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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第二部「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

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第九話

 宇宙暦(SE)四五一四年五月一日。


 第五艦隊第二十一哨戒艦隊はアテナ星系に向けて跳躍(ジャンプ)した。

 四パーセク(約十三光年)離れたアテナ星系には超空間航行(FTL)でも四日ほど掛かる。


 超空間航行中は、戦闘はおろか僚艦との通信も不可能であり、操艦も必要ない。そのため、星系内航行中に比べ、艦内の仕事は大幅に減り、半数の当直員による四時間六交替の当直体制となる。

 超空間航行中は補修などの特別な任務がない限り、飲酒も認められていた。


 クリフォードはキンケイド少佐のシフトに入り、一日四時間の勤務になるはずだったが、モーガン艦長の命令により、兵装関係の調整任務が与えられていた。

 大規模補修後の完熟航宙で不具合は改善されており、掌砲長(ガナー)による微調整で充分であったが、艦長はあえてクリフォードにその微調整の監督を命じていた。


「コリングウッド中尉、主砲及び艦尾迎撃砲(スターンチェイサー)の微調整の監督に当たりなさい。それが終わり次第、全カロネードと、全ミサイル発射管の整備状況の確認を行いなさい」


 クリフォードは内心では溜め息をつきながら、「了解しました。艦長(アイ・アイ・マム)!」と答えて、掌砲長のいる主兵装ブロック(MAB)に向かった。


(念のため主砲の微調整をするのは分かるけど、この整備したての艦で監督なんて必要ないのに……勉強しろっていうことなのかな? それとも部下の掌砲手たちと交流を図れっていうことなのかな……)


 士官室に戻り、作業服に着替えていると、副戦術士のオードリー・ウィスラー大尉が声を掛けてきた。


「あら、今から作業でもあるのかい?」


 彼が主砲と艦尾迎撃砲の調整と通称カロネード、百トン級レールキャノンなどの確認があると言うと、


「あらあら、徹底的に嫌われているね。まあ、艦長にとっちゃ、君のすべてが気に入らないんだろうけど……」


「どういうことでしょうか?」


「君が王室、政府関係者、提督連中に気に入られていることが気に入らないんだろう。艦長(あの人)は提督たちに媚を売っているが、全く相手にされていないからな」


「気に入られているわけじゃないですよ。利用されているだけです」


「そうなのだろうが……君は同期でダントツの出世頭。あの人の場合、昔はトップを走っていたが、今ではかなり出遅れている。同期には既に少将もいるが、あの人はこのちっさな哨戒艦隊(パトロールフリート)の指揮官に過ぎんからね」


 そう言いながらウィスラー大尉はクリフォードの肩を叩き、


「まあ、あと一年半もすれば、あの人もこの艦を出て行くだろう。准将に昇進するか、大佐のまま、戦隊の旗艦艦長になるか、それともどこかの小さな基地の司令になるか。まあ、いずれにしても我慢するしかないね」


 クリフォードは曖昧な笑みを浮かべながら、「それではMABに行ってきます」と言ってその場を後にした。


(あと一年半か……胃が痛くなりそうだ。それにしてもこういう嫉妬とは無縁だと思っていたんだけどな。はぁぁ……)



 四日後の五月五日、第二十一哨戒艦隊は予定通り、アテナ星系に到着した。


 アテナ星系はG3型恒星に七つの惑星がある星系で、二千年以上前の第一帝国時代にテラフォーミング化の候補となっていたが、内乱勃発により着手されることなく、放棄された星系だった。


 アルビオン王国にとって、アテナ星系は対ゾンファの重要拠点であり、強力な要塞と二個の正規艦隊、約一万隻の軍艦が防衛の任に当たっている。


 キャメロット星系側のジャンプポイント(JP)付近にある、直径約百キロメートルの小惑星を利用した要塞“アテナの盾(イージス)Ⅱ”は、五基の十ペタワット(十兆キロワット)級動力炉と、三十門の一ペタワット(一兆キロワット)級反陽子加速砲が備えられた、アルビオン王国における最大級の要塞である。


 第三次ゾンファ戦争で破壊された要塞イージスの代わりに五年の歳月を掛けて建設され、現在も拡張、増強工事は継続中だ。しかし、すでに一個艦隊が駐留できる港湾施設は完成し、百万人の将兵が生活できる大都市になっていた。


 現在、キャメロット防衛艦隊のうち、サフォーク05が所属する第五艦隊と第六艦隊がイージスⅡ周辺に待機している。


 第五艦隊第二十一哨戒艦隊は久しぶりに主隊である第五艦隊に復帰した。


 サロメ・モーガン艦長は情報士のスーザン・キンケイド少佐を伴い、第五艦隊旗艦HMS-A0402006クイーン・エリザベス級ヴィクトリア型六番艦ヴィクトリア06に向かうため、最下層にある格納デッキに降りていった。


 クリフォードは主星アテナからの弱々しい光を受けた要塞と、それを守護するように遊弋する一個艦隊五千隻の姿に目を奪われていた。


(キャメロットで第一艦隊にいた時にも、アロンダイト周辺で同じような光景を見たけど、あの時は|旗艦《ロイヤル・ソヴリン02》にいたから、こうやって外から艦隊を眺めるなんてことがなかったからな……宇宙空間に浮かぶ黒い染みのような巨大な要塞。それを守る漆黒の(ふね)たち……)


 目を奪われていたのは一瞬で、すぐに副長からの指示が飛んでくる。


「ミスター・コリングウッド! 礼砲の準備は出来ているな!」


 クリフォードは慌てて、「はい、副長(イエッサー)! 準備は完了しています!」と叫んだ。


 礼砲は、低出力かつ低集束率に調整された主砲を規定数放つもので、要塞司令官及び艦隊司令官に対し、五秒間隔で十七回発射される。


「よろしい。それではオルセン少佐、礼砲を開始してくれ」


 戦術士席に座るネヴィル・オルセン少佐は、「了解」と小さく答えて頷き、「礼砲開始!」と体に似合わぬ大声で主砲の発射を命じた。


 オルセン少佐の合図と共に、十五テラワット級陽電子加速砲の砲門が開き、眩い光跡を宇宙(そら)に描く。

 十七発の礼砲を撃ち終えると、モーガン艦長は直ちに搭載艇である雑用艇(ジョリーボート)マグパイ1(カササギ1号)に乗り、旗艦に向けて出発した。



 マグパイ1は僅か三時間で旗艦から戻ってきた。

 搭載艇格納デッキに降りてきたモーガン艦長とキンケイド少佐の顔に笑顔はなく、マグパイの搭乗員たちにも重苦しい空気が漂っている。


(僅か三時間しか旗艦にいなかったということは、明らかに歓迎されていないな。艦長室で待たされた上、十分から十五分くらいの面談しか許されなかったんだろうな)


 クリフォードは副官時代を思い出し、モーガン艦長が提督から軽く扱われていると考えていた。


(機嫌が悪いんだろうな。やっぱり、僕が当たられるんだろうか……)


 モーガン艦長は無表情のまま、戦闘指揮所(CIC)に入り、艦内放送のマイクを手に取る。


「総員に告ぐ。本艦は直ち(・・)に本星系を離れ、ターマガント星系での哨戒任務に就く。一時間後にジャンプポイント(JP)に向けて発進する。繰り返す……」


 艦長は放送を終えると、情報士のスーザン・キンケイド少佐に哨戒艦隊の全艦に同様の情報を伝えるよう指示した。


了解しました。艦長(アイ・アイ・マム)。ですが、よろしいのでしょうか? 艦長から直接お伝えしなくても?」


 モーガン艦長はその一言に、キッと目を吊り上げ、ヒステリックな声で怒りをぶつける。


「あなたは私が恥を掻けばいいと思っているの? 提督に相手にされず、更に追い払われるように任地に向かえと言われたことを、各艦長に自分の口から説明しろと?」


「申し訳ありませんでした。直ちに伝達いたします」


 キンケイド少佐は早口で謝罪すると、コンソールに向かった。

 艦長はアリンガム副長に向かって、更にヒステリックな口調で指示を出す。


副長(ナンバーワン)! 私の放送を聞いていなかったの? 直ちに発進準備を始めなさい!」


 副長は無表情なまま、「了解しました。艦長(アイ・アイ・マム)」とだけ答え、発進準備を始めた。


 一時間後、第五艦隊所属、第二十一哨戒艦隊C05PF021は、ターマガント星系行きJPに向けて、加速を開始した。


 五月七日 標準時間〇三〇〇。

 第二十一哨戒艦隊は、無数の高機動機雷が敷設されているターマガント星系行きJPに到着した。そして、すぐに超空間航行(FTL)に移行した。


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