く光っているぞ」と。
俺の目が赤く光っている? こうなるのは確か力の石と触れ合った時か、力の石の効果によって体が勝手に動かされている時。今もなお光っているとなると、力の石によって俺の体は勝手に……何かされているのか?
「気持ちを抑えて。このままじゃ魔王を前にして自滅してしまうから」と脳内のサタナが助言してきた。その通り、ツイン・ワンネスについてもマーキュリについても知らないのに、体の中に埋め込まれているはずの力の石についてはもっと知らない。5歳の時から共存しているのに。
なら、力の石に秘められている真の力を、俺たちの手で全て呼び起こしてやろう。制御してしまえば、上手く扱える。魔王もこれで倒せるし、呪文だって使えるはず。
力の石の付いた剣を地面に突き刺し、それを左手で押さえながら「マーキュリ」とずっと唱え続けてみる。脳内にいるガルもフィンも、呪文を使えないはずのソールもサタナも唱えている。
周りにいるタイガやホークに「何をしている?」と聞かれても止めずにずっと。力の石が持つ真の力を生命エネルギーに変換して、それで呪文を使う……というのが今回の作戦。これはフィンが考えた。
……ただ何分もずっと唱え続けていても、何故か何も起こらない。方法が間違っているのか、それとも時間が足りないのか。おそらくだが、前者なんだろう。じゃあどうすればいいんだ。
「……貴方に全てを渡しましょう」
呪文を唱え続けている時、背後から声がした。声の主は、生命エネルギーを使い果たして倒れているウィドウ。さっきまで横になっていたはずなのに、今はジュリーに寄りかかりつつも何とか立っている。
「貴方に生命エネルギーを全て渡します。全員を移動させることは不可能ですが、貴方だけでも送ることなら」
生命エネルギーを全て渡すって、死ぬってことじゃないのか。だって生命を動かすエネルギーって意味だろう、それを全て渡すっていうのは……死ぬってことなんだろう。
「力の石を持っている"貴方達"なら、アイも助かり魔王も討伐できるでしょう。他の皆さんは……すみません」
瞬間移動の呪文で移動できるのは俺だけ。だからタイガやホークやジュリーとはここでお別れとなる。悲しいが彼らは「すぐに追いつくさ」と言うだけ。俺を元気に送り出したいのだろう。
だが永遠の別れじゃない。
アイに送ってもらえばここに戻ってこられる。
「ありがとう、タイガ、ホーク、ジュリー」
彼らに別れを告げ、定位置に着いた。ウィドウはジュリーに寄りかかりつつも腕輪を全て外し、それを俺に付けるように言ってきた。それで「マーキュリ」と唱えれば向こうに着くとのこと。
さて、ここで名残惜しんでいても何も始まらない。向こうには大量のモンスターが居る。だから早く行かないと、向こうにいるアイもシータもユーゴもジャラも死んでしまうかもしれない。急ごう、また戻ってこられるさ。全てが終わったら。
「マーキュリ」
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