エピローグ
宇宙暦四五一四年五月三十日。
半月前に起きたターマガント星系でのゾンファ共和国軍の攻撃は、キャメロット星系においても大きな関心を呼んだ。
当初、軍は情報士官であるスーザン・キンケイド少佐がゾンファ軍に協力したことから、その事実を隠そうとした。
しかし、キャメロット防衛第一艦隊司令官エマニュエル・コパーウィート大将は直ちに事実を公表し、ゾンファ共和国の暴挙を他国に伝えるべきだと主張する。
これに対し、キャメロット防衛艦隊司令長官のジェラルド・キングスレー大将は軍のスキャンダルを公表することになると、消極的な態度を崩さなかった。
コパーウィート大将は“この事実を公表しないことは祖国に多大なる損失を与える行為だ”と主張し、キャメロット星系政府を通じて、この事実を公表すると脅した。
キングスレー大将はコパーウィートの政治家とのパイプを思い出した。そして、自分が公表することを躊躇ったと知られれば、退役前の自らのキャリアに傷が付くと考え、公表に踏み切る。
事実が公表されると、マスコミは挙ってゾンファ共和国の暴挙を報道した。大々的な報道により元々強かった反ゾンファ感情は一気に燃え上がる。
それと共に再びゾンファの陰謀を防いだ若き英雄、クリフォード・コリングウッドを称える声が大きくなった。
マスコミは、コパーウィートがクリフォードを自らの副官にしていたことを思い出した。そのため、彼は連日マスコミを賑わすことになる。
コパーウィートはマスコミの取材に対し、
「本当はクリフ、いえ、コリングウッド中尉を手元に置いておきたかったのですよ。ですが、彼の才能は前線にあってこそ輝くのです。私は彼の才能を祖国のために生かすべく、前線に赴かせました。ですが、私の想像を遥かに超えた男でした。あの状況では前線で数多くの指揮を執った私ですら絶望したことでしょう……」
彼は国民が聞きたい言葉を発し続けた。そう、英雄を称える言葉を。
そして、コパーウィートは連邦下院議員のウーサー・ノースブルック伯爵に接触する。
ノースブルック伯はコパーウィートが退役したら、彼の軍事顧問として厚く遇すると約束する。更に伯爵はコパーウィートを通じ、クリフォードの名声を利用しようと考えた。
(私の想像を超える男だったな。二度の成功は彼の人気を磐石なものにした。これでクリフォードは子爵位を手に入れる資格を得た。ヴィヴィアンの婚約者としては申し分ないだろう。英雄を義理の息子に持てば、私の首相への道も大きく開ける。もちろん、彼が政治的な野心を抱かないという確証を得てからだが……)
ノースブルック伯はコパーウィート大将を通じ、できるだけ早い時期にクリフォードをキャメロットに召還するよう指示を出した。
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軍の情報部門では情報士官が敵の協力者となった事実に強い衝撃を受けた。
スーザン・キンケイド少佐は工廠勤務が長く、システムに精通した優秀な情報士官であった。彼女は将来を嘱望され、十年以内には将官級に昇進するだろうと言われていた逸材だったのだ。
元々情報ラインの士官に対する管理は厳しく、私用の通信すら記録を残す義務を負っている。恋人同士の甘い通信にすら検閲が入る可能性があるため、若い士官には人気のないラインでもあった。
事実が明らかになるにつれ、今回の事件が特殊な状況であったことが分かってきた。
艦隊運用規則どおりに運用されていれば、このような事態は起こり得なかったからだ。
元々戦闘宙域において通信系を停止する操作は厳禁されていた。今回の舞台であるターマガント星系はゾンファ共和国との緩衝地帯と位置付けられており、戦闘宙域に指定されている。
また、共通要因故障対応系についても、戦闘宙域では常に起動しておくことが義務付けられており、キンケイド少佐の行動が明らかに異常だったと上層部は判断した。
今回、ゾンファ共和国が仕掛けてきた謀略は、指揮官と情報士を兼任できるという点を狙ったものだ。戦闘指揮所を孤立させ、情報士官が指揮官を殺害すれば、このような状況を作り出せる点が問題だった。
更にゾンファの狡猾なところは、内部破壊者対応訓練を併用した点だ。この訓練を行えば、戦闘指揮所以外の乗組員はシステムから強制的に排除される。
これにより一時的だが戦闘指揮所にのみ権限を集中し、バックアップが不能になる事態に陥る。
もし、この内部破壊者対応訓練が同時に行われていなければ、キンケイド少佐がモーガン艦長を殺害しても、指揮権は副長であるアリンガム少佐に移るだけで、今回の事象は発生しなかった。
軍はこれに対処するため、新たな運用規則を定めた。
仮に同様の事象が発生した場合でも、人工知能が戦闘状態を認識すれば、自動的に訓練を中止し、通常状態に戻すことができるように改めた。
これまではAIによる戦闘状態の認定は、人間の指揮官の権限を機械が侵すものとして、行われてこなかった。
軍の本能的な機械への不信、あるいは人間至上主義といった思想は、ここに至っては修正を余儀なくされ、AIの能力を認めざるを得なくなった。
また通信系の停止については、航宙中は指揮官と担当士官が承認したとしても、最低一系統の通信系を残さなければ、人為的に通信を停止できないように改める。
軍はこれらの対策を全艦隊に通知し、対策の完了を宣言した。
余談だが、今回の軍の対策にマスコミを始め、国民は納得しなかった。
今回の直接的な原因については対策を行ったが、モーガン艦長とキンケイド少佐の不適切な恋愛関係についての処分が何もなされなかったからだ。
アルビオン王国軍では、伝統的に艦内での恋愛を禁止していない。これは長期間任務に就く乗組員たちは民間人との出会いが少なく、結婚が難しいという事情が関係していた。
恋愛の中には同性愛も含まれ、これにも寛容だったが、今回の事件で保守勢力から、艦隊内での同性愛の禁止を求める声が大きくなった。
軍はこれ以上問題を長引かせることを嫌い、艦内での同性同士の恋愛を禁じる規則を策定した。
キンケイド少佐がモーガン艦長殺害に使ったナイフに関しても分析が完了し、強力な毒物が塗られていたことが判明した。
この毒物は自由星系国家連合のヤシマにのみ存在する植物から抽出されたものだったが、軍及び公安当局はゾンファの謀略と考え、ヤシマに調査官を派遣した。数ヶ月に渡る調査を行ったが、結局、毒物の入手ルートは判明しなかった。
また、キンケイド少佐に接触したジロー・スズキを名乗る商社マンについては、会社は存在するものの、ジロー・スズキという人物は全くの別人だった。
ホテルの防犯システムに残る情報から彼を追ったが、既に出国し、ヤシマに入ったところまでは確認できたものの、その後の消息は全く掴めなかった。
キンケイド少佐の官舎を捜索した際、極微量の薬物が検出された。
それは弱い成分の神経系に効く薬物で、当局が実験した結果、ある種のアルコールの原料――具体的にはジンの原料である杜松の実と同時に服用すると、効果が上がる成分だと判明した。
当局は過去にゾンファの諜報員が同じ薬物を使用したことがあったという事実を確認し、キンケイド少佐はゾンファの工作員に洗脳されたと結論付けた。
もう一つの疑念、当直に就くはずだった航法長のジュディ・リーヴィス少佐の体調不良についてだが、キンケイド少佐が関与した証拠はすぐには見つからなかった。
リーヴィス少佐はキャメロット星系への帰還後、精密検査と事情聴取が行われた。そして、キンケイド少佐の個室から見つかった二種類のフレーバーティーの成分が、彼女の体調不良を引き起こした原因であると判明する。
二種類の茶を同時に飲むと、腹痛に似た症状を起こすものだが、天然由来の安全な成分しか検出されないため、発見が困難だった。
聞き取りの結果、当直の前に士官室でそのフレーバーティーを飲んだことが確認された。この事実により、ようやく原因が判明したのだ。
ただの情報士官であるキンケイド少佐が、そのような知識を持っているはずもなく、このフレーバーティーもゾンファの工作員が渡した物と断定された。
その茶の入手ルートを探ったが、一つはゾンファ星系のもの、もう一つは自由星系国家連合のヒンド共和国のもので、いずれもアルビオンにはほとんど入っていない珍しい種類の茶だった。これもヤシマ経由で入ってきたが、いつ、どうやって入ってきたかは判明していない。
当局はその後一年間に渡り、キンケイド少佐に関する調査を行ったが、ゾンファ共和国の工作員については何も分からなかった。
軍は今回もクリフォードの処遇に苦慮していた。
クリフォードが最大の功労者であることは誰の目にも明らかだが、僅か三ヶ月前に中尉に昇進しており、大尉に昇進させることは難しいと考えた。
軍上層部では勲章によって、彼を賞しようという意見も出たが、前回の武功勲章の叙勲の際にマスコミに激しく叩かれた軍上層部は、勲章だけでは不十分ではないかと警戒する。
結局、コパーウィート大将が“大尉に昇進させるべきである”という意見を出し、それが通った。これはクリフォードに好感を抱いている王室に配慮したとも言われている。
いずれにせよ、彼は大尉に昇進することになる。
更に宙軍士官の憧れである殊勲十字勲章(DSC)を受勲することも決まった。
この他には戦死した士官、下士官兵に対し、名誉戦傷章が贈られた。
特に駆逐艦ウィザード17の献身的な行動に対し、当時戦闘指揮所で指揮を執っていたジェフリー・シェルダン大尉には二階級特進と最高栄誉とされるアルビオン勲章が贈られた。
なお、軽巡航艦ファルマス13の艦長イレーネ・ニコルソン中佐は同艦の情報士官、サミュエル・ラングフォード少尉の受勲申請を行ったが、戦功が不明確であるとして却下された。
宇宙暦四五一四年六月一日。
重巡航艦サフォーク05はキャメロット星系の大型工廠プライウェンに戻ってきた。
僅か四ヶ月前にオーバーホールされたばかりだが、主砲に大きな損傷を受けたため、アテナ星系では修理ができなかったのだ。
サフォークがプライウェンに係留されると、すぐに第三惑星上にある要塞衛星アロンダイトに出頭するようクリフォードに命令が下った。
彼はアリンガム副長らに見送られ、迎えに来た大型艇に乗って要塞衛星アロンダイトに向かった。
第二部完
【改稿版追記】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
第二部は2013年7月から11月にかけて投稿されたもので、8年前の作品となります。
元々、分単位の戦闘で目まぐるしすぎて分かりづらかった部分が多かったことと、第三部以降の話と微妙に矛盾があったので、いつか改稿したいと思っていた作品でもあります。
今回の改稿版である程度は読みやすくなったかなと思いますが、いかがでしたでしょうか。
次は第三部の「砲艦戦隊出撃せよ」ですが、日を空けずに投稿する予定ですので、よろしくお願いします。
【オリジナル版】
クリフエッジシリーズ第二部「重巡航艦サフォーク5:孤独の戦闘指揮所(CIC)をお読みいただき、ありがとうございました。
本作品は士官になった主人公クリフォード・カスバート・コリングウッドが、唯一の士官として、強力な敵と戦うというものでした。
新米の中尉が数隻の小艦隊の指揮を執るという無理な設定――小説ではシーフォートシリーズで士官候補生が指揮を執るという設定がありましたが――であり、強引な展開だなと思いながら書いていました。
また、人間関係ももっと深掘りしたかったのですが、全くできませんでした。更に終わり方があまりすっきりしていません。これは次作への布石として、最初からこうするつもりでしたが、もう少し書きようがあったと反省しております。
相変わらず戦闘シーンが地味で、戦闘艦の描写もいまいちですが、前作よりはミリタリーSFらしくなったかなと自己満足はしております。
本作の舞台、重巡航艦サフォークですが、イギリス海軍の条約型重巡洋艦カウンティ――イギリスの行政単位――級のサフォークから名前を取りました。
メジャーな艦ではないですが、沈没寸前の状態で帰港するなど、結構ハードな戦いをした船のようです。ちなみに日本にも来たことがあるそうです。
偉そうに書きましたが、イギリス海軍をイメージして書いている割には、私のイギリス海軍の知識は多くありません。ネルソンが活躍した十八世紀末くらいなら、ほどほど知っているのですが、第一次世界大戦から第二次世界大戦までの大西洋での戦いについては、あまり知識がありません。今回のサフォークもWikiなどのネット情報から得た知識ですし……
次作ですが、宿敵ゾンファ共和国との開戦後の話にしようかと思っています。その前に主人公クリフとは関係ない外伝的な短編を書くかもしれませんが。
と言っても、別シリーズのファンタジーを二作も連載しているので、次作はいつになるかは……でも、本シリーズが一番のお気に入りです。と言うか、子供のころからSF作家になるのが夢でしたから。
出来るだけ早い時期に次作に取り掛かりたいと思っていますが、次は艦隊戦を書こうと思っていますので、結構時間が掛かると思います。
今回、小艦隊同士の戦闘を書いたのですが、大艦隊の戦闘のイメージがうまくできないのです。設定では一個正規艦隊が約五千隻ですから、万単位の戦闘艦がひしめくことになります。重巡航艦の主砲の射程が十五光秒ですから、戦艦同士なら二十から三十光秒くらいの距離での撃ち合いになるでしょう。そうなると、相対速度が光速の二十パーセントだとすると、百五十秒、二分半ですれ違ってしまいます。すれ違った後、一時間くらい掛けて反転するんですが、結構離れるんです。この辺りがネックなんですよね。
イメージと違うんで、どうやって格好いい艦隊戦にするか……
何かいいアイデアがあったら教えてください!
最後にここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
心より感謝いたします。 愛山 雄町




