3話 針の筵
「魔王様、これはいったい、どういうことでしょうか?」
後ろから、巨大なハルバードが首に当てられ怒りを押し殺したような声が聞こえた。
そんなことこっちが聞きたい。
てっきり俺は『Truth story』の最初と同じく人族側の『ファンタズム』に召還されるものだと思っていた。
そもそもどこのゲームが主人公を最初から敵地のど真ん中に送り込むんだよ。
この流れだと俺、周りの連中から袋叩きにあって殺されるぞ。
このハルバードも見覚えがあるし、向けられている殺意にも身に覚えは無いが心当たりはある。
それよりも
「イザベラ。君の気持ちは痛いほど分かるし、今の状況はかなり想定外だがひとまずソレを下ろしてくれないかい?」
玉座に座るレイラの傍に控えている男装の麗人が柔らかい笑みを浮かべながら俺の背後にいるであろう女性を嗜める。
微笑んではいるものの、その赤い瞳は一切笑っておらず俺から視線を外さずに、その後ろ手には大鎌が握られている。
「何故人族の、しかも男が召喚されたのですか!?」
「まあ少し落ち着きたまえよ」
「この儀式は人族側の英雄に対抗すべく、魔族側の英雄を召還するための儀式であったはず!召喚は失敗です!今すぐこの男を殺し、次の策を考えねば」
「イザベラ」
男装の麗人が眼をわずかに細めて数段声を低くした。
ただでさえ周囲からの殺意で重苦しかった空気が更に重くなった。
「私の言い方が悪かったようだね。おとなしく武器を下ろして引っ込め。そう言っているんだ。我々にははっきり言って余裕が無い。そんな状況で貴重な戦力である『五本指』は減らしたくないし、君も不本意だろう?こんなところで死ぬのは」
「…ッ」
俺の首に当てられていたハルバードは下ろされたが、背中に浴びる殺気はよりいっそう激しさを増した。
これ、この場を切り抜けても殺されないか俺?
「いやすまない、いきなり手荒な真似をして悪かったね。私の名前はカミーラ。魔王様の相談役と言ったところだ。よろしくね。ところで君はいったい何者なんだい人族くん?まさかただの人族の雄ってわけじゃあないんだろ?」
物腰は柔らかいが返答次第ではあっさり『処分』されてしまうかもしれない。
それほど劣悪な関係なのだ人族と魔族は。
小さく息を吸ってからピカピカに磨かれた足元の床を見てそこに映る自分の姿を確認する。
19年間見てきた人相の悪い俺の顔に、装備はあのゲームをクリアした時点の物らしい。
いきなり素っ裸で放り出されなかったことに安堵しつつ、前を見据えた。
気合を入れろ、初っ端から正念場だ。
「俺は六英雄が一人『黒曜の英雄』ディアボロ。あなた方が誰を召喚しようとしていたのかは分かりませんが、よろしければそちらの事情を聞かせていただきたい」
俺はゲームの中の設定をそのまま使うことにし、名前も本名である『荒峰仁』ではなくプレイヤーとしての名前『ディアボロ』を使うことにした。
念のために自分の専用装備である英雄装備『エンドレスダーク』をすぐに展開できるようにしておく。
これは今俺が纏っている漆黒の鎧だが、状況に応じた形状に変形する優れものだ。
英雄の中でも俺にのみ使用できる特殊装備で、あのゲームの最初から最後まで様々な素材をつぎ込み、強化した物だ。
非常に強力なものだが過信はできない。
「つまり、召喚は成功していたのか?しかし……」
「ねえ」
声がするほうを向くと、左側で柱にもたれかかっていたエルフの女性が気だるそうにこちらを見ていた。
「一応聞くけど、あんた男だよね?」
「はい」
そう言うと目の前に光の矢が迫って来ていた。
ヂイン!!!
俺は即座に装備を片手剣に変形させ、それを打ち消し霧散させた。
あまりの威力に指先僅かにが痺れる。
「へえ…」
「これはこれは」
エルフは少し目を見開いた後にわずかに口角を吊り上げた。
カミーラは引き続き、こちらを値踏みするように見ている。
周囲からもざわめきが聞こえる。
今のは危なかった
あの金髪エルフ、確実に俺を殺しに来た。
ある程度は予想できていたことだったが、いざやられると冷や汗が出る。
当たり前だ。
平和な現代の日本で生きてきた俺は、今まで殺されそうになったことなんて無かったのだから。
感覚としては装備の展開方法が分かっていても実際に展開できる保証は無かった。
「……エヴァ、勝手なことをするな」
「恐れながら魔王様。仮にあの人族が私の矢で頭を吹き飛ばされたとしても、それならそれで良いではないですか。それはつまり儀式は失敗したと言うことなのですから。徒に時間を浪費するのは効率的ではありません」
「それを決めるのはお前ではない」
「……申し訳ありません」
ようやくレイラが口を開いた。
叱責されたエヴァはその場に跪き、頭を垂れていた。
「ディアボロ、だったか」
「はい」
「私の配下が勝手なことをした。悪かったな」
「お気になさらず、そちらにとっては必要なことだったのでしょう」
本当だよ。
部下の手綱はしっかり握っていてくれよ。
「お前は現状をどこまで理解している?」
「……人族の国『ファンタズム』と魔族の国『ヘルへヴン』は『境界の森』を挟み、長きにわたる戦争の真っ最中。お互いに勢力は拮抗しており、決め手に欠ける状況かと」
「……」
更に空気が重くなったような気がした。
間違えたか?
しかし、ゲーム内では主人公の登場がきっかけで徐々に戦況が人間側の優位に傾いていったはず。
であれば魔族側人族側で立場は違えど、互いに拮抗しているからゲームの序盤の状況は同じだ。
「概ね、理解しているようだな。話が早くていい」
ならなんで空気が重くなるんだよ。
あれか?『人族ごときと我々が拮抗しているだと!』的なやつか?
そこまで気を配る余裕なんて無いぞ勘弁してくれ。
「しかしそれは数百年前までの話だ」
「と、言いますと?」
嫌な予感しかしない。
「『ファンタズム』がお前以外の六英雄を召還してから戦況が大きく変わった。均衡状態は崩れ、我々『ヘルへヴン』は苦戦を強いられている」
余裕が無いってそういうことかよ。




