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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第二部「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

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第二十九話

 宇宙暦(SE)四五一四年五月十五日 標準時間〇二三〇。


 刻一刻と戦闘開始の時が近づいてくる。

 アルビオン軍重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所(CIC)では、索敵員のジャック・レイヴァース上等兵の敵の位置を読み上げる声だけが響いていた。

 そして、敵が艦隊の隊形を変えた。


「敵艦隊のフォーメーションが変わりました! 重巡を頂点とした四角錐(ピラミッド)状の隊形です!」


 クリフォードは「了解。敵の監視を続けろ」と静かに答え、全員に向かって落ち着いた口調で話し始めた。


「敵はやる気満々のようだな。しかし、敵は判断を誤った。これで敵の軽巡や駆逐艦を狙えるようになったんだ。うまくいけば、こちらが先に敵の戦力を削ることができる」


 彼の言葉に反応は少なかった。

 そんな中、ベテラン掌砲手のケリー・クロスビー一等兵曹が声を上げた。


「中尉の言うとおりだぜ。こっちにとっては的が五つになったんだ。それも防御の弱い的だ。それに引き換え、こっちが気にするのは重巡だけでいい! そういうことですよね、中尉(サー)?」


「そういうことだ、クロスビー」と笑顔で頷く。


 クリフォードはすぐに敵に注意を向けた。



 敵との距離が十六・五光秒を切り、重巡の射程距離である十五光秒まで六十秒となった。


 クリフォードは航法科兵曹のマチルダ・ティレット三等兵曹に命令を出した。


「二十秒後に反転する。敵との交戦開始時刻までカウントダウンを頼む」


了解しました、中尉(アイ・アイ・サー)」とティレットは応え、


「カウントダウン開始。十五、十四……」とすぐにカウントダウンを開始した。


 彼女のやや高い女性らしい声がCICに響いていく。


「十、九、八、七、六、五……」


 カウントがゼロになる直前、クリフォードは鋭く命じた。


「加速停止! 百八十度回頭! 艦首を敵に向けろ!」


 最大加速を停止した時に感じるググッという艦体の唸り音が響き、艦首を敵に向けていく。回頭は五秒ほどで完了し、クリフォードは敵に向けて最大加速を命じた。


「最大加速開始。目標は敵艦隊中央部。レイヴァース、敵の機動に注意しろ! ウォルターズ、A3(アルファ・ツリー)送信! クロスビー、主砲発射準備は終わっているか!」


 (アルファ)は“反転”を意味し、(ツリー)は“駆逐艦ウィザードに対する指示”を意味する。


 それぞれが了解と答える中、クロスビー兵曹が吠えるように答えた。


「主砲発射準備完了! 初弾は敵駆逐艦に照準済みです! 中尉(サー)!」


 クリフォードは機関科のサドラー兵曹に対し、


パワープラント(PP)は任せた」と言った後、更に付け加えた。


「戦闘を開始したら、防御スクリーンと質量-熱量変換装置(MEC)の状況を随時報告してくれ」


 その間にウォルターズの「ウィザード反転完了。サフォークに追従中!」という報告が上がってきた。


 クリフォードはそれに頷き、メインスクリーンに映る十六秒前の敵艦隊の動きを見つめていた。そして、ファルマスらに反転命令を出すよう命じた。


「ウォルターズ、A1(アルファ・ワン)……A5(アルファ・ファイフ)送信!」


 その間もティレット兵曹のカウントダウンが続いていく。


「射撃開始まで十五、十四、十三、……」


 操舵員のキャンベル兵曹に「手動回避開始準備」と命じ、ティレットのカウントダウンを聞いていた。

 ティレットのカウントダウンがCICに響いていく。


「……十、九、八……」


 クリフォードは次々に命令を発していた。


「キャンベル、手動回避開始! クロスビー! 主砲発射!」


 その瞬間、主砲である十五テラワット級陽電子加速砲から、ほぼ光速にまで加速された反物質の塊が放出される。


 星間物質と陽電子が反応してできる眩い光の柱が、サフォークの艦首から伸びていく。その姿がメインスクリーンに映し出されていた。

 そして、味方より先に始まった敵の攻撃が、防御スクリーンを掠めるように後方に流れていく。


 しかし、クリフォードを含め、CIC要員は誰もそれに興味を示さなかった。各自は自らに与えられた任務に集中し、目の前のコンソールしか見ていなかったからだ。


 索敵員のレイヴァースが「敵初弾回避!」と叫び、


 機関士のサドラーが「防御スクリーン負荷〇・一一パーセント。防御スクリーン、MECともに異常なし!」という声が被さる。


 更にウォルターズの声がCICに響く。


「ヴェルラム、ザンビジ、ヴィラーゴ、ファルマス、順時回頭。最大加速で本艦に向かっています!」


 クリフォードはメインスクリーンを見上げ、味方の隊列が再び単縦陣になったことを確認した。


「敵軽巡の主砲による攻撃開始。初弾回避成功」とレイヴァースが落ち着いた声で報告する。


 クリフォードは「了解」と答えながら、敵軽巡がこの距離から攻撃し始めたことを考えていた。


(敵は軽巡まで攻撃に参加させたか。ゾンファの軽巡ならこの距離でもスクリーンに負荷を掛けられる。それを狙っているのか……)


 十秒後、クロスビーの主砲発射完了の声を聴き、


「敵軽巡に目標変更。照準合い次第、発射せよ!」


 その直後、「主砲発射(ファイア)!」というクロスビーの野太い声が響く。


 戦闘開始後、二十秒が経過したが、敵との距離が十五光秒を割ったところであり、戦果の確認は更に十秒以上掛かるため、敵に損害を与えられたのかは確認できない。


(初弾が敵の(インセクト)級駆逐艦に命中していればいいんだが、この距離での砲撃戦で初弾命中を期待してはいけないな。それより、この先が問題だ……)



■■■


 標準時間〇二三一。

 戦闘開始の直前に時は遡る。


 ゾンファ偵察戦隊は、あと三十秒で敵を射程内に捕らえるという位置にまで来ていた。既に戦闘準備も完了し、司令からの攻撃開始命令を今か今かと待っている状態だ。


 そんな中、司令のフェイ大佐は敵が何の動きも見せず、漫然と逃走していることに疑念を覚え始めていた。


(いくらなんでも動きを全く見せないというのはおかしい。少なくとも艦隊を分けるか、一隻が囮になるかするはずだ。敵は何を考えている……)


 彼が睨みつけるように敵が映るメインスクリーンを見ていると、敵の重巡航艦が回頭し、こちらに向かって加速を開始した。

 更に駆逐艦一隻が追従し、二隻で迎え撃とうとしているように見える。


(よし。敵は迷っていただけだ。少なくとも私の思惑通りに敵は動いている。これで勝利はもらったも同然だ……)


 フェイは緩みそうになる表情を引き締め、命令を下していく。


「目標は敵重巡航艦だ。後ろの駆逐艦は後で始末する。本艦とバイホは射程に入り次第、主砲で敵重巡に攻撃を加えろ。各駆逐艦はユリン(幽霊)ミサイルを発射せよ」


 そして、射程に入ったことを確認したフェイは簡潔に「撃て!」とだけ言って、主砲の発射を命じた。


 アルビオン軍から武器(ウェポン)級重巡航艦と名付けられた旗艦ビアン――ビアンはゾンファの言葉で“鞭”を意味する――は、火力と防御力、航宙能力にバランスが取れた優秀な戦闘艦である。


 十三テラワット級陽電子加速砲はアルビオン軍のカウンティ級に劣るものの、扱いやすく、連射性能が高いため、能力的には遜色ない砲と評価されている。この他に副砲として、二テラワット級荷電粒子加速砲を二門備えていた。


 また、四十テラジュール級防御スクリーンは、カウンティ級の三十テラジュール級を能力的には凌駕していた。


 しかし、二系列のシステムを持つカウンティ級に比べ、一系列しかないスクリーンシステムは信頼性に劣り、更にスクリーンが過負荷になると予備系列に切り替えられないため、僅かな時間だが、無防備になるという欠点があった。


 このため、ゾンファの軍艦乗りたちからは防御スクリーンの改善を望む声が上がっていた。


 航宙性能については、五kGという機動力と四ヶ月間という長い航宙期間は十分に評価できるもので、小戦隊の旗艦として最適であった。事実、ゾンファ軍の小艦隊の旗艦はウェポン級が用いられることが多い。


 同級の弱点は防御スクリーンの他に兵装にもあった。

 伝統的なゾンファ軍の艤装方針により粒子加速砲に偏重しており、アルビオン軍でカロネードと言われる質量兵器やミサイルといった打撃力の強い兵器がなく、近接戦ではアルビオンの同クラスの艦に圧倒的に劣っていた。



 主砲の発射と同時に、敵からの攻撃が味方の(インセクト)級駆逐艦ディエを揺らした。


 直撃こそしなかったものの、敵重巡の主砲が放った陽電子の束が防御スクリーンを掠めたのだ。ディエの防御スクリーンと陽電子が激しく反応し、艦体そのものが発光したように見えるほどの光を放っている。


「ディエの被害状況を報告させろ! 主砲は充填でき次第、順次発射だ」


 フェイは自分がミスを犯したと歯噛みしていた。


(駆逐艦を展開するのは、もっと敵に近づいてからでも良かった。敵重巡が盾になるなら、駆逐艦のミサイルも有効だが、この相対速度と距離ではミサイルが届くまで三分以上掛かる。敵の出方を見てからでも遅くはなかったな……まあいい。直撃を受けさせしなければ、大きな損害を受けることはあるまい……)


 その間にアルビオン軍は回頭を終えていた。


「敵全艦百八十度回頭! 敵旗艦を先頭に単縦陣を組みつつあります!」


 メインスクリーンには逃げようとしていた軽巡航艦と三隻の駆逐艦が回頭し、重巡航艦に追従し始めていた。


「敵、初弾回避! 損害なし!」という声が聞こえると、フェイは敵が手動回避を開始したと悟った。


(単純な単縦陣隊形なら、通信できなくとも指揮は執れると腹を括ったのか。敵の指揮官は豪胆な人物のようだ。だが、こちらの優位は動かない。こちらも単縦陣を組むか……)


「旗艦を先頭にした単縦陣を組む! 各艦に連絡せよ、隊形“(イー)”だ! ディエの被害状況はどうした!」


 フェイの言葉に戦術担当士官が報告を上げてきた。


「ディエは一時的に質量-熱量変換装置(MEC)が過負荷になっております。そのため防御スクリーンの展開能力が三十パーセントにまで低下。現在、艦首にスクリーンを集中し対応しています!」


 艦本体に損傷がないことにフェイは安堵し、「復旧見込みは?」とややトーンを落として確認する。


「復旧見込みは三百秒後。それまでの間は艦首スクリーンの調整が困難なため、主砲の使用は不可。ミサイルによる攻撃のみ可能とのことです」


 フェイは鷹揚に頷くが、緒戦で味方に損害が出たことに怒りを覚えていた。


(俺のミスだ……それも詰まらんミスだ。ここは腰を落ち着けて、冷静に対処することに頭を切替えねばならんな……今ならまだ、こちらの優位は変わっていない。落ち着いて敵を殲滅していけばよいのだ)


 フェイは隊形が単縦陣に変わるのを確認し、敵の動きに注意を向けた。


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