第二十六話
宇宙暦四五一四年五月十五日 標準時間〇二一五。
アルビオン軍重巡航艦サフォーク05の戦闘指揮所で指揮を執るクリフォードは、メインスクリーンに映る味方の各艦と敵本隊との航跡を見つめていた。
航法員のマチルダ・ティレット三等兵曹の航法計算が終わると、艦隊全艦に合流する針路を採るよう命じた。
(現針路で進めば、こちらが合流した約十三分後、〇二三三に敵と接触する。それもほぼ真後ろからだ……)
ティレット兵曹の計算では、〇二二〇にサフォーク05を旗艦とするアルファ隊と軽巡航艦ファルマス13を旗艦とするブラボー隊が合流する。
現状のベクトルを維持して再加速するのだが、敵分艦隊を殲滅するためにアルファ隊の速度が大きく落ちていた。星系内最大巡航速度〇・二Cに達するには約千百秒、十八分以上の加速が必要だ。
ちなみに最大巡航速度を超えて航行することは可能だが、星間物質との相対速度が大きくなると防御スクリーンが過負荷になり、最悪の場合は艦が破損する。
また、防御スクリーンは艦首側の方が強く、後方から攻撃された場合は艦を反転させ、艦首側で敵を迎え撃つことになる。
もし、その状態で巡航速度以上になっていると、星間物質が艦尾側の薄い防御スクリーンを破って艦に損傷を与える可能性が高い。このため撤退する側も最大巡航速度以上で航行することは稀であった。
ゾンファ艦隊の主力は現在、味方の右舷側後方を横切る形で速度を保っており、約三百秒の加速で味方を追撃する針路に乗せつつ、最大巡航速度〇・二Cに達することができる。
一方アルビオン艦隊は加速を続けても、〇二三三時点では〇・一八二Cにしか到達しない。加速性能の高い軽巡、駆逐艦を分離することも可能だが、敵も同じように分離すれば結果は変わらない。
つまり、艦隊が現針路を保つ限り、〇二三三に〇・〇一八Cの相対速度で、ほぼ真後ろの左舷後方十度から攻撃を受けることになる。
(ヴィラーゴとザンビジは戦力外だ。ウィザードも加速性能が二十パーセント落ち、艦隊の機動に追従するのが精一杯。ファルマスも防御スクリーンにダメージを負っているから、無傷なのはこのサフォークとヴェルラムだけだ……)
そして、追ってくる敵艦隊の情報を確認する。
(敵の戦力は重巡航艦一、軽巡航艦一、駆逐艦三。それもすべて無傷の艦だ。更に後方から分艦隊の生き残りの駆逐艦二隻が追い縋ってくる。まあ、この二隻が追いつくのはかなり後だから、今気にする必要はないんだが……)
クリフォードには更に懸念があった。
(恐らく敵はこちらの通信方法に気づいているはずだ。あれだけ接近されれば、防御スクリーンの干渉光を解析されている。つまり、こちらの通信は傍受される可能性がある……それを恐れて通信をやめれば、こちらは連携できない。それにこちらの回避パターンが人工知能による標準パターンしかできないこともばれているだろう。AIの回避パターンは読まれやすい。つまり、次に攻撃を受けるときはかなりの確率で命中するということだな……ジリ貧だな……)
彼が状況を憂慮していると、通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹がファルマスからの通信が入ったことを報告してきた。
「中尉。ファルマスより通信です」
クリフォードは「読み上げてくれ」と命じ、ウォルターズ兵曹は「はい、中尉」と返事をしてから、通信文を読み始めた。
「HMS-F0202013ファルマス13より、HMS-D0805005サフォーク05へ。敵が一光分以内に接近した場合、艦隊内の通信を傍受される恐れあり。予め作戦プランを立案し、敵接近後はプラン名のみ通信することを提案する。行動パターンは以下の案を提案……ファルマス13艦長、イレーネ・ニコルソン中佐。以上です」
ファルマスのニコルソン中佐は予め行動パターンを設定しておき、そのパターンコードを送信するだけにしておくべきだと提案してきた。
(合理的だ。六つのパターンを組み合わせれば、自由度は大きく増す。要は反転して攻撃するタイミングと、敵の攻撃を回避する機動がばれなければいいんだからな……)
彼はウォルターズ兵曹に向かって、
「了解した。ファルマスに返信してくれ。内容は“ニコルソン中佐の提案を承認する。各艦に転送せよ”以上だ」
ウォルターズはすぐに了解し、返信した。
クリフォードはCICの指揮官シートに座り、約十五分後に起こる戦闘について考えていた。
(敵が近づけば、こちらの通信を傍受するだろう。更にこちらが手動回避を行えば、通信手段を失うことにも気づいている。接敵時の相対速度は〇・〇一八C。こちらが先手を打って減速したとしても、この小さな相対速度では敵の意表を突くことは難しい……敵がこちらの動きに疑問を持たない形で、味方に有利な機動を行う方法はないのだろうか……)
クリフォードはメインスクリーンを見ながら、あることを思いつく。
(一光分以内に接近されれば、敵はこちらの通信を傍受できる。それを逆手にとって敵の裏を掻くことはできないか……例えば、サフォークが盾になって残りの艦を逃がすというような……そうか、これならいけるかもしれない……)
彼は通信兵曹のジャクリーン・ウォルターズ三等兵曹に、
「全艦に向けて通信を頼む。敵が一光分以内に入ったら、サフォークが盾になるという通信を全艦に向けて送信する。これは敵に対する欺瞞情報である。各艦はサフォークに思い留まるよう通信を実施せよ……」
彼の作戦はこうだった。
敵に欺瞞通信を聞かせておき、味方が混乱している芝居を打つ。
そして、有効射程距離の十五光秒になる直前にサフォークが反転し、いかにも盾になるかのような機動を行う。
(一光分以内に入るのは〇二二二で、その前から通信管制に入る。このタイミングで欺瞞通信を入れれば、こちらの罠に掛かるはずだ……これで敵はサフォークに攻撃を集中しようとするだろう。こちらはそのタイミングで手動回避を開始し、敵の初弾を回避する……)
他の艦はサフォークからの指示に従って反転し、敵に攻撃を掛ける。
(……味方がその直後に反転して最大加速度での減速を行えば、攻撃を受ける時間を短くできる。交戦開始時における速度差は約〇・〇一八C。有効射程距離十五光秒に達する三十秒前から最大加速度で減速すれば、敵とすれ違うのに三百三十秒強。その後に敵が減速したとしたら、二百八十秒間射程内に留まることになる。つまり約六百秒が戦闘時間ということだ。この六百秒、十分間を耐えきらねばならない……)
彼は味方の艦の損傷を思い、どの程度の損害が出るかと憂鬱になる。
(サフォークが敵の攻撃を引き受けるとしても、それは初期の一部のみ。あとは相対速度が小さい状態での砲撃戦になる。こうなったら、ダメージコントロールが効かない味方に大きな損害が出るだろう……)
彼は損傷しているヴィラーゴとザンビジを退避させる方法を考えるが、敵分艦隊の生き残りの駆逐艦二隻の存在が問題だった。
(ヴィラーゴとザンビジを逃がすにしても生き残りの二隻が追撃してくる。やはり、分離させることは無理か……)
彼は指揮官コンソールに映る敵艦隊の表示を見つめていたが、戦いに集中するべく、CIC要員に指示を与えていった。
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