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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第二部「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」
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第十一話

 宇宙暦(SE)四五一四年五月十五日 標準時間〇〇三〇。


 第二十一哨戒艦隊は予定の半分の日程を終え、ハイフォン星系行きジャンプポイント(JP)から三十光分の宙域を航行していた。


 引継ぎを受けた通り、ゾンファ側からの動きは全くなく、艦隊は当初の計画通り、訓練を行いながら、星系内を蛇行するように哨戒している。


 クリフォードは戦闘指揮所(CIC)当直(シフト)についていた。

 本来、航法長ジュディ・リーヴィス少佐が当直長として指揮を執っているはずなのだが、突然の体調不良のため、サロメ・モーガン艦長が当直の指揮を執っている。


(艦長が指揮を執ると胃に堪える。突然、意味も無く命令を変更してきて、少しでも命令通りになっていないと、部下の前だろうと関係なく当り散らすし……それだけならいいんだが、僕のせいで副長にまで当り散らすのはやめてほしいな……)


 当直が始まってまだ三十分しか経っていないが、彼に対する命令が既に二回も出されていた。

 そして、モーガン艦長がクリフォードに再び作業を命じる。


「コリングウッド中尉、ヴェルラム06と同ヴィラーゴ32の配置を〇一〇〇に入れ替える。加速のタイミングと変更中の回避パターンを十分で計算し、報告しなさい」


 クリフォードは「了解しました、艦長(アイ・アイ・マム)」と答えて、コンソールに向かうが、心の中ではこの命令の無意味さに辟易としていた。


(同じV級の六等級艦(駆逐艦)を入れ替えても意味が無い。入れ替えるなら、最新のZ級ザンビジ20と旧式艦であるV級のどちらかを変えるべきだ。訓練の一環ということなのかもしれないけど、ヴェルラムもヴィラーゴもいい迷惑だな……)


 彼はそう考えながらも、人工知能(AI)を呼び出し、諸条件を確認しながら、計算を始めた。


 彼は計算に集中していたため、もう一人の士官である情報士、スーザン・キンケイド少佐の行動に気づくのが遅れた。


 キンケイド少佐は指揮官席の左手にある情報士席でコンソールを操作した後、ゆっくりと立ち上がり、艦長がいる指揮官席に向かっていたのだ。


 クリフォードが気づいたのは、「キンケイド少佐、この計画書の承認は必要か?」というモーガン艦長の問い掛ける声によってだった。


 彼の席、戦術士席は指揮官席の前方にあり、艦長とキンケイド少佐を見るためには振り返らなければならない。しかし、このタイミングで振り返ると、艦長から厭味を言われるため、彼はコンソールに集中し、後ろに注意を向けなかった。


 艦長の問い掛けの直後、「あぁぁぁ! な、何をするの!」という艦長の叫びがCICに響き渡る。


 クリフォードはすぐに振り返り、指揮官席の様子に目を疑った。

 彼が見たものは、血塗られた小型のナイフのような刃物を握ったキンケイド少佐と、胸を押さえ、苦しげに指揮官用コンソールに伏せるモーガン艦長の姿だった。


 キンケイド少佐は恍惚とした表情を浮かべ、舞台女優のような大きな手振りを交えて叫んでいた。


「あなたがいけないんですよ! 私を捨てようとするから!……ああ、でも、これで二度と離れることはないわ! これでずっと一緒に……」


「な、何を今頃……なぜ……」とモーガン艦長は呟くが、それ以降は言葉にならず、その目は虚空を見つめていた。


「艦長!」とクリフォードは叫ぶが、何が起きたか理解できず、彼には珍しく逡巡した。


 その間にキンケイド少佐はモーガン艦長の顔を愛しそうに撫でると、すぐに自分用の個人用情報端末(PDA)を手早く操作する。

 PDAの操作を終えると、艦長の身体をゆっくりと押しのけ、指揮官コンソールの操作を始めた。


 その間、僅か五秒ほど。クリフォードは我に返り、立ち上がった。

 そして、キンケイド少佐を拘束するため、CICの入り口で歩哨に立つ宙兵隊員に命令した。


「宙兵! 直ちにキンケイド少佐を拘束しろ!」


 呆然と見つめていた宙兵隊員ボブ・ガードナー伍長は、跳ねるように背筋を伸ばし、「了解しました、中尉(アイ・アイ・サー)!」と叫びながら、キンケイド少佐に向かった。


 クリフォードとガードナー伍長を除く六名のCIC要員は、目の前の光景が信じられず、呆けたようにその様子を見つめている。


 クリフォードは動けない下士官たちに目もくれず、一番近くにいた機関科のデーヴィット・サドラー三等機関兵曹に「サドラー兵曹! 軍医に連絡しろ!」と指示を出しながら、指揮官席に飛んでいく。


 ガードナー伍長がキンケイド少佐に迫るが、既に指揮官コンソールの操作を終えていた。

 伍長は女性士官に対して乱暴な行為はできないと考え、「少佐、失礼します」と言って、腕を掴もうとする。


 しかし、少佐はそれに反応することなく、もう一度艦長の顔を見て微笑むと、静かに自らの首にナイフを突き入れた。


 クリフォードの「少佐!」という叫びがCICに響く。


 キンケイド少佐は彼を見ることなく、彼女の横に倒れるモーガン艦長を見つめていた。

 その顔は満足げな恍惚とした表情で、口を数回動かした後、艦長に被さるようにゆっくりと崩れていった。


 クリフォードはキンケイド少佐の突然の行動が理解できず、パニックに陥りそうになる。だが、彼はそんな自分を叱咤し、副長であるグリフィス・アリンガム少佐に連絡しようと、PDAを操作し始めた。

 彼のPDAから呼び出し音が鳴る中、艦内に中性的な声の一斉放送が流れていく。


『通信系故障対応訓練を開始する。ただいまより、PDAを含むすべての通信機器の使用が制限される。使用者は直ちに作業を中止し、訓練に備えよ。開始、五秒前、四、三……』


 そして、その放送に被るようにもう一つの放送が流されていく。


内部破壊者(インサイダー)対応訓練を開始する。CICを除くすべての入出力装置は訓練終了まで使用不能となる。作業中の者は直ちに作業を中止し、システムよりログアウトせよ。訓練開始、五秒前、四、三、二、一、開始』


 二つの放送が終わった瞬間、CICのハッチを機械ロックする“ガタン”という音が響いていた。


(何が起こったんだ? 訓練なんて聞いていない……)


 クリフォードはCIC要員に状況を把握するよう命令する。


「各員、状況を把握せよ! 通信兵曹、艦隊の各艦に連絡。モーガン艦長が行動不能に陥った。現在、指揮はコリングウッドが執っていると!」


 彼はそう叫ぶと、アリンガム副長に連絡を入れようとした。

 だが、艦内の通信システムがシャットダウンし、彼のPDAから連絡ができない。他に手段がないかと、緊急用の一斉放送装置を使おうとするが、それもロックされていた。


(連絡手段がないだと……待て、内部破壊者(インサイダー)対応訓練と言っていたな。となると、戦闘指揮所(CIC)緊急対策所(ERC)機関制御室(RCR)なんかはすべてロックされるはずだ……)


 彼が通信手段を考えているとき、宙兵隊のガードナー伍長が大声で艦長たちの状況を報告してきた。


「モーガン艦長及びキンケイド少佐は心肺停止! 緊急医療キットによる蘇生を試みましたが失敗! 死因は薬物によるものと思われます! 両名の死亡を確認しました!」


 クリフォードは艦長とキンケイド少佐が死亡したという報告にパニックになりそうになるが、


「了解した。艦長と少佐の遺体をCICから運び……いや、CICのどこかに安置しておいてくれ」と指示を出す。


了解しました、中尉(アイ・アイ・サー)!」とガードナーは答え、二人の遺体をCICの隅に運び始めた。


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