第三十七話
宇宙暦四五一四年五月十六日。
アルビオン王国軍キャメロット防衛第五艦隊、第二十一哨戒艦隊の重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所では、アテナ星系側ジャンプポイントに現れた味方の哨戒艦隊の姿を見て歓声が上がる。
交替の艦隊が到着しただけなのだが、敵の姿は消えたとはいえ、主砲が使用不能のサフォークとスペクターミサイルを撃ち尽した軽巡航艦ファルマス13のみという状況であり、不安を感じていたためだ。
現れた哨戒艦隊は第五艦隊の第六哨戒艦隊だった。
彼らは六日前にアテナ星系を出発しており、ターマガント星系で戦闘があったという事実を掴んではいなかった。
そのため、大きく傷ついたサフォークの姿と、駆逐艦が一隻もいないことに驚いていた。
指揮官代行のファルマスの艦長、イレーネ・ニコルソン中佐から状況の説明があり、訓練程度の任務と軽く考えていた第六哨戒艦隊に大きな衝撃が走った。
第六哨戒艦隊との引継を終え、ファルマスとサフォークはアテナ星系にジャンプした。
超空間に入った後、サフォークでは超空間内当直体制となった。
クリフォードは緊張を強いられた戦闘宙域から解放され、自室でのんびりと寛いでいた。
(初めての実戦指揮が戦隊の指揮か……今思うと士官学校でのシミュレータは楽だったな。と言うか、戦闘開始後の通信の制限なんていう条件はやったことがなかったし……それにしても、僕たちに対する処分はどうなるんだろう。指揮官であるモーガン艦長は亡くなっているし、あの状況では指揮官代行だった僕にすべての責任がある。最悪の場合、軍から追い出されるかもしれないな……少尉に降格で済めばいいんだが……)
彼は三隻の駆逐艦を失った責任が自分にあると考えている。
更に戦闘指揮所内でのキンケイド少佐の暴挙を止め得なかったことも、処分の対象になると考えていた。
実際には軽巡航艦二隻と駆逐艦二隻を沈め、任務であるターマガント星系の確保まで達成していることから賞賛されることはあっても、処分されることはないのだが、彼は多くの人員を失ったことに強い責任を感じていた。
(何にせよ。艦隊に合流してからだ。詳細な報告書を作る必要があるけど、到着にはまだ六日もある。とりあえず、ゆっくりさせてもらおう……)
彼はすぐに眠りに落ちていった。
■■■
超空間に入っても、サフォークの艦内では損傷箇所の修理が続けられていた。
そんな中でも、戦闘中に戦闘指揮所にいた七名の下士官兵たちは同僚たちにその時の話をせがまれて、彼らもそれを得意げに語っている。
掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹は、食堂デッキで仲のいいゴドフリー・ジョーンズ二等兵曹とロブ・レーマン二等兵曹の二人に捕まっていた。
ジョーンズとレーマンは共に掌砲手であるが、全損した主砲の担当であったため、他の下士官より仕事が少なく、暇を持て余していたのだ。
「……で、あの崖っぷちの旦那なんだが、敵がやる気満々で隊形を変えた時、何て言ったと思う?」
ジョーンズは首を横に振り、「もったいぶらずに早く話せよ、ケリー」と言ってせかす。
クロスビーは黒ビールを一口飲み、唇を湿らせた。ちなみに超空間では非番の者の飲酒が認められている。
「自信満々の顔で、“敵はしくじった。的を増やしてくれたぞ”って言ったわけよ」
レーマンはその様子を思い浮かべようとするが、どうしてもイメージできない。
「本当か? あの中尉がそんなこと言ったとは思えねぇが」
クロスビーはニヤリと笑い、「そう思うだろな」と意味ありげな表情を浮かべた。
そして、二人が前に乗り出してきたところで、
「ああ、本当だとも。あの若いのは本物だぜ。この俺でも玉がギュッとなる状況で操舵手のキャンベルに、昔の艦の操舵長の笑い話をしていたんだ。敵から攻撃を受ける、ほんの数分前のことだ。そんな状況であの若い中尉が、ブルってる俺たちを奮い立たせたんだ。信じられねぇだろうが、本当のことだ……」
気が付くと、掌砲手や掌帆手など、非番の下士官たちが彼の話に聞き入っていた。
機関科のデーヴィッド・サドラー三等兵曹は、機関制御室で機関長であるトレヴァー・デイヴィッドソン機関少佐と、通常業務である対消滅炉の調整具合を確認していた。
デイヴィッドソン機関長はリアクターのデータを確認しながら唐突にサドラーに話しかける。
「あの状況で機関と防御スクリーンを最後まで生かし続けたのはお前の功績だ。よくやった」
ぶっきらぼうとも言える言い方だが、サドラーはその言葉に驚く。
「俺の功績じゃないですよ、チーフ。CICからの調整なんてたかがしれてますし。まあ、最後までコンソールに、かじりついてはいましたがね」
機関長は「俺は見ていたんだよ。ここからな」と言ってから、
「最後の攻撃でB系列のスクリーンが過負荷になっただろう。あの時、お前は切り替わったA系の負荷を強制的に質量-熱量変換装置に送り込んで、A系を早く生かした。あれが無けりゃ、五秒で再展開できなかったはずだ」
サドラーは頭を掻きながら、
「そのせいでリアクターを緊急停止させちまいましたがね」
そう言って笑うが、デイヴィッドソン機関長は真剣な表情を崩さず「俺でも同じことをした」と言った。更に機関長は称賛を続ける。
「それにしても、よくあの状況で操作を続けられたな。RCRならともかく、CICじゃパニクって、操作も何もできないだろう?」
今度はサドラーが真剣な表情になる。
「確かに最初はパニクりましたよ。でも、コリングウッド中尉が後ろから見ていると思うと自然と落ち着きましたね。ありゃ、血ですかね。あの“火の玉ディック”の息子さんなんでしょう、中尉は」
“火の玉ディック”とは戦艦の艦長として名を馳せたクリフォードの父、リチャードのあだ名で勇猛果敢な指揮は古参の者なら誰でも知っていた。
機関長は「ああ」と答える。
「自分が死ぬかもしれない時に、軽口が叩けるっていうのは凄いと思いましたね。正直、あの若い中尉のことを“艦長”と呼びそうになったくらいですから」
機関長はこのベテランからそんな言葉が出てくるとはと驚き、思わず見ていたデータから眼を離す。
「そうか……俺も見てみたかったな。士官室じゃ、間違って入ってきた候補生にしか見えんからな」
「いくらなんでも、そりゃかわいそうですよ、チーフ」と言いながらサドラーは笑っていた。
宙兵隊のボブ・ガードナー伍長も宙兵隊の食堂デッキの人気者になっていた。
彼は戦闘中のCICで、それも指揮官シートのすぐ近くにあるオブザーバー席で戦いの一部始終を見ていたからだ。
彼の班の軍曹が話を促す。
「で、ボブよ。クリフエッジはそこで何を言ったんだ?」
「“全艦にE“って、液体水素より冷えきった声でそう言ったんすよ」
「しかし、それは“旗艦に続け”って命令だろ。それじゃ、ミサイルの一斉発射の命令にならんだろうが」
「俺もその時は何をするんだろうって思ったんですがね。クリフエッジの大将は理由も言わずに自信満々でミサイルを発射させたんですよ。そうしたら、味方が次々とミサイルを撃つじゃないですか。ありゃ、部下を信じる将官の顔でしたね」
軍曹は首を横に振り、更にその後ろで聞いていた宙兵隊副隊長のバリー・アーチャー宙兵中尉が話に割り込んできた。
「コリングウッド中尉はそれからどうしたんだ?」
中尉は小柄なため、巨漢の軍曹の陰に隠れており、軍曹もガードナーも士官がいると思っていなかった。
「中尉? えっと……」
士官であるクリフォードのことをあだ名で呼んでいたため、咎められると思い焦る。しかし、アーチャー中尉は全く気にせず、更に先を促した。
「だから、“崖っぷち”はその後どうしたんだって」
ガードナーは処罰されるわけではないと心の中で安堵の息を吐き出すが、すぐに話を続けた。
サフォークでは誰もがクリフォードのことを話題にしていたが、当の本人は戦闘記録を見つつ、報告書の作成に頭を悩ませていた。
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