第九話
宇宙暦四五一七年七月一日。
自らの初めての指揮艦、砲艦のレディバード125に入り、副長であるバートラム・オーウェル大尉と顔を合わせた。
簡単な挨拶の後、副長はすぐに艦のことを話し始める。
「分解点検中で散らかっておりますが、艦長室に向かいましょう」
オーウェルに従い、艦内を進む。
途中で会う下士官や兵たちは副長が案内しているということで、彼が艦長であると気づくが、お座なりな敬礼を行うだけだった。
(やはり士気は高くないか。副長がやる気のある士官みたいだから何とかなるかもしれないな……)
そんなことを考えながら、オーウェルが説明する艦のことを聞いていた。
「ご存知でしょうが、艦のほとんどが主砲用加速器の加速空洞なんですよ、この艦は。この辺りはマシですが、通常の艦と比べると甲板の高さがかなり低いんで、頭を打たないように気を付けてください……」
通路の高さは二メートルほど、幅も一メートルほどしかなく、すれ違うのがやっとという感じだ。クリフォードは通路というよりケーブル用のトレンチだなと思っていた。
「……艦尾側にほとんど設備がありますから、後ほど案内しますよ。艦首にあるコイルは全部ばらしていますから……」
そんな話を聞きながら五分ほどで艦長室に到着した。
艦長室はBデッキにある戦闘指揮所のすぐ横にあった。
クリフォードは自分の持っているインセクト級の知識と異なる説明に違和感を覚えた。
(確か艦長室はCデッキだったはずだが? 改造でもされているのか……)
それでもこの艦に長くいる副長が間違うはずはないと説明を聞き続けている。
オーウェルが個人用端末を操作すると、幅一メートルほどの扉がスライドする。
中は奥行き三メートル、幅二メートルほどの個室で艦長室とは思えない狭さだ。
「狭いですが、慣れていただくしかありませんな。この艦の主人は主砲なのですよ。我々はその主砲の隙間に生存圏を得ているに過ぎんのです……」
オーウェルは真面目な表情でそう言うと、クリフォードも真面目な顔で応える。
「慣れるかしないだろう。だが、私の記憶ではここは艦長休憩室だったはずだが? 改造でもされたのだろうか。まあ、いずれにせよ、私にとっては十分に広い個室なのだが」
その言葉にオーウェルは目を見開き、そして小さく噴き出す。
「プッ……失礼。艦長は真面目な方と伺っておりましたが、ここまでとは思いませんでした」
クリフォードが不審そうな顔をすると、オーウェルはいたずらを見付けられた悪童のような顔で説明を始めた。
「艦長のおっしゃられる通り、ここは艦長休憩室で、艦長室はCデッキです。大変申し訳ないですが、試させてもらったのですよ」
ここまで聞いてクリフォードにもオーウェルが何をしたのか理解できた。
「どの程度、事前に知識を得ているか試したのか……」
そこで言葉を切り、にこりと笑う。
「……で、試験官たる君の評価はどうなのかな? 合格ならうれしいのだが」
オーウェルはクリフォードの言葉に僅かに目を見開き、声を上げて笑った。
その後、表情を引き締め、背筋を伸ばして敬礼する。それも先ほどのようなお座なりの敬礼ではなく、教科書通りのきれいな敬礼だった。
「失礼いたしました! 十分に合格です!」
そして、人好きのする笑顔を浮かべ、歓迎の言葉を述べた。
「改めまして、本艦へようこそ、艦長」
クリフォードがそれに答礼すると、再び軽い口調で話し始める。
「しかし、意外でした。殊勲十字勲章の受勲者にして、二度の武勲を立てた英雄、“クリフエッジ”がこれほど話の分かる方だったとは。今までの艦長なら“ふざけるな”と言って叱責されたものですが」
その言葉にクリフォードは苦笑するしかなかった。
「できれば二度として欲しくないよ、副長」
そう言いながら、右手を差し出した。
オーウェルは再びその手を取り、しっかりと握り返し、真剣な表情に切り替える。
その後、二人は艦長室に行き、指揮の引き継ぎを始めた。
艦長休憩室だが、これは艦長室が戦闘指揮所から離れている艦に多く見られるもので、艦長が直ちにCICに赴けるよう考慮された部屋だ。
インセクト級砲艦の場合、CICのある艦中央部付近は主砲用加速器と対消滅炉や推進システムなどが詰め込まれているため、居住スペースを確保できない。
このため、艦長室、士官室、兵員室などは艦首側に設けられている。艦長室とCICは直線距離で百メートル以上離れており、緊急時に艦長がCICに辿り付けない可能性があった。
トラブルが起こりようのない超空間航行中ならともかく、通常空間を航行する場合、艦長は艦長休憩室に篭ることが多くなる。艦長室は艦長休憩室とは異なり、十分な広さがある個室だ。
その後、オーウェル大尉とともに戦闘指揮所、機関制御室兼主砲制御室、士官室、兵員用食堂デッキなどを巡っていく。
レディバードはオーバーホール中ということもあり、乗組員たちの姿は少なく、作業を行っているのは工廠の技術者がほとんどだ。その技術者たちからも余り熱意は感じなかった。
(やはり、砲艦の整備など無駄だと思っているようだな。きちんと整備してくれればいいが、この狭さで対消滅炉や陽電子加速砲の調整がいい加減だと……その辺りは機関長や掌砲長がチェックしてくれるはずだが……)
艦内を一回りしたあと、レディバードを戦闘機械とするための重要人物、機関長のラッセル・ダルトン機関少尉と掌砲長であるジーン・コーエン兵曹長と面談した。
ダルトン少尉は白髪交じりの黒髪と深い皺が刻まれた顔で、いかにも叩き上げの機関長という男性士官だ。
話し方も機関科らしく、略語と特性値などの具体的な数字が多く含まれ、門外漢のクリフォードには理解し難い部分が多かったが、機関長が職人の誇りをもって職務に当たっていることに満足する。
コーエン兵曹長は化粧っ気のない陰気とも思える雰囲気の女性准士官で、今年二十九になったはずだが、十歳以上老けて見えた。
話を聞いても“はい、艦長”と“いいえ、艦長”だけしか言わないと思えるほど寡黙な人物だった。
しかし、経歴を見る限り、彼女が配属になってから主砲のトラブルが発生したことは皆無であり、掌砲長として充分に満足できる能力を持っている。
(チーフはいかにも職人という感じだな。信頼を得られればいいのだが、失敗すると面倒なことになりそうだ……ガナーはよく分からないな。仕事はできそうだが、掌砲長としてどうやって掌砲手たちを統率しているのだろう……)
この他、掌帆長のフレディ・ドレイパー兵曹長らと面談を行った。
ドレイバー兵曹長は百九十センチメートルを超える身長と分厚い胸板を持つレスラーのような体躯の男で、剃り上げた頭と潰れた鼻から、ならず者のような印象を受ける。
見た目とは異なり、この無理な設計の種々のシステムを熟知している優秀な掌帆長だということが分かり満足している。
クリフォードは艦長室で一人になったとき、安堵の息をそっと吐いていた。
女好きの操舵長、逆に一度軍を辞めたもののセクハラを受け舞い戻ってきた女性航法士、工学系学部を優秀な成績で卒業したが、なぜか軍に入った先任機関士……そのいずれもが一癖も二癖もある人物だったが、能力的には申し分ない人材だった。
(思ったより優秀な乗組員たちだな。副長は艦全体をよく把握しているし、機関長はこの艦の動力システムを自分の掌のように熟知している。掌砲長も掌帆長もこの艦には勿体無いほど優秀な人材だ。もう少し印象がよければ、二等級艦の准士官になっていてもおかしくはないほどだ。後は下士官以下がどうかだが、勤務評定を見る限り、それほど問題になる者はいないような気がするのだが……)
クリフォードは今日一日に出会った部下たちのことを考えながら天井を見上げていた。
オーウェル大尉はクリフォードと別れ、艦長室を出たところで扉を見つめ、小さく呟く。
「まだ、俺は完全に認めたわけじゃないんだぜ、“英雄殿”……“英雄”って呼ばれる奴は信用できんからな。あいつのように……これからも試させてもらいますよ、艦長殿……」
そして、そのまま作業の監督に戻っていった。
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