第三話
宇宙暦四五一三年六月一日。
ブルーベル34と共に宇宙に戻った四ヶ月後、クリフォードの下に少尉任官試験実施の通知が届く。
彼は数万人いる同期の中で最も早く少尉任官試験を受けることになった。
その通知に最も驚いたのは彼自身だ。
少尉任官試験の受験資格を得られるのは、士官学校卒業後一年以上の期間を経た後とされていたからだ。
士官学校卒業後、成績優秀者、すなわち卒業時の席次が百位以内の者が一年、その他の者は二年から三年間、士官候補生として過ごすことが多い。
今回は王太子の意向を汲んだキャメロット星系防衛艦隊の高級士官が働きかけたという噂があったが、公式には何の説明もなかった。
六月三日。
キャメロット星系第三惑星の軌道上で少尉任官試験が行われることになった。
第三惑星軌道上で入港手続きを待っていたブルーベル34に、大型艇が接舷する。
彼は大型艇に押し込まれ、そのままキャメロット第一艦隊旗艦ロイヤル・ソヴリン02に連れて行かれた。
全長千五十メートル、高さ二百メートルもの巨体を誇る一等級艦は、それ自体が要塞のように見えた。
彼は十五層ある甲板を貫くエレベータを見つけ、控室に指定された士官次室に向かう。
士官次室にはクリフォードの他に十名ほどの士官候補生が座っていた。一人ずつ面接を受けるのだが、彼の順番は最後だった。
二時間ほど待っていると、人事部の女性大尉が彼の名を呼んだ。
「クリフォード・カスバート・コリングウッド候補生。私に付いてきなさい」
「了解しました、大尉!」
彼はその大尉の後を歩き、艦中央にある司令官室の前に通される。
「クリフォード・カスバート・コリングウッド候補生です。入ります!」
重厚な司令官室の扉に向かい、彼は緊張で声が掠れながらも何とか名前を叫ぶと、司令官室に入っていった。
中には三人の提督と旗艦艦長らしい女性の大佐、更に人事部の士官が二人いた。提督は大将が男性一人で、中将が男女一人ずつだ。
中央に座る大将は銀色の髪に整えられた口ひげの眼光の鋭い五十代の男だった。その大将が直立不動で立つクリフォードに重々しい口調で話しかけた。。
「コリングウッド候補生だな。私はエマニュエル・コパーウィートだ。今回の試験責任者だが、まあ、楽にしたまえ」
そう言われ、用意された椅子に座ると、すぐに面接が始まった。
「君の経歴は素晴らしいものだ。だが、士官と候補生とでは決定的に違うことがある。それは何かね、コリングウッド候補生?」
クリフォードは更に背筋を伸ばして、生真面目に答えていく。
「士官の行動にはすべて責任が伴います。一方、准士官相当の士官候補生には限定的な責任しか伴いません。すなわち、責任の大きさが士官と候補生を分けるものであります。以上であります、提督」
コパーウィート提督は、値踏みをするかのような目付きでクリフォードを見つめると、
「もう少し具体的に話してくれんか。君の答えは抽象的過ぎる」
「了解しました、提督」と答えた後、自らの考えをゆっくりとした口調で話していく。
「士官には政府の代表たる資格があります。例え最下級の少尉といえども、宙域内に上級士官が存在していなければ、その少尉が政府の代表たる資格を持ちます。一方、士官候補生は仮にその場に士官が不在であっても政府の代表たる資格は持ちえません。以上であります、提督」
面接官の四人は全く表情を変えず、次の質問を始める。
艦の取り扱いに関する専門性の高い質問から、人事に関する質問まで多岐にわたる質問が続けられる。
クリフォードは何とか淀みなく答えていくものの、司令官室の快適な空調にも関わらず、彼の背中には大量の汗が流れていた。
(早く終わらないかな……提督たちの視線を見る限り、僕は駄目だな……そもそもまだ卒業してから一年も経っていないんだから……)
彼が諦めかけていると、コパーウィート大将が最後の質問をしてきた。
「ではミスター・コリングウッド、これが最後の質問だ。君は今、少尉だ。そして、分艦隊の旗艦である三等級艦の戦闘指揮所要員となっている……」
大将の言葉に彼は自分の立場を思い描いていく。
「……艦隊戦の最終盤、我が軍は敵に押し込まれ、全艦が急速撤退中だ。君の艦は不幸にも敵の集中砲火を受け、CICの上官たちは皆行動不能に陥った。幸い、通信機能など旗艦としての機能は維持されている。この状況で君はどのような行動を採るかね?」
彼はこれだけの情報で取るべき道は探れないと考えたが、すぐに気を取り直す。
(これは戦術の問題というより、心構えを聞く設問なんだろう。さて、どう答えるべきか……)
一つの結論に達し、はっきりとした口調で答える。
「自分は……戦闘指揮所の指揮を引き継ぎ、分艦隊の指揮を執ります!」
コパーウィート大将が目を細め、睨むように見つめた。
「一介の少尉が数百隻の分艦隊の指揮を執るのかね? それでは指揮命令系統が無茶苦茶ではないか」
クリフォードはその眼光に僅かにたじろぐが、すぐに姿勢を正して答えていく。
「いいえ、提督。艦隊の指揮は特別な理由がない限り、旗艦が行うことと定められております。また、戦闘中の艦隊の指揮は旗艦戦闘指揮所の最高位の士官が執るものと規定されております」
「では、君はこの状況が“特別”な理由には当たらないと考えるわけだ。そのひよっこの少尉が分艦隊の指揮を執り、損害が大きくなったらどうするのだね? 次席指揮官、例えば分艦隊副司令官に指揮を引き継ぐべきではないのかね?」
「いいえ、提督。戦闘中に指揮を引き継ぐことは艦隊全体に混乱を生じさせます。この状況下で指揮を引き継ぐよりも、旗艦が健在であることを味方に知らしめ、混乱を最小限に抑えるべきだと考えます」
「なるほど。よく分かった。これで終了だ。ご苦労だった、候補生。下がってよろしい」
クリフォードは敬礼をしてから司令官室を出て行くが、どうやって外に出たのか、覚えていなかった。
外には誰もおらず、個人用情報端末で艦内案内図を呼び出し、士官次室に戻っていく。
士官次室に入ると、年嵩の上級兵曹長が彼を待っていた。
「長かったですな、ミスター・コリングウッド。他の候補生の方々は既に大型艇に搭乗済みです。お急ぎ下さい」
上級兵曹長に促され、最下層の格納デッキに向かう。帰りもロイヤル・サヴリンの大型艇で各艦に送ってもらえるようで、試験を終えた士官候補生たちが既に乗り込んでいた。
彼は大型艇に乗り込みながら、自分の試験が失敗だと落胆していた。
(最後の質問が一番難しかった。言ったことが間違っているとは思わないけど、現実的にはその判断ができるのか。タイミングを見て、艦隊内序列に従った指揮命令系の委譲の話をした方がよかったかもしれないな……)
大型艇でブルーベル34に戻ると、すぐにエルマー・マイヤーズ艦長らに報告にいく。
彼は自分が受けた質問とその答えを艦長と副長の前で報告していった。
「ご苦労だった。副長、これで新しい候補生が来る前にブルーベルから候補生がいなくなるな」
マイヤーズ艦長の言葉に副長であるアナベラ・グレシャム大尉が頷いている。
クリフォードはその言葉に首を傾げる。
「不合格ではないかと思うのですが? どういうことでしょうか、艦長」
マイヤーズ艦長は珍しくファーストネームで彼を呼び、
「君の答えで不合格はありえないよ。クリフォード。特に最後の質問を恐れず真正面から答えられたのが大きい。そう思うだろ、アナベラ?」
「そうですね。普通の候補生なら余計な一言、副司令官に連絡するとか、そのまま、指揮を委譲するとか言いそうですが、彼の答えはほぼ満点でしょう。しかし、提督も意地悪な質問をぶつけてきますね。普通の少尉任官試験でこのような設問があったという話は聞いたことがありませんよ」
「そうだね。提督には何かお考えがあるのだろう。いずれにせよ、明日か明後日には親任状が送られてくるだろう」
クリフォードが艦長室から出て行くと、航法長のブランドン・デンゼル大尉や戦術士のオルガ・ロートン大尉らが祝福の声を掛けてくる。
彼はまだ自分が合格しているとは思っていないので、曖昧な表情でそれに答えていった。
マイヤーズ艦長の予言通り、二日後の六月五日にクリフォードの親任状が届けられた。
「アルビオン王国軍士官候補生、クリフォード・カスバート・コリングウッド殿。貴官は去る宇宙暦四五一三年六月三日に行われた少尉任官試験に見事合格し……本日付を持ち、貴官をアルビオン王国軍宙軍少尉に任ずるものとする。キャメロット防衛艦隊司令長官宙軍大将ジェラルド・キングスレー」
クリフォードはその親任状が信じられず、艦長らの祝福も他人事のように感じていた。
(僕が合格? これで士官か……僕のような未熟なものが、士官となってもいいのだろうか……)
そして、その通知の後には、配属先が記されていた。
「六月七日一二〇〇までに、キャメロット防衛艦隊第一艦隊旗艦HMS-A0201002ロイヤル・ソヴリン02に出頭のこと」
彼の想いとは別にブルーベルの仲間たちが祝福の言葉を掛けていく。
「凄いぞ。いきなり旗艦に配属とはな。一等級艦、それも旗艦に配属だから一年後には中尉だな」
デンゼル大尉が興奮気味に話している。
少尉任官後、極端に勤務評定が悪くない限り、一年から二年で自動的に中尉に昇進する。明確な基準は無いが、一等級艦から三等級艦、いわゆる戦艦、巡航戦艦クラスに配属されると一年で中尉になることが多い。
滅多にないことだが、少尉任官後に旗艦に配属される士官は将官級の上級士官に期待されていることが多く、昇進が約束されていると言われている。
「コパーウィート提督座乗のロイヤル・ソヴリン02か。提督が政界入りを狙っているという噂が流れているから、案外、司令部付きの幕僚に抜擢されるかもしれないわよ」
情報士のフィラーナ・クイン中尉が茶化すようにそう言っていたが、彼はその二日後、それが事実であることに驚愕する。
バタバタと転属準備をし、ブルーベルの乗組員からの祝福を受け、彼はスループ艦を後にした。
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