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第三話

 クリフォード・C・コリングウッド候補生は、副長からの課題を何とか終え、指導官である航法長(マスター)のブランドン・デンゼル大尉の下を訪れようとしていた。


 戦闘指揮所(CIC)のあるBデッキから士官集会室(ワードルーム)のあるCデッキに降り、中央通路を歩いていく。


 男女ほぼ同数が乗艦しているアルビオン軍の軍艦では、士官室、士官次室、兵員室など居住区画は、艦の中心線を挟み、右舷側が男性用、左舷側が女性用区画とされている。


 士官室は中央にラウンジがあり、その右舷側、左舷側にそれぞれ扉があり、各士官の個室(キャビン)がある。


(将来、僕はここの住人になれるんだろうか?)


 彼は士官学校の実習航宙とこの艦での勤務で、すっかり自信を失っていた。

 先輩のサミュエル・ラングフォード先任候補生との折り合いも悪く、士官次室(ガンルーム)でも浮いていると自覚している。


 通常、候補生同士であれば先任順位に関わらず、ファーストネームで呼び合うのだが、彼とは一ヶ月以上経った今でも“ミスター”か“候補生”を付けて、姓を呼ぶことしかできていない。


 士官学校時代を含め、今まで友人関係でトラブルがなかったため、彼は今回のことがかなり気になっていた。


(何が気に入らないんだろう?)


 彼から見たラングフォードはすべてにおいて高いレベルにあり、いつでも任官試験を受けられるように見える。


 航法や機関関係が絶望的に思える自分に対し、優越感を抱くことはあっても劣等感を抱くことはないと思っていた。


 また、ラングフォード自身、士官次室の准士官たちとは折り合いもよく、士官たちの受けもいい。更に下士官兵に対しても厳しく当たることはあっても、特にえこひいきなどをすることもなく、悪い噂は聞かない。


 彼にとって、ルームメイトとの関係改善ができないことは航法の問題より難しく、また、誰かに相談できることでもないことから、ブルーベル34号での生活を惨めなものにしていた。


 そんなことを考えながら歩いていたら、目的の士官集会室の前に到着していた。

 彼は扉の前で「コリングウッド候補生です! 副長の命令によりデンゼル大尉のもとに出頭しました」と声を張り上げる。


 すぐに扉が開き、広く快適そうなラウンジが目の前に広がった。


 中に入ると、ブランドン・デンゼル大尉がソファに掛け、紅茶を飲んでいた。大尉はゆっくりと顔を上げ、二十七歳とは思えない落ち着いた顔を彼に向けた。


 そして、微笑みながら、「やあ、クリフ。副長の宿題が終わったのかな?」と言いながら立ち上がる。


「はい、ようやく終わりました。個人用情報端末(PDA)に送りますので確認をお願いします」


 クリフォードはそう言ってPDAを操作し始めた。


 デンゼル大尉はこの艦で最も温厚な士官と兵たちからは認識されている。年齢は二十七歳だが、落ち着いた雰囲気で周りを安心させる感じがあり、下士官兵からの人気も高い。


 その彼は今、この新米候補生を興味深く見ていた。彼の父親の噂は、自分が新米中尉だった頃に聞いており、当時の血が沸き立った思いを鮮明に思い出せる。


 そして一ヶ月ほど前、艦長からその息子が士官候補生として本艦に乗り込み、自分が担当指導官になると聞き、驚いていたことも思い出すが、目の前の候補生を見るとどうも調子が狂ってしまう。


(ただ、真面目が取柄だけの候補生にしか見えないんだがな)


 彼はクリフォードから送られてきたデータをPDAで確認しながら、小さくため息を吐き、誤りを指摘していく。


「この条件では正しい速度にならないぞ。AIの助言は聞いたのか?」


 クリフォードは顔を赤くして、「はい、大尉(イエッサー)」とだけ、答える。


「AIの助言がすべて正しいわけではないが、AIの助言をもう少し信用すべきだな」


 俯く候補生を見ながら、


「特に自国の支配宙域データは信用できる。観測データよりAIを信じた方が早く正確な計算ができるぞ」と言って、肩を叩く。


「要は応用だよ。観測データの速報値とAIの計算を比較して誤差が小さければAIのデータを基本にすればいいんだ」


「まあ、そのうち慣れる」と、自信を失っているクリフォードにフォローを入れる。


 彼はこの候補生の自信の無さはどこから来るのだろうと考えながら、航法計算の添削結果を送り返し、再計算後にもう一度持ってくるよう命じていた。



 クリフォードはPDAを見ながら、Dデッキの士官次室に戻ってきた。

 士官次室と兵員室は隣あっており、ちょうど士官室と同じ面積になっている。士官次室と兵員室の間には共用の食堂があり、ラウンジとしても利用されている。


 彼は食堂の一角で航法計算をやり直すことにした。

 准士官たちには不文律でそれぞれの席があり、非番のアメリア・アンヴィル操舵長が面白そうに彼を見ている。


 計算をやり直していると、同じ候補生であるサミュエル・ラングフォードがちょっかいを出してきた。


「また、計算を失敗したのか、ミスター・コリングウッド?」


 ラングフォードは回りに聞こえないような小声で彼に耳打ちし、更に「AIの助言と同じ結果じゃないか。何時間かけてAIの助言を聞いているんだ?」と嫌味を言って自室に入っていく。

 彼は少し傷付いたような表情を見せた後、無表情な顔を無理やり作った。


 アンヴィルは二人の候補生のやりとりを見て、真っ赤なベリーショートの頭を小さく振った。


(ラングフォードも大人気ないね。まあ、偉大な軍人の家系の坊ちゃんと、両親が無理をして士官学校に入った自分が同じ(ふね)にいるのが許せないんだろうけどね……)


 今年三十五歳になるベテラン操舵長(コクスン)だが、彼女も平民ということでこれまで苦労もし、准士官になった今、これ以上の出世は諦めていた。


 アルビオン王国軍では士官になるには騎士階級以上であることが必須条件である。

 著しい軍功があれば、平民でも騎士階級に上がれ、士官となることは可能だが、その場合は野戦任官扱いになるため、佐官には上がれない。


 佐官以上になるためには士官学校を出る必要があり、仮に彼女が軍功を上げ、騎士に叙任されたとしても、三十五歳の彼女が息子や娘のような十五歳の少年少女と机を並べることは考えられない。


(私は今の階級と仕事に満足できているから良いんだけど、若いラングフォードはどうしても気になるんだろうね。しかし、艦長(おやじさん)もいい加減気づいてやってもいいだろうに……)


 准士官連中は候補生同士がうまくいっていないことに気付いていた。

 ラングフォードは士官次室の人間にもうまく隠せていると思っていたが、彼より人生経験があり、何人もの候補生を見てきた准士官たちはすぐにラングフォードの考えに気付く。


 しかし、士官になる候補生とは一線を画す伝統のある准士官たちは士官たちに話すことなく、気付いている下士官兵たちにも口出しすることを禁じていた。


 落ち込んでいるクリフォードを一瞥すると彼女も自室に入っていった。



 ブルーベル34号の艦尾に近い艦長室で艦長のエルマー・マイヤーズ少佐は、一人ディスプレイを眺めていた。


 きれいな金髪に碧い瞳、やや硬い表情がまじめな印象を強める。しかし、その表情は艦長になってから身に付いた後天的なものだ。

 その彼が今、これからの任務について悩んでいた。


(行方不明の商船は、リバプールトランコのリバプールワン、スターライナー社のハーレー12、ギャラクティックトランスポーター社のギャラクティック・スワンの三隻か……リバプールトランコはともかく他の二社は大手の商船会社だ。船長や航法士の技量に申し分はないはずだし、整備状況も万全のはず……私掠船だとするとかなり大型だな……)


 二十八歳の彼はその年齢に似合わず、深いしわを口元に刻み、三十歳を優に超えていると言われてもおかしくない。


(しかし、私掠船なら加速性能に劣る。いくら商船でも逃げ切れるはずだが……何か別の要因が潜んでいるのか?)


 彼は軍を退役したベテラン船員を多く抱える大手商船会社の船が行方不明になったことに疑問を持っていた。


 特に大手商船会社は、私掠船戦術に詳しい者を船長又は一等航法士に必ず据えている。彼らは危険な宙域で注意すべきことを熟知しており、充分な速度さえ保っていれば、六等級艦、いわゆる駆逐艦クラスが襲い掛かってこない限り、逃げ切れることも理解している。


 私掠船は補給を受けることが難しい敵国宙域に近いところで活動するため、燃料、物資の消費を抑える傾向にある。そのため、エネルギー消費の多い機動や遠距離からの攻撃を嫌う。


 燃料はガスジャイアントと呼ばれる木星型巨大ガス惑星から採取することも可能だが、商船は突発的な事態が起きない限り、自前の燃料で目的地まで移動する。


 そのため、商船に偽装している私掠船が目立つ惑星表面でのんびり燃料補給をすることは考えにくく、その点からも何らかの策を使ったと考えていた。


(いずれにしても、まずは調査するしか無さそうだな)


 彼は十六〇〇時に戦闘指揮所(CIC)に向かうことに決め、その他の雑事を済まそうと部屋のコンソールを操作し始めた。


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