第60話 最後の砦
----------
魔王が何かを叫びつつ、奴から離れていった俺を踏み潰そうと走り出した。巨大な体で背も高いが、同時に巨大過ぎて動きがノロマだ。とは言っても、一般人ならすぐに追いつかれるくらいには速い。
しかし、相手は俺だ。奴は俺のみを狙っている。他の方向に走っていった人には目もくれず、俺に向かって走ってくる。で、俺は力の石を持っていて、足も強化されている。マーナガルムを討伐した時、モンスターより速く森を駆け抜けたように、魔王を前にして突っ走る。
「流石は力の石、ちっぽけな人間をここまで進化させるとはな!」
魔王は疲れ果てたのか、その場で止まってそう叫んだ。どれくらい走ったか分からないが、俺はまだ疲れていない。少し息が上がっているくらいで、まだまだ走れる。
今の間に、アイツらはグラップリングを使っている頃だろう。グラップリングというのは治安兵士が開発した新たな武器、物に引っ掛けるとガッチリと固定される。それを何本も使えば、高所に登ることだってできる。魔王を城から離した今が、絶好のチャンスだろうな。
それと同時に、俺の真上を飛んでいる飛行船にも連絡しておく。離れていても話すことのできる呪文を使った彼らを中継しているが、遠くの人と話せること自体が素晴らしい。
それらは置いておいても、彼らには辛い任務だろう。「自分たちはこれから死ぬんだ」と思いながら死ぬなんて、俺だって嫌だ。今すぐこの場から逃げ出したいだろうが、空にいるから逃げても地面に真っ逆さま、どちらにせよ逃げることなんてできない。
これも全て、魔王が悪いんだ。
「逃げてばかりで立ち向かおうともしないのか」と奴は何かをほざいているが、もう気にしない。早く作戦を決行しよう。もう何も考えたくない、魔王を討伐して全てを終わらせたい。
「その作戦とやらを決行する前に、私から言いたいことがある」
突然、ある女性の声が俺たちの会話に割り込んできた。この声は、治安兵士のリーダーであるジャラ・ウーの物だろう。さっきどこかに走っていったが、何をしに行ったのだろう。
それはそうと今、彼女の声は耳に直接入ってくる。魔王には聞こえていない様子、これは呪文を使って直接話しかけているな。基地に戻ってきたのか、それで何をするのか。
「この声はマイト・ラスターだけでなく、他の治安兵士メンバーやノーマッドメンバーにも聞こえている。これは作戦決行の合図ではなく、ただの独り言だ。だから気にせず続けてほしい」
彼女は今から何を話すのだろう。独り言とは言っていたが、本当に独り言ならわざわざ聞かせなくてもいいよな。とりあえず俺は魔王から逃げつつ、準備を始めておこう。
腰から小さなナイフを取り出して、それを右手で持つ。盾は背中に収納することができる、これもまた治安兵士の発明品。盾も右手に持っていた剣も全て背中に収納した後、俺は立ち止まってそのまま振り返った。
目の前には巨大な魔王が立っている。疲れているのだろう、魔王とはいえ生物なことには変わりないからな。俺は奴に小さなナイフを向けた後、奴に向かって走り出した。
奴にこんなちっぽけなナイフが効くとは思えない。でも、作戦のためには必要なんだ。少しでも奴の動きを止めることが。ちょこまかと動く人間を、奴は捕えられないだろう。殺せるものなら殺してみろ、俺が本気で殺してやるから。
「マイト・ラスター。その作戦は無茶だ」
ジャラの独り言が耳に入ってきたため、俺は攻撃を止めた。止める気は無かったのだが、止めるしかなかった。耳元で今から始めようとしているその作戦を「無茶だ」なんて言われたら止めたくなる。
と言っても、魔王は目の前。今動かなかったら俺が殺されてしまう。だから俺がその前に殺す。奴の足元に滑り込み、そのちっぽけなナイフで傷を付ける。
これくらいしか出来ないが、奴は巨人以上の体を持っている。足元なんて俺を踏み潰す以外に殺す方法は無いだろう。だがその前にお前の足を使えないようにしてやる。
背中に差していた普通の剣を取り出して、足に傷をどんどん付けていく。ナイフが奴の体に効くことが分かったのだ、なら剣でもできるだろう。奴の足とつま先を交互に斬っていく。ザクザクと、綺麗に斬れていくから俺も楽しくなってくる。
ああ、これが本来の力なのかもしれないな。
「その作戦では多くの犠牲を生む」
もう何も聞こえない。力に飲み込まれていくんだ、俺は。ザクザクと魔王の肉を斬っていくこの快感には耐えられない。
「しかしそれ以外の作戦は思いつかない。魔王を討伐するには、それしか無い」
……意外にも彼女は俺の無茶な作戦を認めているようだった。それ以外の作戦が思いつかないから、俺の思いついた唯一の作戦に----
「だからこそ治安兵士のメンバーへ告ぐ。私たちが最後の砦だ。ポリスタットを守る人間らはとっくの昔に逃げ出した。立ち向かえる私たちが、全てだ。頼む、生きて帰ろう」
彼女は涙ぐみながらそう言ってきた。何か返すべきなんだろうが、目の前の魔王に集中してしまい、何も言わないまま奴の足から剣とナイフを抜いて逃げ出した。
正常な判断が出来ているとは自分でも思わない。それでもやるしかないんだ、どんな道に転んでも、やるしかない。
----------




