第二十三話
宇宙暦四五一八年六月十七日 標準時間二二〇〇。
ゾンファ共和国の重要拠点であるジュンツェン星系において、大規模な会戦が行われようとしていた。
進攻してきたのはアルビオン王国の六個の艦隊。この艦隊はゾンファが占領した自由星系国家連合に属するヤシマを解放する作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦のジュンツェン進攻艦隊だった。
ジュンツェン進攻艦隊を指揮するのは古代の剣闘士のような風貌の大将、グレン・サクストン。彼の傍らにはサクストンが最も信頼する参謀長、小柄な女性士官である中将アデル・ハースの姿があった。
“賢者”と呼ばれるハースの類稀なる作戦立案能力と、“蛮人王”と呼ばれるサクストンの豪胆な指揮は、先の戦争でも多くの武勲を挙げている。
そして、その名コンビが再び、宿敵ゾンファに鉄槌を下すべく、艦隊を導いていく。
対するゾンファ共和国艦隊は五個艦隊に加え、第五惑星にある大型要塞J5要塞をもってアルビオン艦隊を迎え撃とうとしていた。
ゾンファ艦隊を指揮するのは、ジュンツェン方面軍司令長官であるマオ・チーガイ上将。
彼は指揮官としての能力に突出したところはないと言われているが、ゾンファ軍の上級士官にしては珍しく、思慮深い性格であった。
また、彼の国にありがちな高圧的な態度を取ることなく、部下たちの意見に耳を傾ける良将でもある。
前任の司令長官である名将フー・シャオガンからも高く評価され、その後継者として部下の信頼も厚い。
そのため、彼が指揮する艦隊の士気は高く、同数であればアルビオン艦隊と互角以上の戦いができると自負していた。
しかし、今回は直属であるジュンツェン防衛艦隊は三個艦隊約一万五千隻しかなく、残り二個艦隊約一万隻は占領中のヤシマに増派される移動中の艦隊であった。そのため、合同訓練どころか、基本的な指揮命令伝達系すら整備されていない。
この連携面で大きな課題に加え、ヤシマに増派される艦隊司令官はマオより先任のティン・ユアン上将だ。更に運が悪いことに、ティンはマオの属する派閥と異なることから、非協力的な姿勢が目立つ。
元々、ゾンファでは軍事委員会と公安委員会の間で激しい権力闘争が繰り広げられており、更には軍内部でも穏健派と強硬派に分かれて抗争を続けている。ゾンファ市民たちの間では、軍は内部抗争の片手間にアルビオンと戦争していると揶揄するほどだ。
そんな中、マオは決戦の直前に何とか指揮命令系を一本化することに成功する。しかし、机上訓練すら行われていない混成艦隊に、複雑な艦隊運動は望むべくもない。
更に食糧供給基地のある第三惑星J3は無防備な状態で放置されており、食糧の備蓄に不安を抱えていた。
これはゾンファ軍の伝統的な欠点である兵站の軽視が招いた事態だった。
艦隊随伴型輸送艦が不足しているゾンファ軍では、ヤシマに侵攻した艦隊への補給のため、ジュンツェン星系の物資を半ば強引に流用していた。
ギリギリの状態でジュンツェンに辿り付き、ジュンツェンにある物資のほぼ全量をヤシマ侵攻艦隊に補給し、ようやくヤシマに侵攻できたのだ。
このため、元々供給能力が高いわけでもないJ3基地がフル稼働で食糧を生産することにより、何とか多少の備蓄を得るまでに至ったところだった。
それでも食糧は不足気味であり、仮にJ3の食糧供給基地が破壊ないし占領、若しくは補給線を断たれた場合、六十日程度でジュンツェン防衛艦隊とJ5要塞の将兵は飢えるという予測がなされている。
指揮を執るマオにとっては頭の痛い問題が山積していた。
アルビオン艦隊とゾンファ艦隊の距離は二光分、アルビオン艦隊とJ5要塞の距離は三光分の位置にあった。
ゾンファ共和国最大級の軍事要塞であるJ5要塞には、百テラワット(一千億キロワット)級陽電子加速砲が三百門あり、この要塞砲の最大有効射程距離は二光分。
アルビオン側がJ5要塞を掠めるように進んでいるため、今のままの進路・速度で進めば、三十分程度で射程に捕らえることができる。
一方、戦艦の主砲、例えば標準的な一等級艦の主砲である二十五テラワット級陽電子加速砲の射程距離は三十光秒であり、アルビオン側が要塞を攻撃するには現状の進路を変更し、要塞に最短ルートで接近する必要がある。
アルビオン艦隊の総旗艦、HMS-A0102003、一等級艦キング・ジョージ級プリンス・オブ・ウェールズ型三番艦プリンス・オブ・ウェールズ03の戦闘指揮所において、仁王立ちしたサクストンが重々しく命令を下した。
「全艦隊、進路変更。目標、第三惑星J3」
彼が命じた直後、人工知能を通じ、艦隊各艦に一斉に伝達される。その直後、アルビオン艦隊は僅かに右舷側に進路を変え、J5要塞を離れる進路を取った。
更に補助艦艇の加速度に合わせ、ゆっくりと加速を始める。
サクストンはそのまま指揮官用のシートに深く座り、メインスクリーンを見つめた後、総参謀長に頷きかける。
ハースはそれを受け、戦艦と砲艦の混成部隊にある命令を伝達した。
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キャメロット第三艦隊第四砲艦戦隊に属する砲艦レディバード125のCICでクリフォードは掌砲長であるジーン・コーエン兵曹長に命令を下した。
「掌砲長、主砲の展開準備を開始してくれ」
「了解しました、艦長」とコーエンは簡潔に答えると、直ちに部下である掌砲手たちに指示を出していく。
「第一から第三コイル展開準備……接続状況確認……」
その間にも艦は進路を変更しつつ、加速を開始していた。
ハースが立案した作戦に従い、アルビオン艦隊は一丸となって第三惑星J3に向けて加速を開始した。
レディバードら砲艦も加速を開始するが、加速性能の差が現れ、徐々に遅れていく。ただ、砲艦とともに円形陣を組んでいた戦艦も先行することなく、円形陣を保っていた。
二十五分後、砲艦戦隊が〇・一Cまで加速したところで、敵に動きがあった。それまで全艦で追撃してきた敵艦隊が分離したのだ。
「敵艦隊が分離しました!」
情報士でもある戦術士のマリカ・ヒュアード中尉が甲高い声で叫ぶ。
「巡航戦艦を主力とした高機動艦、約一万五千が最大加速度で接近中です! このままでは四十分後に射程に捉えられます!」
興奮気味のヒュアードに対し、クリフォードは「了解」と静かに答え、
「戦隊司令部からの命令に注意してくれ。すぐに加速停止と主砲展開の指示があるはずだ」
現状では敵艦隊との距離は四光分。速度差はあるものの、最大加速で猛追してくる敵艦隊はすぐにこちらの速度を超える。
「戦隊司令部より入電! 第一種戦闘配置に移行! 各砲艦は加速停止及び一斉回頭。回頭完了後、主砲展開開始!」
クリフォードは「了解」と答え、操舵長であるレイ・トリンブル一等兵曹に回頭を命じる。
艦隊総司令部からの命令で、砲艦たちが一斉に回頭を始める。
ずんぐりとした艦体が回頭する様は、さながら床に置いてある樽がゆっくりと回るかのようだった。
砲艦と共に戦艦も回頭するが、こちらは力強いシルエットであり、如何にも戦闘艦の機動と思わせる鋭利さがある。
回頭を終えたことを確認したクリフォードは、掌砲長に静かに、そして笑みを浮かべながら問い掛けた。
「主砲展開は何分で終わる?」
ジーン・コーエン兵曹長はコンソールから目を離すことなく、
「十五分で完了させます、艦長」と楽しげな声で答えた。
「了解した。いつも通りに頼む」とクリフォードも明るい声で応じる。
砲艦の主砲は艦の中にある加速空洞と艦外に展開する強力な電磁コイルで構成される。電磁コイルは加速空洞から出てきた荷電粒子のベクトルを合わせる設備であり、集束コイルと呼ばれている。
この集束コイルが必要な理由だが、砲艦の短い艦体では荷電粒子の加速が精一杯であり、集束率が低い。
これを艦外の宇宙空間、すなわち真空である空間を加速空洞代わりに用いて、電磁コイルの磁力により、荷電粒子を更に加速・集束させ、エネルギー密度を上げることで射程を延ばしている。
集束コイルは直径約十メートルで五段、約四百メートルに及ぶ構造物であり、更にエネルギーを供給するケーブルを同時に敷設する必要があるため、展開には通常三十分は掛かると言われている。
事前準備を行っていたとはいえ、半分の時間で完了させると言い切る自信がコーエンにはあった。そして、クリフォードもそれを疑うことはない。
これほど短い時間で主砲の展開が完了できるのは、クリフォードの方針があったからだ。砲艦は“浮き砲台”と呼ばれるほど機動性に欠けるが、運用次第ではその強力な攻撃力を発揮することができると彼は考えた。
このため、主砲の発射準備に関する訓練を集中的に行っている。もちろん、この方針は第四砲艦戦隊司令、エルマー・マイヤーズ中佐も承認しており、戦隊全体で取り組んでいた。
掌砲手たちが行っている操作は、直径十メートルに及ぶ集束用電磁コイルに電源ケーブルを接続し、艦首から宇宙空間に押し出し、所定の位置に配置することだ。
自動化されているとはいえ、五段、四百メートルにも及ぶ構造物を真空中において僅か十五分で行える技量はキャメロット防衛艦隊一と言われるほど熟練していた。
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