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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第二部「重巡航艦サフォーク05:孤独の戦闘指揮所(CIC)」

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第七話

 宇宙暦(SE)四五一四年二月。


 クリフォードが着任する一ヶ月ほど前に遡る。


 キャメロット星系第四惑星ガウェインにあるホテルで、サロメ・モーガン艦長は彼女の恋人(・・・・・)であるスーザン・キンケイド少佐と(ねや)を共にしていた。


 事を終えたモーガン艦長は裸身のまま、スコッチの瓶を取り出し、グラスに注ぐ。

 ストレートのスコッチを呷るように飲み干すと、ぐったりとベッドに横たわるキンケイド少佐に優しく話しかけた。


「そろそろ終わりにしましょう。私たちの関係」


 キンケイド少佐はその言葉にビクリと体を強張らせ、「なぜですか? 私はあなたなしには……」と問いかけようとした。


 モーガン艦長はキンケイド少佐の言葉を遮り、探るような目で見ながら話を続けていく。


「先日、提督から話があったのよ。私の身辺をきれいにしておけと……」


 そして、少し遠くを見つめるような感じで話を続けていく。


「……つまり、近々昇進する可能性があるということなの。待ちに待った将官への扉が遂に……」


 キンケイド少佐はその言葉を激しい口調で遮る。


「だから捨てるのですか! だから私を捨てるというの!」


 ヒステリー気味に叫びながらも、キンケイド少佐はモーガン艦長に縋りついた。


「もっとうまく隠します。ですから……ですから、私を捨てないでください。私を愛してください……」


 胸に縋り付くキンケイド少佐には見えていないが、モーガン艦長の顔は辟易した表情に変わっていた。


(ここまで面倒な女とは思わなかったわ。ただの遊びのつもりだったのに……この()は駄目ね。ブルース・リード中尉(ブルース)に声を掛けるだけでも嫉妬するし……ああ、本当に面倒な()に引っ掛かったわ……)


 モーガン艦長は猫なで声で、キンケイド少佐をなだめ始める。


「分かって欲しいの。嫌いになったわけじゃないのよ。私たちのキャリアに傷が付くから……少しだけ距離を取りましょ。私が准将になれば、そう准将になれば、また元に戻れるから……」


 キンケイド少佐はその言葉を疑い、力なくベッドに倒れ込む。


「元に戻る気なんてない。私に飽きただけ……」


 モーガン艦長はそんな彼女を一瞥すると、シャワーを浴びにバスルームに向かった。

 少佐は絶望に囚われ、何も考えられなくなっていた。



 二日後、キンケイド少佐は同じホテルのバーで、マティーニを呷るように飲んでいた。

 ブツブツと何か呟きながら、五杯目を飲み干したところで、モンゴロイド系の商社マンらしい男が話しかける。


「荒れていらっしゃいますね」と言いながら、隣の席に座る。


 彼からはオーデコロンなのか、仄かにムスクのような香りが漂っていた。

 胡散臭そうに眺める少佐だったが、その男はその視線を無視して一人で話し始めていた。


「何があったかは存じませんが、私のようなものでも話を聞くことくらいはできますよ。ああ、申し遅れました、私はヤシマのジロー・スズキという者です」


 彼は大手の商社の名が入った名刺を彼女に渡す。


「マティーニがよろしいですか? それとも別なものを?」


 キンケイド少佐はマティーニを頼み、ジロー・スズキと名乗る男に愚痴を零し始めた。


「恋人とちょっと揉めているの。別れ話を切り出されたって感じね……」


 自嘲気味だが冷静な口調で話し始める。だが、すぐに感情が高ぶり、次第に興奮していった。


「最初は向こうから誘ったのよ。それなのに……私はあの人なしには生きていけない。あの人が必要なの……あの人がいない世界なんて考えられない……」


 それからキンケイド少佐は愚痴を聞いてもらうため、スズキと一緒に飲むようになった。男性に興味のない彼女には、無害そうな笑顔を見せる四十代の男は格好の話し相手だった。


 相手も肉体関係を望むような素振りは一切見せず、時折相槌を打つ程度でほとんど彼女が話すだけだった。

 しかし、回数を重ねるごとにスズキの言葉に引き込まれるようになっていく。


「スーザンさんはその相手と添い遂げたいのですね。私の国の古い言葉に“心中”というものがございます。添い遂げられない二人が生まれ変わって一緒になることを誓って、共に死ぬことをそう呼ぶのです。あなたの覚悟はそれに近い気がしますね……」


「ええ」とキンケイド少佐は答えるが、その先が気になり、スズキに先を促すように小さく頷く。


「……その人を、大切な恋人を奪われないようにするには、あなたが先に奪うしかありません。そして、あなたのことを心に刻ませるのです。そう、あなた自身がその方を奪い、あなたがその後を追う。そうすれば……」


 酒の影響なのか、彼女の判断力は大きく低下していた。そして、彼の話にのめり込んでいく。


「そうすれば? そうすればどうなるの?」


「あなたとその人は死によって永遠に結ばれるのです。そう、これは永遠の愛の形なのです」


「永遠の愛の形……」


 キンケイド少佐の心に暗い影が落ちていく。


「もし、よい方法をお知りになりたいなら、私が教えて差し上げることもできます。ですが、それには相応の覚悟がいります。あなたにその覚悟、その方に対する無償の愛があるのでしょうか?」


「無償の愛……」と言った後、キンケイド少佐は黙り込む。


 スズキは小さく首を振りながら、追い討ちを掛けるように言葉を続けていく。


「今の言葉はお忘れ下さい。私如きがあなたのような方に教えるなど、不遜の極みでした。あなたの愛を貫いてください。それでは」


 そう言って腰を浮かせた。

 立ち上がろうとしたスズキの腕を切羽詰った表情で掴む。


「待って! もう少し話を聞かせていただけないかしら。もう少し……」


 彼は座り直し、話を続けた。

 そして、徐々に彼女の目から理性が消えていき、狂気の色に変わっていく。

 スズキはその様子を満足そうに眺めていた。


(うまく行きつつある。香水に含まれた極微量の薬物と催眠のスキルでここまで効くとはな。もう少し追い詰めれば何とかなるだろう……)



 二月二十五日。

 ホテルのバーで静かに飲んでいるキンケイド少佐を見つけたスズキは、彼女に記憶媒体とペンケースほどの小さな金属の箱を手渡す。


「使い方は以前説明した通りです。これであなたは恋人(・・)永遠(・・)に自分のものにできるのです。ですが、タイミングを間違えないでください。打合せの通りに実行することが重要なのです……」


 やや虚ろな目をしたキンケイド少佐は彼に黙って頷き、それらをバッグに入れる。

 スズキは理解しているのか不安に思い、更に念を押した。


「……万が一にもあなたたちの崇高な死を妨げられてはいけません。蘇生が行われれば失敗なのです。軍医に近づかれてはなりません。そのためには邪魔が入らないように確実に手を打たねばならないのです。お分かりですよね」


「ええ、分かっているわ。外から干渉されないよう、あなたの言葉通りに実行するわ……」


 スズキは彼女の言葉に満足すると、そのままバーを後にした。


(作戦決行は五月十五日。あの色狂いの女の情報が正しければだが、少なくとも仕事に関しては十分な能力を持っている……ようやく故郷に戻れるな。俺が戻った頃には勝利の報が届いているはずだ……)


 そして、スズキと名乗るヤシマの商社マンは二度とそのバーに姿を現さなかった。


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