第十二話
宇宙暦四五一八年三月五日。
インセクト級砲艦レディバード125号は第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星、プライウェンに停泊している。
停泊中の艦は仕事が少なく、士官次室では准士官がのんびりと雑談に興じていた。
そんな中、よく話題に上がるのが艦長であるクリフォードのことだった。
「……それにしても“うちの艦長”は変わっているよな」
操舵長のレイ・トリンブル一等兵曹が仲のいい掌帆長のフレディ・ドレイパー兵曹長にそう話しかける。
「ああ、まさか、“崖っぷち”の旦那がここまでとは思わなかったぜ。真面目な話、“うちの艦長”があそこまで俺たちの話を聞いてくれるとは思わなかった」
ドレイパーは掌帆長として様々な艤装の調整を行うが、非常にバランスの悪い設計である砲艦は癖が強く、艦隊運用規則通りにはいかない。
完全な状態で運用するには下士官兵たちの経験と勘が頼りで、戦艦や巡航艦では信じられないような方法を使うこともある。そのため、頭の固い士官はその独創的なやり方を認めないことが多かった。
その結果、満足な運用ができないだけでなく、トラブルも多く発生している。それを改善するために准士官や下士官は士官の命令を無視して調整を行うため、砲艦乗りは反抗的な者が多いという評判を生んでいた。
一方でクリフォードは優秀な准士官、下士官の意見を積極的に採用した。これは彼の父、リチャードの教えに従ったものだった。
『掌帆長や掌砲長は艦の宝だ。彼らの力次第で艦の能力は何倍にもなる。間違っても彼らのやることを頭から否定するな。彼らの信頼を勝ち取ることが士官として成功する道だ……』
クリフォード自身も候補生時代からその思いが強く、士官となってからも積極的に彼らの意見を聞いていた。
「“責任は俺が取る。お前たちは最高の状態に艦を持っていけ”って。普通は言えないぜ、若い士官にはよ。それをあの艦長は堂々と戦隊司令にも宣言しやがった。あれには参ったわ。これで結果を出さなきゃ男が廃るってな」
その横では掌砲長のジーン・コーエン兵曹長が頷いている。
「私もそう思う。うちの掌砲手たちも俄然やる気になっている……でも、まさか、あんな運用方法を考えるなんて思わなかった……」
普段極端に無口な彼女が積極的に言葉を発したことに士官次室の全員が目を丸くする。
トリンブルに至っては、「あんた、ちゃんとしゃべれたんだな……」と言って絶句していた。
コーエンは自分が注目されていることに気付き、僅かに驚きの表情を見せるが、それ以上は発言しなかった。
クリフォードは彼らの仕事を丁寧に確認し評価していたが、その話になると再びコーエンが口を開いた。
「艦長はよく見ていると思う。うちの部下たちは私が目を光らせていないと、すぐに手を抜く。でも、艦長はいつもそれを見つけて、しっかり罰を与えている……」
クリフォードは賞賛もするが、手を抜く者に対しては厳しかった。
主砲用の集束コイル展開訓練中に、ある掌砲手が着脱の面倒な船外活動用防護服の着用を厭い、通常の簡易宇宙服で作業を行った。
ハードシェルの着用は主砲発射時の強力な放射線から乗組員を守るための措置であり、コイル展開訓練では必ずしも必要ではない。艦によってはスペーススーツで訓練を行っているところも多く、それまでは咎められることは少なかった。
クリフォードは実戦と変わらぬ状況での訓練の実施を要求しており、この点には非常に厳格だった。彼はその掌砲手に超過勤務を命じただけでなく、航宙日誌に記録を残したのだ。
ログに記録が残るということは、勤務評定に影響し、最悪の場合、降格処分すらあり得る。
通常、他の艦で見逃されるような軽微な違反行為に対しては、副長が作成する非公式の日誌に記録される程度であり、今回のケースも超過勤務はともかく、ログへの記載は厳しすぎると副長であるオーウェルが進言したほどだ。
しかし、クリフォードはそれを受け入れなかった。
『実戦を想定した訓練中に怠慢行為を行うことは艦を危うくする非常に危険な行為だ。こういったことを許すと実戦でも必ず似たようなことをする。だから、二度と起こさないように厳しく罰する必要があるのだ……』
その言葉を思い出し、コーエンは呟いた。
「あれには私も言葉が出なかったわ。でも、艦長の言うことは正しい。訓練で手を抜く輩は実戦では信用できないから……」
珍しく饒舌なコーエンにドレイパーまで「言葉が出なかった? いつものことだろう」と突っ込み、それが周囲の笑いを誘う。
クリフォードは厳しい訓練を命じるが、准士官以下の生活にほとんど干渉しなかった。逆に下士官兵たちの生活空間である兵員用食堂デッキの調理室を改善するなど、生活環境に配慮していた。
当初は若き英雄であるクリフォードに警戒していた下士官兵たちだったが、偏見なく誰もが納得する賞罰と、鼻つまみ者と言われている自分たちに敬意を示す態度に、徐々に心を開いていった。
「しかし、艦隊運用規則を無視していいと堂々と言った艦長は初めてだ。まあ、自分でもマニュアル無視の戦術を考えるくらいだから、おかしくねぇんだろうがな。まあ、いずれにせよ、面白くなってきたことだけは間違いねぇ」
ドレイバーはそう言って笑った。
トリンブルは「確かにな」と笑い、
「しかし、あの真面目なだけの艦長が陸戦でドンパチしたってのが信じられねぇ」
「そうだな。それよりターマガントで倍の敵に向かっていったって話の方が、俺には信じられねぇな。初めて話をした時、別人の話だと思ったぜ」
トリンブルは「違ぇねぇ」と腹を抱える。
「うちの艦長は真面目なだけで、猛将って雰囲気はこれっぽっちもないからな」
クリフォードをネタに笑っているが、彼らは“うちの艦長”という言葉を使っていることに気づいていなかった。彼らは無意識のうちにクリフォードを仲間と認めていた。
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