1話 運命の歯車
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終わった。
それが俺、荒峰仁が高校三年最後のバスケットボールの試合で足首を壊した瞬間の感想だった。
着地の際、俺のマークマンが故意に足を滑り込ませたのは分かった。
何度も同じような怪我の仕方をしているが今回は駄目だ。
試合の最終盤で体力が空っぽだった俺に受身なんてとれるわけもなく、ガクンと体が崩れて変な音が聞こえた気がした。
すでに汗だくだった俺の体から、嫌な汗が噴水のように噴き出してくる。
熱くて寒い、これは拙いと思いながらも無様に転げ朦朧としながら顔を上げた。
誰かが件のマークマンの胸倉を掴みながら怒鳴っている。
何を言っているのか分からないが、すごい剣幕だ。
視界がぼやける。
終わる時は本当にあっけないものだ、俺は物語の主人公なんかじゃないから。
ハッピーエンドなんて来ないのだ。
あれから少し時が経ち、俺は大学生になった。
やはり俺の足はもう駄目らしい。
正確には、日常生活に少し影響が出る程度には回復できるが、バスケットボール選手としてはもう再起不能だそうだ。
中学から友人に勧められて始まった約6年間のバスケットボール生活は、終わったのだ。
それから俺の生活はガラッと変わった。
長年ルーティーンで続けてきた早朝のランニングはできなくなり、しばらくは松葉杖なしでは何処にも行けず両親にも随分迷惑をかけた。
よく見に来てくれていた数人の大学のスカウトの人たちも当然誰も来なくなったし、どこからかもらえるであろう推薦をあてにしていた俺はそこから必死で勉強することとなった。
我ながら本当に馬鹿だと思う。
以前の俺は、自分が今のような状況になるなんてことをこれっぽっちも考えていなかった。
一寸先は闇なのだ。
必死に勉強した成果か、なんとかそこそこの大学に合格した俺はこれを機に一人暮らしを始めた。
最初は怪我を理由にお袋に猛反対を受けたが、もう日常生活にはほとんど影響が無いことと、就職する前の予行演習だと何度も説明すると折れてくれた。
親父も『家賃と光熱費以外を自分でバイトして払うなら』と許可を出してくれた。
大学に入学してからはそれなりにバイトして、それなりに勉強しながら過ごしていたが気がつけばもう夏休みに入っていた。
「何をしよう……」
中学に入ってからは基本的にバスケ漬けだったため、俺は時間をもてあましていた。
読書やゲームはかなり好きなほうだと思うが、ここはやはり夏休みにしかできないようなことがしたい。
普通の大学生の夏休みと言えばBBQ、海、キャンプ、飲み会、サークル活動etc……。
やることなんて腐るほどあるだろうがそれら全て俺には縁の無い物である。
なぜなら……
「友達、いないんだよな俺」
身長196cm、体重100kg弱、口数が少なく、笑わない。黒髪短髪、目つきがすこぶる悪い。
極めつけは目の下にくっきり浮かんだ濃いくま
俺だって友達にならんぞこんな奴と。
一人でいるのは苦痛ではないし、むしろ好きだが友達がいない奴はみんなそういうんだと高校のときの担任が言っていたような気がする。
たしかに傍から見れば教科書どおりの負け犬の遠吠えである。
「ん?」
そんなことを考え、何となく引っ越してから放置したままにしていた段ボール箱を開けると懐かしい物が出てきた。
「『Truth story』、これ買ったの何年前だ?」
それは確か高校入学と同時に購入した据え置きゲーム機用のソフトである。
口下手な自分でも巷で話題のゲームをプレイすれば、気軽に話題には入れるのではないか?と言った悲しい理由で買ったゲームソフト。
人族側の『ファンタズム』と魔族側の『ヘルへヴン』という二つの巨大な国同士が『境界の森』と言う大森林を挟み、一万年以上も激しい戦争を繰り広げているとんでもない世界が舞台だったはずだ。
どんな地形してんだよ。
しかもなんとこの世界、男性の出生率は1000人に1人、しかもこのファンタジーの世界で男性は魔力を有していないと言う設定なのである。
人族である主人公の性別は自由に選択できるが、男性を選択しても魔力を有した特殊固体としてファンタズムに召喚されるらしい。
そしてそのあとは敵対する魔族を倒しながらヘルへヴンに乗り込み魔王を倒してハッピーエンド。
実に分かりやすい王道RPGである。
一部の要素を除いてだが…。
結局は入学と同時に部活が始まったため一度もプレイせずに埃を被っていた物が引越しの際に紛れ込んでいたらしい。
しかしながらこのゲーム、かなり大々的に宣伝していたためプレイせずともある程度の情報が頭に残っている。
今更という気もするが、せっかくの長期休みである。
カレンダーを見る。
「……行けるか」
バイト先はリニューアルオープンとかでしばらく休みをもらっているのでタイミングも悪くない。
俺は冷蔵庫からエナジードリンクを一本取り出してからケースから取り出したソフトをゲーム機に差し込んだ。
「舐めてたかもしれん」
最後の敵である魔王レイラ・ヘルへヴンを撃破し、ぼんやりスタッフロールを眺めながら俺は呟いた。
にしてもまさか、魔族側のキャラに一切ボイスが無いとは思わなかった。
鳴き声らしきものはあったし、それぞれ違う声だったが、なら何で普通にボイス付けないんだよ。
力の入れどころおかしいだろ。
少し画面がぼやけ、頭もボーっとする。
始めてからどれだけの時間が経ったかは分からない。
自分はたまに何かに熱中すると平気で時間を忘れる。
試験勉強中に気がついたら4日くらい経っていたこともあった。
その際、食事も睡眠も摂らないから体内時計もおかしくなってしまうのだろう。
それにしてもこのゲーム、最初は男女比の狂った世界観からして露骨な男ウケを狙った物だと思っていたが、そんな甘っちょろい物ではなかった。
敵は魔族だけではない。
『境界の森』に現れるモンスターたちの相手もしなければならないのだ。
連中、かなり殺意が高い。
魔族に殺された回数よりもモンスターに殺された回数のほうが明らかに多いのではないか?
しかしそこはゲーム、殺されるたびにセーブポイントである教会に戻りゾンビアタックを繰り返すことでゴリ押した。
最初は勘違いをしていたがどうやら魔族とモンスターは別種らしい。
ゲーム内で何度も魔族とモンスターが衝突する場面があった。
しかもこのゲームは相手を倒して素材を入手し、それを加工することで装備やアイテムを充実させていくシステムにもかかわらず……
魔族からはアイテムか装備しか得られず、素材が一切入手できないのである。
魔王軍の幹部クラスである『竜王』を倒した時ですら得られたのはその装備だけだった。
「これじゃあまるで……」
そこで俺はスタッフロールがもう終わっていることに気がついた。
画面はすでに暗転し、そこには
『あなたに人々を救う覚悟はありますか? Yes/No』
少し乱れた画面に、その文章が映し出されていた。