第56話 元の生活に戻してやる
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「……マイト……マイト」
誰かの、女性の声が聞こえる。俺のことを「お前」とかではなく名前で呼ぶのは、あの人しかいない。家族で……俺の----
「マイト、しっかりして!」
俺はいつの間にか現代に戻っていた。時の石を保護していた地下室の、少し硬めのソファの上で俺は寝ていたみたい。それでティナがずっと付きっきりで様子を見ていたとか。
というか俺はここで時の石を埋め込まれて、さっきまで過去を見ていたんだ。それのせいか、頭がぼんやりする。今が何日で何が起きたのかも分からない。
「大丈夫だった? 顔色悪いけど、どうしたの?」と彼女は心配してくれるが、残念ながら話せるようなテンションではない。悪い気持ちが、自分の心の中に鍵をかけているようで、吐き出してしまうとそのまま俺も流されていきそうな感覚に陥っている。
「色々とあった。それよりも、他のみんなは?」と尋ねると、ティナは察してくれたのかそれ以上問うようなことはせずに、俺の質問に答えてくれた。
「外にいる」
「外?」
「外で魔王と戦っている。ノーマッドも、お孫さんも、治安兵士って人たちも」
どうやら俺が過去に戻っている間に、魔王が直々に姿を現してシティストを破壊していたらしい。そこに治安兵士が到着し、飛行船などの最新技術を駆使して戦闘を行っている。ノーマッドも賢者の孫達も、過去に遡っている俺を守るために戦いに行ったとか。
全ては俺にかかっていたんだ。それなのに俺は動けず過去には干渉出来ずに、ただ出来事を見守ることしか出来なかった。新事実もある程度判明したが、それ以上の不安に俺の心は犯され、蝕んでいく。
俺が俺じゃないみたいだ。そこまで、俺は今不安なんだ。
「ねぇ、マイト。他の人達は皆シティストの外に逃げた、私たちもそれに着いて行こう」
彼女は俺に逃げることを勧めてくる。そうなんだよ、ここは俺も逃げるべきだ。魔王に俺が捕まれば、世界は魔王に征服される。全ては俺にかかっているという責任感が俺を押し潰していくのだが、それは運が悪かった。
で、逃げるか逃げないか、俺が決めることになっている。ティナは逃げた人達に着いて行かずに、俺の前でずっと待っていた。俺のことを置いては行けないと言ってくれたみたい。有難いが、今どうするかなんて決められない。
俺は逃げるべき、だけどノーマッドや他の戦っている人たちを置いて行けない。俺も立ち向かって、魔王を殺してやりたい。デリーシャやティナの両親、村長やランの命を奪った暴虐な存在から逃げる訳にはいかない。
「一旦、外の様子を見よう。ノーマッドのメンバーがどうなってるか知りたい」と彼女に伝え、教会から出ることにした。さっきまで足が使えなかったというのもあってか、今も足が痺れている。このままじゃ普通にゴブリンと戦うのも厳しそうだ。
ティナに剣の入った箱を持ってもらって、足を引きずりながら地下室を後にした。
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教会の半壊した扉を開けた瞬間、衝撃波によって俺とティナは吹き飛ばされそうになった。俺が彼女の手を急いで掴み、教会の椅子で体を支えたから大事には至らなかったが、それでも何が起きたらこんな街中でこんな衝撃波が起こるんだ。
恐る恐るもう一度開けてみると、衝撃波は無かったものの、教会の周りに存在していたはずの建物まで無くなっていた。ここの立地にはそこまで詳しくないし来たこともないが、この教会は街の中にあると聞かされていた。
周りは草原だったか、とティナに聞いてみるも「来た時はこんなんじゃなかった」と返ってきた。ならば建物が丸ごと消えたのか、壊されたのなら瓦礫くらい存在するはず。
教会を出て周りをグルリと歩いてみても、建物が一切存在しない。周囲には教会以外の建物が一切見当たらないのだ。ティナは「頭がズキズキする」と頭痛を訴えていた。それは分かる、俺もだ。景色が明らかに普通じゃないから。
「見て……信じられない」
ティナの言う通り、太陽が沈む方向を見てみるとそこにはハロス城らしき三本の塔が残っていた。シティスト中心部との距離はそこまで離れていないため、塔くらいならうっすらと見える。
しかし同時に信じられない光景が目に飛び入ってきた。塔と同じ高さくらいの、紫色の体をした巨人が飛んでいる飛行船を破壊しながら、歩いているのを見てしまった。
ハロス城の真上を飛んでいる、あの治安兵士が保有している真っ白の飛行船が、紫色の巨人のパンチによって燃えながら地面に墜落していく様を、俺たちは目の当たりにしてしまった。
紫色の巨人といっても、巨人の何十倍は大きい。腕を掲げれば、それは雲にまで達するだろう。軽く飛びは寝れば、頭は雲を突き抜けるだろう。着地した時の衝撃波で、シティストは滅ぶだろう。それくらいの大きさだ。
巨人は少しずつ体を変形させていった。角を生やし、黄色い目に変えていき、牙も爪も鋭くなっていった。人間らしい体つきではあるものの、どこか新生物のような誰も見たことの無い未知な体へと変化していった。
これで分かった、ハロス城の前で暴れている巨人は……魔王だ。
ここからハロス城まで1kmは離れているだろう。にしても、ハロス城の近くに教会なんてあったのか。それは置いておいてもあれくらいの巨体なら、動きが鈍い。さっきのパンチを繰り出すのも遅かった。だから今のうちにティナを連れて逃げよう……とした次の瞬間、魔王がある言葉を発した。
「見えているぞ、力の石を持つ者よ」
魔王からはとてつもなく離れているはずなのに、鮮明に声が届いて聞こえる。力の石を持つ者、残っているのは俺しかいない。魔王のその黄色に光る目は明らかに俺の方を向いているように感じる。実際にはよく見えないが、痛い視線だけは感じるのだ。
「逃げる気か、ならば近くに置いておこう……レミノウ」
魔王がまた謎の呪文を唱えた瞬間、俺とティナは巨大な魔王の立っているハロス城の近くに来ていた。さっきまでは教会の近くに居たはずなのに、何故か今は魔王の目の前に。このままだと奴に踏み潰されてしまう……と思い、ティナから箱を貰って剣を取り出した。
奴は俺たちのことを踏み潰さずに、また呪文を唱えた後に話を始めた。
「レミノウ、この呪文は空間を破壊することができる。今はハロス城から教会までの道のりを破壊し、私との距離を無くした。しかしそれでは足らん、一旦戻すことにしよう。ユーノウ」
ユーノウ……と奴が唱えたことにより、俺はシティスト中心部に最も近い森に飛ばされた。その周りには治安兵士が基地を構えており、何とノーマッドのメンバーもそこで待機していた。
しかしティナだけは飛ばされずに、魔王の足元に残っている。何でだ、魔王は何故ティナだけを残したんだ。
「……この女子は人質として貰っておく」と奴は言い、ティナを呪文でふわっと浮かせハロス城の真ん中の塔のてっぺんに置いた。人質だと、ティナを人質にするつもりか。ふざけるな、ならどうしてろって言うんだ。
「戦うのだ、私と。私が勝てば世界を征服、お前らが勝てば元の生活に戻してやる」
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